「上を向いて歩こう」で世界的な人気を獲得した歌手・坂本九と、俳優として活躍してきた妻の柏木由紀子。2人は1971年に結婚し、1985年8月12日に発生した日本航空123便墜落事故によって、夫婦としての日々に突然の別れを迎えました。
それから41年となる2026年、柏木由紀子は78歳。坂本九音楽事務所の代表として夫の音楽や肖像に関する権利管理に携わる一方、娘の大島花子、舞坂ゆき子とともに、家族の記憶や音楽を次の世代へ伝えています。2026年8月の命日にも、娘や孫たちと墓参りをしたことが報じられました。
【馴れ初めを解説】坂本九と柏木由紀子の出会いは撮影現場だった

坂本九と柏木由紀子の出会いは、華やかな芸能界の仕事現場でした。柏木は女優として活動し、坂本は歌手としてすでに高い知名度を得ていた時期です。
2025年8月の日刊スポーツの記事では、柏木がテレビ番組の取材で、坂本から電話番号を渡された当時の出来事を振り返っています。2人は撮影現場で接点を持ち、坂本は台本の片隅を破った紙に電話番号を書いて渡したといいます。
坂本は自分から連絡先を伝えたものの、柏木からすぐに電話がかかってくることはありませんでした。柏木にとって、当時すでに人気歌手だった坂本は、気軽に連絡できる相手というよりも、少し距離のある大スターだったのでしょう。
その後、約1年が経過。柏木が母親と大阪を訪れた際、梅田コマ劇場で坂本が公演を行っていることを知り、楽屋へあいさつに行きました。そこで坂本は再び電話番号を書いたメモを渡したと、柏木は当時を回想しています。
柏木は当初、坂本の積極的なアプローチに戸惑いも感じていたようです。しかし、実際に公演を見て、その歌う姿やステージでの魅力に心を動かされたと、週刊女性PRIMEのインタビューでも語っています。
このエピソードから見えてくるのは、坂本が積極的に距離を縮めようとした一方、柏木も相手の人柄や仕事に触れるなかで気持ちを深めていったという関係です。単に有名人同士が出会ったというだけでなく、仕事を通じた接点が、少しずつ交際へとつながっていきました。
【結婚生活14年間】1971年の結婚から夫婦の暮らしを振り返る
2人が結婚したのは1971年12月8日です。ユニバーサル ミュージック ジャパンの公式プロフィールには、同日に笠間稲荷で結婚したことが記録されています。
当時、坂本は歌手として活躍するだけでなく、テレビや映画、舞台など幅広い分野で仕事をしていました。一方の柏木も女優として活動しており、芸能界でそれぞれの仕事を持つ夫婦でした。
2人の結婚生活については、柏木本人が複数のインタビューで思い出を語っています。2023年のESSE-onlineのインタビューでは、坂本が日常のなかで自分の服装や髪形を褒めるメモを残していたことや、テニスやゴルフなども一緒に楽しんでいたことを明かしました。
スマートフォンやメッセージアプリが存在しなかった時代、坂本は言葉を小さなメモにして伝えていたそうです。仕事で多忙な人気歌手でありながら、家庭では妻への気遣いを具体的な行動に移していた様子がうかがえます。
柏木は同インタビューで、結婚していた14年間を「夢のように幸せだった」と振り返っています。結婚生活の長さだけでは測れない、2人の親密さを感じさせる言葉です。
ただし、夫婦の時間は長く続くことを許されませんでした。1985年8月12日、坂本は日本航空123便墜落事故に巻き込まれ、43歳で亡くなります。結婚から約13年8か月。一般に「14年間の結婚生活」と表現される期間は、突然終わりを迎えました。
2023年にテレビ朝日系「徹子の部屋」に出演した際にも、柏木は結婚していない期間が結婚生活の長さを上回ったことや、娘たちが父親の亡くなった年齢を超えたことに触れています。年月を重ねても、夫婦として過ごした時間が人生の大きな部分を占めていることが伝わるエピソードです。
【年表で整理】出会い・結婚・事故・2026年の家族の現在
坂本九と柏木由紀子の歩みを理解するには、2人が出会った時代から、家族が音楽を通じて活動を続ける現在までを時系列で確認すると分かりやすくなります。
| 時期 | 出来事 | 確認できる内容 |
|---|---|---|
| 撮影現場での出会い | 坂本九と柏木由紀子が知り合う | 柏木本人がインタビューで電話番号のメモを受け取った思い出を語っている。 |
| 出会いから約1年後 | 梅田コマ劇場で再会 | 柏木が楽屋へあいさつに訪れ、坂本から再び電話番号を渡された。 |
