大相撲の世界において、従来の角界の常識にとらわれないユニークな指導と温かな部屋づくりで注目を集めてきたのが、茨城県龍ヶ崎市に本拠を構える式秀部屋です。現役時代に豪快な塩まきと熱い土俵態度で絶大な人気を博した元幕内・北桜こと10代式守秀五郎が師匠を務め、「明るく、楽しく、元気よく」をモットーに独自の相撲道を切り拓いてきました。
一方で、過去に報じられた女将を巡る騒動や相撲部屋特有のガバナンス問題、さらには部屋継承に伴う一門転属の経緯など、式秀部屋の歩みには角界の制度的な過渡期を映し出す重要な論点が凝縮されています。公式記録や確かな報道資料をもとに、式秀部屋の現在の実態、指導体制、そして抱える構造的背景までを客観的に紐解きます。
【独自の相撲道】師匠・式守秀五郎(元北桜)が掲げる育成方針の原点

式秀部屋を語る上で欠かせないのが、師匠である10代式守秀五郎の類まれなパーソナリティです。現役時代は西前頭九枚目まで昇進し、土俵いっぱいに撒く豪快な塩と気迫あふれる取口でファンを魅了した元北桜。引退後は年寄・小野川などを経て、2013年1月に9代式秀(元小結・大潮)の定年に伴い部屋を継承しました。
10代が打ち出した相撲部屋の育成方針は、角界の伝統的な上下関係や厳しいスパルタ教育とは一線を画すものでした。怒声や体罰を排し、力士一人ひとりの個性を尊重して褒めて伸ばすアプローチを徹底。「失敗しても前を向く」「礼儀と感謝を忘れない」という姿勢を重んじ、土俵上だけでなく社会人としての人間形成に重きを置いています。珍名・ユニークな四股名の命名でも話題を呼び、相撲界の裾野を広げる役割を果たしてきました。
【一門転属の背景】時津風一門から出羽海一門へ至った構造的理由
式秀部屋の組織的な歩みにおいて大きな転換点となったのが、出羽海一門への転属です。大相撲における相撲部屋は伝統的な「一門」に所属し、審判や役員選挙、合同稽古などの連携を図りますが、式秀部屋は9代の時代まで時津風一門に属していました。
この転属劇には、部屋継承時における制度的な事情が深く関わっています。当時、式秀部屋には後継者となる部屋付き親方が不在でした。相撲協会の規定上、部屋の存続には年寄名跡の継承が不可欠であり、出羽海一門に属する名門・北の湖部屋の出身であった10代が部屋を継承することになりました。出身一門と所属一門のねじれを解消し、円滑な部屋運営を行うため、部屋の継承と同時に時津風一門から出羽海一門への移籍が行われたという経緯が存在します。
【客観データで見る歩み】式秀部屋の基本情報と沿革
式秀部屋の基礎情報と、これまでの主な組織的変遷を整理した客観データは以下の通りです。
| 項目 | 公式データ・詳細内容 | 備考・背景 |
|---|---|---|
| 部屋名称 | 式秀部屋(しきひでべや) | 日本相撲協会所属 |
| 現師匠 | 10代 式守秀五郎(元前頭九枚目・北桜) | 2013年1月に部屋継承 |
| 所属一門 | 出羽海一門 | 9代までは時津風一門に所属 |
| 所在地 | 茨城県龍ケ崎市佐貫4-17-17 | JR常磐線・龍ケ崎市駅(旧佐貫駅)周辺 |
| 公式後援組織 | 「チームさくら式」後援会 | 随時入会・応援を受付中 |
| 入門窓口 | 式秀部屋 入門希望受付(FAX受付等) | 全国から新弟子を広く募集 |
【制度の盲点】女将を巡る問題と日本相撲協会が直面した管理責任の壁
式秀部屋の歴史において、組織運営の難しさが表面化した出来事として知られるのが、2020年に起きた式秀部屋の女将を巡る問題です。力士が集団で部屋を一時離脱し、相撲協会へ窮状を訴え出たことで公となりました。当時報じられた内容によると、生活指導や規律を巡り、女将と弟子たちの間でコミュニケーションの深刻な軋轢が生じていたとされています。
相撲協会がこの事態の収拾と再発防止を図る過程で、角界全体に横たわる大きな制度的課題が浮き彫りになりました。それは、「相撲協会と相撲部屋の女将との間には直接の雇用契約が存在しない」という慣例上の問題です。現代の大相撲ではマネージャーを置く部屋も一部に現れているものの、多くの相撲部屋では伝統的に師匠の妻が「女将」として生活面や裏方の実務を一手に担っています。
