兄弟フォークデュオとして長年親しまれてきたビリー・バンバン。1969年の「白いブランコ」でデビューし、「さよならをするために」「また君に恋してる」など、世代を超えて愛される名曲を生み出してきました。しかし、2025年9月に兄の菅原孝さんが81歳で亡くなり、グループは大きな転機を迎えています。
2026年現在、ビリー・バンバンのメンバーはどうなっているのでしょうか。兄・菅原孝さんと弟・菅原進さんのプロフィール、解散と再結成の歴史、NHK紅白歌合戦への出場、いいちこのCMソングで再び注目された背景、そして進さんの現在の活動状況まで、公式プロフィールや所属事務所の発表、報道各社の情報をもとに整理します。
【現在のメンバーは誰?】兄・菅原孝さんと弟・菅原進さんのプロフィール

ビリー・バンバンは、菅原孝さんと菅原進さんによる兄弟デュオです。兄が孝さん、弟が進さんで、2人とも東京都国立市の出身。公式プロフィールでは、孝さんはボーカル、進さんはボーカルとギターを担当してきたと紹介されています。
長年にわたり2人の歌声が重なるスタイルで親しまれてきましたが、2025年に孝さんが亡くなったことで、従来の兄弟2人による編成は歴史的な節目を迎えました。現在のメンバー構成を理解するには、これまでの正式なメンバーと、2026年時点での活動状況を分けて考える必要があります。
兄・菅原孝さんのプロフィール菅原孝(すがわら・たかし)さんは1944年8月7日生まれ。東京都国立市出身で、慶應義塾大学を卒業しています。ビリー・バンバンではボーカルを担当し、弟の進さんとともに1969年のレコードデビューから半世紀以上にわたって音楽活動を続けました。
孝さんは歌手としてだけでなく、テレビやラジオでの司会者としても活躍しました。静岡朝日テレビ系の情報番組「おはようしずおか」では、1981年から17年間にわたって司会を務めています。地域の視聴者に親しまれた経歴も、孝さんのキャリアを語るうえで欠かせません。
2014年には脳出血で倒れ、左半身にまひが残りました。その後、2015年に仕事へ復帰し、車椅子を使用しながら音楽活動を継続。身体的な困難を抱えながらも、兄弟デュオの一員としてステージに立ち続けました。
所属事務所の発表によると、孝さんは2025年9月11日午後4時34分、肺炎のため東京都内の病院で亡くなりました。81歳でした。訃報は同月24日に公表され、葬儀は遺族の希望により近親者のみで執り行われました。
弟・菅原進さんのプロフィール菅原進(すがわら・すすむ)さんは1947年9月21日生まれ。東京都国立市出身で、青山学院大学を卒業しています。2026年10月時点では79歳です。
ビリー・バンバンのボーカルとギターを担当してきた進さんは、歌手としての活動に加え、作曲家としても実績を重ねてきました。1981年にはサントリー・トリスのCM曲「琥珀色の日々」を発表し、電通賞とカンヌ国際CF祭の金賞を受賞。CM音楽の分野でも存在感を示しました。
また、YouTubeなどの動画プラットフォームを活用した発信や、アニメソング、ゲームソング、話題曲のカバーにも取り組んできました。穏やかなフォークソングのイメージにとどまらず、新しい世代の楽曲を自分の歌声で表現する姿勢も、進さんの特徴です。
なお、2人の生年月日や出身大学、担当パートは、ユニバーサル ミュージック ジャパンや日本コロムビアの公式プロフィールでも紹介されています。
【年表で整理】ビリー・バンバンのデビューから解散・再結成まで
ビリー・バンバンの歴史は、デビュー、解散、再結成という大きな節目を経ながら続いてきました。兄弟デュオとしての活動期間は長く、代表曲も1960年代末から2000年代以降まで幅広い時代にまたがっています。
キングレコードやユニバーサル ミュージック ジャパンの公式アーティスト情報をもとに、主要な出来事を年表にまとめました。
| 時期 | 主な出来事 | 音楽活動のポイント |
|---|---|---|
| 1969年 | 「白いブランコ」でレコードデビュー | 兄弟フォークデュオとして人気を獲得 |
| 1972年 | 「さよならをするために」がヒット | 第23回NHK紅白歌合戦に初出場 |
| 1976年 | ビリー・バンバンを解散 | 孝さんは司会業、進さんはソロ活動などに取り組む |
| 1984年12月 | 兄弟デュオとして再結成 | 「誓います」を発表し、活動を再開 |
| 1980年代後半以降 | CM音楽でも活躍 | 「いいちこ」のCMソングなどが広く親しまれる |
| 2007年 | 「また君に恋してる」を発売 | CMソングとして注目され、後のカバーでも広く知られる |
| 2024年 | デビュー55周年 | 長年の作品や活動を振り返る節目に |
| 2025年9月 | 菅原孝さんが81歳で逝去 | 兄弟2人による活動に大きな区切り |