| 1971年12月8日 | 結婚 | ユニバーサル ミュージック ジャパンの公式プロフィールに記録されている。 |
| 1985年5月22日 | 「心の瞳」発売 | 坂本九の遺作として知られる楽曲がシングル「懐かしきlove-song」のB面として発売された。 |
| 1985年8月12日 | 日本航空123便墜落事故 | 坂本九が犠牲となる。事故では乗客・乗員524人のうち520人が亡くなった。 |
| 2004年以降 | 母娘による音楽活動 | 柏木由紀子、大島花子、舞坂ゆき子による「ママ エ セフィーユ」が活動を開始。 |
| 2017年 | 「心の瞳」の家族参加版 | 柏木と娘たちのコーラスが加わった音源がリリースされた。 |
| 2026年1月 | 坂本九音楽事務所の公式サイトをリニューアル | 公式サイトでは映画関連の告知や音楽に関する情報も発信されている。 |
| 2026年8月12日 | 事故から41年の命日 | 柏木が娘や孫たちと墓参りをしたことをORICON NEWSなどが報じた。 |
この年表から分かるのは、坂本九の死を境に家族の活動が途絶えたわけではないということです。残された音源や思い出を大切にしながら、妻と娘たちが音楽を次の世代へ伝える活動を続けてきました。
【1985年8月12日の悲劇】日航機墜落事故と41年目の命日
1985年8月12日、羽田空港を出発して大阪へ向かっていた日本航空123便が、群馬県上野村の御巣鷹の尾根に墜落しました。乗客509人、乗員15人の計524人が搭乗しており、520人が亡くなった事故です。
日本航空の安全啓発センターが公表する事故記録によると、事故機は同日18時12分に羽田空港を離陸。飛行中に機体後部の圧力隔壁が破壊され、油圧装置が機能を失うなどして操縦が困難になり、約32分間の飛行の後、18時56分ごろに墜落しました。
坂本九も犠牲者の一人でした。事故原因については、1978年に発生した尾部接触事故の修理における不具合が、後部圧力隔壁の破壊につながったとする航空事故調査の記録が残っています。単なる芸能ニュースの背景ではなく、多くの命が失われた航空事故として、正確に記憶されるべき出来事です。
事故直後、柏木は突然、夫を失った遺族として全国の注目を集めることになりました。2023年のESSE-onlineのインタビューでは、事故当時、自宅の前に報道陣が集まり、どこへ行ってもカメラに追われた経験を振り返っています。突然の悲劇に直面した本人にとって、世間の関心に応じながら日常を取り戻すことは容易ではなかったことがうかがえます。
それから41年後の2026年8月12日、柏木は坂本の墓参りをした様子を自身のSNSで公開しました。ORICON NEWSやTBS NEWS DIGによると、墓前には坂本が好きだったワインを供え、娘たちや孫たちが元気に過ごしていることを伝えたといいます。
柏木は、年月が経過しても寂しさや悲しみが完全に消えるわけではないという趣旨の心境も明かしました。一方で、毎日をできるだけ楽しく、笑顔で普通に過ごせることのありがたさを感じていたいという思いも伝えています。
命日に家族が集まり、故人をしのぶ姿は、事故の記憶が過去の出来事として片づけられていないことを示しています。坂本九の歌が現在も聴かれ続けている背景には、作品そのものの魅力に加え、家族が大切に守ってきた記憶もあります。
【娘の大島花子・舞坂ゆき子】「心の瞳」に受け継がれた家族の思い出
坂本九と柏木由紀子には、2人の娘がいます。長女は歌手の大島花子、次女は女優の舞坂ゆき子です。坂本九音楽事務所の公式サイトでも、母と娘たちのプロフィールが紹介されています。
父親を失った家族が、音楽を通じて坂本の存在を伝えてきたことを象徴する作品が「心の瞳」です。
同曲は、作詞を荒木とよひさ、作曲を三木たかしが手がけ、1985年5月22日に発売されました。坂本の最後のレコーディング曲として知られ、当初は「懐かしきlove-song」のB面に収録されていました。その後、中学校の音楽教材にも取り上げられ、合唱曲として広く歌われるようになります。
ユニバーサル ミュージック ジャパンの公式サイトには、柏木が生前の坂本と同曲を聴いたときの思い出が掲載されています。坂本は、曲を聴けば柏木が泣いてしまうのではないかと話していたそうです。柏木は後年、この曲が夫婦の関係を思わせるラブソングだったと振り返っています。