この構造上、協会が女将に対して直接的な業務命令や懲戒処分を下す法的根拠がなく、結果として日本相撲協会の管理責任の追及は、師匠である10代式秀の監督不行届を問う形に限定せざるを得ませんでした。さらに当時、式秀部屋には助言や緩衝材となり得る部屋付き親方が不在であったため、師匠ひとりが健康に留意しながら自ら生活指導の改善を図る以外に抜本的な手立てがないという、相撲部屋の孤立リスクが浮き彫りになった瞬間でした。
【現在の実態】龍ヶ崎市佐貫での生活と力士たちの日常
騒動を経て改善策が講じられた後、式秀部屋の現在はどのような状況にあるのでしょうか。日本相撲協会の公式発表やメディア取材データによると、部屋は茨城県龍ケ崎市佐貫の地で地域に根ざした活動を継続しています。公式に整理された所属力士一覧には複数の力士が名を連ねており、それぞれの番付で土俵の勝利を目指して鍛錬を重ねています。
部屋の公式発信窓口(公式XやFacebook)を通じても、後援会組織である「チームさくら式」後援会の案内や、新たな門戸を開く式秀部屋への入門希望者の随時受付(FAX:0297-66-9836)など、透明性の高い外部との交流が維持されています。師匠の温かいまなざしのもと、朝稽古から日々のちゃんこ作りに至るまで、共同生活の原点に立ち返った丁寧な指導が行われています。
【プロの結論】式秀部屋の歩みから読み解く大相撲の近代化と課題
式秀部屋が辿ってきた軌跡は、前近代的な家族主義と現代的な組織マネジメントの狭間で揺れる大相撲の姿を如実に示しています。伝統的な相撲部屋は「親方が父親、女将が母親、力士は子供」という疑似家族的な共同体として機能してきましたが、法的なコンプライアンスや人権意識が重視される現代において、その曖昧な運営体制は限界を迎えつつあります。
元北桜の式守秀五郎親方が試みた「怒らない指導」「個性を尊重する育成」は、大相撲界における先進的な挑戦であり、新弟子の獲得難が叫ばれる最近の相撲界において極めて意義深い試みでした。部屋付き親方の配置支援や裏方スタッフの雇用関係の明確化など、師匠一人に過度な負担を集中させないセーフティネットの構築こそが、式秀部屋のような特色ある部屋を健全に存続させるための不可欠な条件であると言えます。
【式秀部屋】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:式秀部屋の現在の師匠は誰ですか?
A1:元幕内・北桜の10代式守秀五郎です。現役時代は豪快な塩まきで親しまれ、2013年1月に9代式秀から部屋を継承しました。
Q2:式秀部屋の所在地や問い合わせ方法は?
A2:所在地は茨城県龍ケ崎市佐貫4-17-17です。入門希望や後援会「チームさくら式」への入会問い合わせは、公式案内にてFAX(0297-66-9836)などで受け付けています。
Q3:なぜ時津風一門から出羽海一門へ転属したのですか?
A3:部屋継承時に部屋付き親方が不在であったこと、そして継承した10代式秀(元北桜)が出羽海一門の北の湖部屋出身であったことから、部屋継承と同時に時津風一門から出羽海一門へと転属しました。
Q4:過去の女将を巡る問題で相撲協会は何が課題とされたのですか?
A4:相撲協会と相撲部屋の女将との間に法的な雇用関係がないため直接的な処分が行えず、師匠の管理責任を問う形にならざるを得ない点や、部屋付き親方が不在で組織の自浄・相談体制が師匠ひとりに偏っていた点が制度上の課題として指摘されました。
数々の試練や角界の構造的な課題を乗り越えながら、式秀部屋は茨城県龍ヶ崎市の拠点において歩みを止めずに前進しています。師匠・式守秀五郎が信念として掲げる温かな育成方針と、相撲への純粋な情熱は、所属力士たちの真摯な稽古風景の中に息づいています。
伝統と近代的な組織改革のバランスを取りながら、力士たちが土俵で輝く姿をどのように支えていくのか。地域に愛され、独自の存在感を放つ式秀部屋の今後の挑戦が引き続き注目されます。