| 2025年11月 | 菅原進さんの入院が報じられる | 脳梗塞と左大腿骨頸部骨折の治療・リハビリへ |
ビリー・バンバンの歴史で特に注目したいのは、1976年の解散後、1984年に再結成している点です。長年一緒に活動してきた兄弟であっても、音楽性や仕事への考え方の違いがあり、常に同じ形で活動していたわけではありません。
2025年9月の孝さんの逝去は、こうした過去の解散とは異なる出来事です。1976年の解散は活動形態の変更でしたが、2025年は兄弟デュオの一人を失ったことによる、取り戻すことのできない転機でした。
【代表曲を解説】「白いブランコ」「さよならをするために」「また君に恋してる」
ビリー・バンバンを知るうえでは、代表曲が生まれた時代と、その後どのように聴き継がれてきたかを押さえることが大切です。特に「白いブランコ」「さよならをするために」「また君に恋してる」は、グループの歩みを象徴する楽曲です。
「白いブランコ」:1969年のデビュー曲「白いブランコ」は1969年に発売されたデビュー曲です。兄弟の柔らかな歌声とアコースティックな響きが特徴で、ビリー・バンバンの音楽性を広く印象づけました。
同曲はデビュー時のヒット曲というだけではありません。2025年9月に孝さんが亡くなった後、進さんが兄への思いを語る場面でも歌われ、兄弟の歴史を象徴する一曲として改めて注目されました。
「さよならをするために」:紅白出場につながった代表曲「さよならをするために」は1972年にヒットし、ビリー・バンバンの代表曲の一つとなりました。キングレコードの公式アーティスト紹介でも、同曲をはじめとするヒットと第23回NHK紅白歌合戦への出場が紹介されています。
NHK紅白歌合戦への出場は、ビリー・バンバンが当時の音楽シーンで広く認知されていたことを示す実績です。現在も昭和の歌謡曲やフォークソングを振り返る際に名前が挙がる理由の一つとなっています。
「また君に恋してる」:CMソングから世代を超えるヒットへ「また君に恋してる」は、2007年に発売された楽曲です。麦焼酎「いいちこ」のCMソングとして知られるようになり、坂本冬美さんによるカバーでも広く認知されました。
ビリー・バンバンと「いいちこ」のCM音楽の関係は、長期にわたるタイアップの代表例です。三和酒類の公式ブランド情報でも、ビリー・バンバンのCMソングを収録した作品が紹介されています。
CM音楽は、テレビ番組や音楽ランキングとは違う経路で楽曲と聴き手を結びつけます。繰り返し流れる映像と歌声が記憶に残り、曲名や歌手を意識していなかった人にも親しまれるようになる。「また君に恋してる」は、そうした広がりを持った一曲です。
この3曲を聴き比べると、デビュー当時のフォークソング、1970年代の大ヒット曲、2000年代以降にCMを通じて広がった楽曲という、ビリー・バンバンの長いキャリアをたどることができます。
【2025年の転機】菅原孝さんの死去と菅原進さんの現在
2025年9月24日、所属事務所は菅原孝さんの逝去を発表しました。発表によると、孝さんは同月11日に肺炎のため亡くなり、享年81歳でした。弟の進さんは、公式チャンネルで公開された訃報の動画を通じて、兄とともに1969年のデビューから56年間歩んできたことを振り返り、感謝の思いを伝えました。
その後、進さんは2025年9月28日に東京都内で行われたライブに出演しました。報道によると、兄との思い出を語りながら「白いブランコ」や「また君に恋してる」などを歌唱。兄が隣にいるつもりで歌うという趣旨の言葉を口にし、今後も歌い続ける意向を示しました。
ただし、進さん自身もその後、健康上の問題に直面しています。2025年11月、脳梗塞によって自宅で転倒し、左大腿骨頸部を骨折したことが報じられました。所属事務所は、入院して治療とリハビリを進めること、年内の仕事を取りやめることを明らかにしています。
当時、進さんは「日に日に元気になってきております」と回復に向かっていることを伝え、翌年早い時期の復帰を目指す意向を示していました。しかし、2026年10月時点で確認できる公開情報では、退院や復帰公演の日程を具体的に示す新たな発表は確認できません。
したがって、現在の活動を説明する際には、進さんが兄の歌を歌い継ぐ意向を示したことと、実際の公演活動が再開したかどうかを区別する必要があります。過去のライブ出演や復帰への意欲だけを根拠に、2026年も通常どおり全国公演を続けていると判断することはできません。
ビリー・バンバンの楽曲やアーティスト情報は、キングレコードなどの公式ページで引き続き紹介されています。一方、公式ディスコグラフィーに名前が掲載されていることと、現在のステージ活動が行われていることは別の事柄です。
【誤解を整理】ビリー・バンバンは解散した? 現在も2人組なの?