ここで押さえておきたいのは、「心の瞳」は坂本自身が作詞・作曲した曲ではないという点です。作詞家と作曲家によって生み出された作品であり、坂本が歌い、家族にとって特別な意味を持つようになったことで、さらに深い物語を持つ楽曲となりました。
2017年には、柏木と娘たちのコーラスを加えた「心の瞳」の音源がリリースされました。坂本の歌声に家族の声が重なることで、かつての録音が新たな形でよみがえったのです。
坂本九音楽事務所の公式プロフィールによると、柏木と娘たちは「ママ エ セフィーユ」として2004年から音楽活動を開始しました。家族の温かさを伝える活動を続け、坂本の声や映像も交えたファミリーコンサートなどにも取り組んできました。
「心の瞳」が合唱曲として歌い継がれていることには、音楽教育の面からも意味があります。歌詞や旋律を通じて、若い世代が家族への思いや人を大切にする気持ちに触れられるからです。坂本の歌声は、家族の記憶を超え、多くの人が共有できる作品として受け継がれています。
【2026年最新】柏木由紀子の現在と坂本九音楽事務所の活動
2026年10月現在、柏木由紀子は78歳です。俳優としての活動に加え、坂本九音楽事務所の代表を務め、夫の音楽や肖像に関する権利管理に携わっています。
坂本九音楽事務所の公式サイトによると、坂本の肖像や楽曲の権利、録音・録画などの二次利用に関する権利は柏木が保有し、同事務所で管理しています。これは、作品を後世へ伝えるだけでなく、音源や映像が適切に利用されるようにする役割でもあります。
2026年1月には公式サイトがリニューアルされ、同月23日には映画「SUKIYAKI 上を向いて歩こう」に関する新キャストやティザービジュアルの告知が掲載されました。同月にはテレビ東京の音楽番組に関する告知もあり、坂本九の作品を紹介する情報発信が続いています。
また、2026年8月12日の命日には、柏木が娘や孫たちと墓参りをした様子が報道されました。家族がそろって故人をしのぶ姿は、単に過去を懐かしむものではなく、家族の現在を大切にしながら坂本の存在を伝え続ける営みとして受け止められます。
柏木の活動を考えるうえで重要なのは、夫の記憶を語ることだけが役割ではないという点です。音楽の権利管理、作品の紹介、娘たちとの共演、メディアを通じた思い出の共有など、複数の方法で坂本の作品を未来へつないでいます。
2026年の最新情報を確認する場合は、坂本九音楽事務所の公式サイトで作品や活動の告知を確認し、柏木本人の発信やORICON NEWS、TBS NEWS DIGなどの報道で近況を照合する方法が有効です。過去のインタビューは夫婦の思い出を知る手がかりになりますが、当時の発言と現在の活動情報は分けて読む必要があります。
【誤解しやすいポイント】2人の関係と家族の情報を正しく理解する
坂本九と柏木由紀子について調べるときは、事実として確認できる情報と、印象や推測が混ざった情報を区別することが大切です。特に、夫婦の馴れ初め、結婚生活の長さ、娘たちの活動、現在の家族の姿には、整理しておきたいポイントがあります。
1.結婚生活は「14年間」と表現されるが、正確には約13年8か月。 1971年12月8日の結婚から1985年8月12日の事故までを暦で計算すると、約13年8か月です。報道や本人の回想では「14年間」と表現されています。
2.「心の瞳」は坂本九自身が作詞・作曲した曲ではない。 作詞は荒木とよひさ、作曲は三木たかしです。坂本の歌唱と、柏木や娘たちの思い出が結びついたことで、家族にとって特別な意味を持つ作品となりました。
3.2026年の家族の近況は、公開された発信と報道から読み取る。 8月の命日に娘や孫たちと墓参りをしたことは報道されています。一方、家族の私生活すべてが公開されているわけではありません。公表された活動と、外部から推測された情報を混同しないことが大切です。
4.坂本九の音楽が受け継がれていることと、柏木の活動は切り離せない。 音源や映像の権利管理、公式サイトでの情報発信、家族による共演は、作品を継承する具体的な取り組みです。単に「亡き夫を思い続けている」という説明だけでは、現在まで続く活動の全体像を捉えきれません。
こうした点を押さえると、2人の物語を感動的なエピソードだけで理解するのではなく、音楽作品の歴史、家族の歩み、現在の権利管理や情報発信まで含めて把握できます。
【坂本九柏木由紀子】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:坂本九と柏木由紀子はどこで出会ったのですか?