ビリー・バンバンの現在について、混同しやすいのが「グループの歴史」「現在のメンバー」「進さん個人の活動」という3つの問題です。
最初に、過去の解散と再結成は、1976年と1984年の出来事です。2025年の孝さんの逝去は、これらとは性質が異なります。兄弟2人による従来の編成を、そのまま継続することはできなくなりました。
一方、ビリー・バンバンの楽曲や作品がなくなるわけではありません。デビュー曲の「白いブランコ」をはじめ、数々の代表曲は音源や映像作品を通じて聴き続けることができます。進さんも、孝さんの逝去後に兄の分まで歌っていく決意を示していました。
また、現時点で新たな正式メンバーが加入したとする公表情報は確認できません。別の歌手が楽曲をカバーしたり、ライブで共演者が参加したりすることがあっても、それだけでビリー・バンバンの正式メンバーが変更されたことにはなりません。
検索で最新情報を調べる際は、次のように情報を整理すると状況を把握しやすくなります。
- メンバーの基本情報:キングレコードや日本コロムビアなどの公式プロフィールで確認する。
- 訃報や療養の状況:所属事務所の発表や、発表内容を報じた報道各社の記事を参照する。
- 現在の公演予定:最新の公式告知や公演主催者の案内で日程と出演者を確認する。
- 新しいメンバーの加入:公式発表があるかどうかを確認し、共演やカバー出演と区別する。
長く活動してきた音楽グループの場合、過去のプロフィールが更新されないまま公開されていることもあります。プロフィールに2人の名前が残っていることだけをもって、現在も従来の2人編成で活動していると判断しないことが大切です。
【ビリー・バンバンのメンバー】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:ビリー・バンバンのメンバーは誰ですか?
A1:兄の菅原孝さんと弟の菅原進さんによる兄弟フォークデュオです。孝さんは2025年9月11日に81歳で亡くなりました。進さんは、兄の歌を歌い継ぐ意向を示しています。
Q2:菅原孝さんはいつ、何歳で亡くなりましたか?
A2:所属事務所の発表によると、2025年9月11日に肺炎のため東京都内の病院で亡くなりました。享年81歳で、訃報は同月24日に公表されました。
Q3:ビリー・バンバンの現在のメンバーは菅原進さん1人ですか?
A3:兄弟デュオとしての2人編成は、孝さんの逝去によって大きな節目を迎えています。進さんは今後も歌い続ける意向を示しましたが、2026年10月時点では、現在の正式な活動形態や新メンバーの加入を示す新たな公表情報は確認できません。
Q4:ビリー・バンバンはNHK紅白歌合戦に出場していますか?
A4:はい。1972年の第23回NHK紅白歌合戦に出場しています。「さよならをするために」などのヒットによって広く知られるようになりました。
Q5:「また君に恋してる」はビリー・バンバンの曲ですか?
A5:はい。ビリー・バンバンが2007年に発売した楽曲です。麦焼酎「いいちこ」のCMソングとして知られ、坂本冬美さんによるカバーでも幅広い世代に親しまれています。
ビリー・バンバンは、兄の菅原孝さんと弟の菅原進さんが1969年に「白いブランコ」でデビューした兄弟フォークデュオです。1972年にはNHK紅白歌合戦に出場し、1976年の解散と1984年の再結成を経て、「さよならをするために」「また君に恋してる」などの名曲を世に送り出してきました。
2025年9月に孝さんが81歳で亡くなったことは、半世紀以上にわたる兄弟の活動にとって大きな転機となりました。進さんは兄の分まで歌い続ける意向を示しましたが、同年11月には脳梗塞と骨折による入院も報じられています。2026年10月時点では、復帰の具体的な日程や現在の公演活動を裏付ける新たな公表情報は確認できません。
ビリー・バンバンを知りたい人にとって、まず聴いておきたいのは「白いブランコ」「さよならをするために」「また君に恋してる」の3曲です。それぞれデビュー期、1970年代の全盛期、CMソングを通じた再評価という異なる側面を伝えてくれます。
【プロの結論】ビリー・バンバンの現在を理解するうえで重要なのは、兄弟2人が築いた音楽の歴史と、2026年時点で確認できる活動状況を混同しないことです。孝さんの歌声と進さんとのハーモニーは、数々の名曲や記録の中に残っています。そして進さんが今後どのような形で歌を届けていくのかは、公式発表や公演情報を通じて見守りたいところです。