A1:撮影現場で知り合いました。坂本から電話番号を書いたメモを渡されたものの、柏木はすぐには連絡しなかったといいます。その後、梅田コマ劇場で再会し、坂本から再び電話番号を渡されたエピソードが本人のインタビューで語られています。
Q2:坂本九と柏木由紀子はいつ結婚しましたか?
A2:1971年12月8日です。ユニバーサル ミュージック ジャパンの公式プロフィールには、笠間稲荷で結婚したことが記録されています。
Q3:2人の結婚生活は何年間でしたか?
A3:約14年間です。1971年12月8日に結婚し、1985年8月12日に坂本九が日航機墜落事故で亡くなりました。日付で計算すると約13年8か月ですが、一般には14年間の結婚生活と表現されています。
Q4:坂本九と柏木由紀子の娘は誰ですか?
A4:長女は歌手の大島花子、次女は女優の舞坂ゆき子です。柏木と娘たちは「ママ エ セフィーユ」として音楽活動にも取り組み、坂本の歌声を受け継ぐ作品を発表しています。
Q5:「心の瞳」は坂本九が柏木由紀子のために作った曲ですか?
A5:作詞は荒木とよひさ、作曲は三木たかしです。坂本が歌い、妻の柏木にとって夫婦の思い出と深く結びついた曲となりました。2017年には柏木と娘たちのコーラスを加えた音源もリリースされています。
Q6:柏木由紀子は2026年現在、何歳ですか?
A6:2026年10月現在、78歳です。俳優としての活動に加え、坂本九音楽事務所の代表として夫の音楽や肖像に関する権利管理に携わっています。
Q7:坂本九の命日はいつですか?
A7:1985年8月12日です。日本航空123便墜落事故で亡くなりました。2026年8月12日は事故から41年の命日にあたり、柏木由紀子が娘や孫たちと墓参りをしたことが報じられています。
坂本九と柏木由紀子は、撮影現場での出会いを経て1971年に結婚しました。夫婦として過ごした約14年間には、坂本が妻にメモを残した思い出や、共通の趣味を楽しんだ日々がありました。しかし、1985年8月12日の日本航空123便墜落事故によって、その暮らしは突然終わりを迎えます。
それから41年。柏木は娘の大島花子、舞坂ゆき子とともに家族の歩みを重ね、坂本の歌声や作品を次の世代へ伝えてきました。「心の瞳」が家族のコーラスとともに新たな形で届けられ、合唱曲としても広く歌われていることは、その象徴です。
2026年の現在を知るうえでは、柏木本人の発信、坂本九音楽事務所の公式情報、報道各社の取材記事を組み合わせて読むことが重要です。馴れ初めや結婚生活を知るだけでなく、娘たちの活動、音楽の継承、命日に寄せられた家族の思いまで目を向けると、2人の関係をより立体的に理解できます。
坂本九の歌が今も人々に親しまれているのは、作品そのものの力に加え、それを大切に守り、伝え続けてきた人たちがいるからです。柏木由紀子と娘たちの歩みは、家族の記憶が音楽を通じて世代を超えて残っていくことを示しています。