2026年10月現在、日大三高野球部の監督を務めているのは三木有造氏です。小倉全由前監督の後任として2023年4月に就任し、2025年夏にはチームを甲子園準優勝へ導きました。一方、2026年は部員による不適切な動画の拡散問題を受け、野球部の活動停止や春季東京都大会の出場辞退という重大な局面を迎えています。
その後、チームは活動を再開し、夏の西東京大会にも出場しました。ただし、甲子園出場には届かず、秋季東京都大会も一次予選で敗退しています。三木監督の経歴、小倉前監督から受け継いだ指導方針、甲子園での実績、そして2026年の活動再開までの経緯を、報道資料や大会記録をもとに整理します。
【日大三高野球部監督は現在も三木有造氏】2026年10月の最新状況

日大三高野球部の現監督は、2023年春に就任した三木有造氏です。2026年は野球部の活動停止や大会辞退が大きく報じられましたが、その後、三木監督の指揮のもとでチームは公式戦に復帰しています。2026年10月28日時点で、監督交代を示す公表情報は確認されていません。
2026年夏の西東京大会では、日大三高は1回戦から5連勝して準決勝まで進みました。しかし、7月24日の準決勝で創価高校に4対7で敗れ、夏の甲子園出場は逃しています。前年の準優勝校が、春の大会を欠場した後にどこまで立て直せるかという点でも注目された大会でした。
加えて、9月の秋季東京都大会一次予選では、9月13日に千歳丘高校を7対0で破ったものの、22日の代表決定戦で日大豊山高校に5対6で敗退。本大会への進出を逃しました。したがって、2026年秋の時点では、前年の甲子園準優勝という実績と、直近の大会で結果を残せていない現状を分けて捉える必要があります。2026年は甲子園に出場しておらず、夏は西東京大会準決勝敗退、秋は一次予選敗退というのが現在の競技成績です。(スポーツナビ、高校野球ドットコムの大会記録)
【三木有造監督の経歴】2023年の就任までに歩んだ指導者人生
三木有造監督は1974年5月23日、和歌山県生まれ。日大三高から東洋大学へ進学し、大学卒業後は教員を目指しながら、学生コーチとして母校の野球部に関わりました。その後、コーチや部長としてチームを支え、小倉全由前監督のもとで約26年間にわたって指導経験を積んでいます。
2023年2月、小倉前監督が定年退職に伴い退任することが発表され、後任に三木氏が就任することになりました。監督としての正式な新体制は同年4月にスタート。就任直後の春季東京都大会では都立青山高校に11対1で勝利し、初采配を飾りました。同年夏には西東京大会を制し、監督就任1年目で甲子園出場を実現しています。
三木監督の特徴は、外部から招聘された指導者ではなく、長年にわたり日大三高の野球部を内側から支えてきた人物であることです。部長として選手やチーム運営を見てきた経験は、監督就任後のチームづくりにもつながっています。2025年夏には全国高校野球選手権大会で準優勝を果たし、監督としての実績をさらに積み上げました。(月刊高校野球CHARGE!、日刊スポーツ)
【小倉全由前監督の経歴と歴代監督】交代の理由と継承された伝統
日大三高の監督交代を理解するうえで欠かせない人物が、小倉全由前監督です。小倉氏は1957年4月10日生まれの千葉県出身で、日大三高の卒業生。大学在学中に母校のコーチを経験した後、1981年に関東第一高校の監督に就任しました。関東第一では1987年春の選抜大会で準優勝を経験し、1997年4月に母校の日大三高の監督へ就任しています。
日大三高では26年間にわたって指揮を執り、2001年夏と2011年夏に全国制覇を達成。2010年春の選抜大会でも準優勝しています。関東第一時代を含む甲子園通算成績は37勝20敗で、春夏合わせて22回の甲子園出場を経験しました。日大三高の強力打線や、練習を重ねて勝負強さを養うチームづくりを象徴する指導者として知られています。
小倉氏が2023年3月末に退任した理由は、65歳の定年を迎え、学校を退職することになったためです。成績不振や三木氏との対立による交代ではありません。小倉氏自身が後任に三木氏を選び、長年築いたチームの伝統を引き継ぐ体制が整えられました。(スポニチアネックス、日刊スポーツ)
日大三高の歴代監督を理解する際は、過去の指導者と近年の正式な監督交代を区別することが大切です。小倉氏の指導者人生には、学生時代に日大三高で指導を受けた故・小枝守氏との縁があります。一方、近年の監督交代で直接の前任者・後任者となるのは、小倉氏と三木氏です。
| 時期 | 人物・立場 | 主な経歴・節目 |
|---|---|---|
| 小倉氏の大学在学中 | 小枝守氏 | 小倉氏が母校のコーチを務めるきっかけとなった指導者 |
| 1997年4月〜2023年3月 | 小倉全由前監督 | 日大三高を26年間指揮。2001年・2011年夏に全国制覇、2010年春に準優勝 |
| 2023年4月〜2026年10月現在 | 三木有造監督 | 小倉氏の後任として就任。2023年夏に甲子園出場、2025年夏に準優勝 |
この系譜から見えてくるのは、監督交代によって伝統が断絶したのではなく、長年の指導経験を持つ内部の人材へ引き継がれたという点です。三木監督の実績を評価する際も、小倉前監督の時代と単純に勝敗だけを比較するのではなく、継承された強みと、新たに築こうとしているチーム文化の両面を見る必要があります。
【三木有造監督と小倉全由前監督の指導方針を比較】評判の背景にある違い
三木監督の指導方針を象徴する言葉として、2024年のインタビューで挙げられたのが「ガッツ 気合 根性」です。三木監督は、技術や理屈だけでは乗り越えられない局面で、まず困難に立ち向かう気持ちが必要だという考えを示しています。精神面を重視する姿勢は、小倉前監督から受け継いだ日大三高の伝統とも重なります。(月刊高校野球CHARGE!)
小倉前監督が大切にしていた言葉は「練習は嘘をつかない」です。繰り返し練習することで技術と勝負強さを磨き、選手と日常生活をともにしながら信頼関係を築く指導スタイルで知られました。2001年、2011年の夏の全国制覇は、その長期的なチームづくりを象徴する実績です。
一方、三木監督は小倉前監督の指導をそのまま再現するのではなく、選手が意見を出しやすい関係づくりも重視しています。2025年夏の甲子園を取材した日刊スポーツの記事では、試合中の選手交代などについて選手の意見を参考にする姿勢や、選手たちを「兄貴分」として支えたいという考えが紹介されました。
この違いは、単純に「小倉監督は厳しく、三木監督は優しい」と二分できるものではありません。両者に共通するのは、選手の努力や精神面を重視し、チームとして困難に向き合う姿勢です。そのうえで、三木監督は選手との対話や信頼を通じて、主体性を引き出すチームづくりを進めていると見ることができます。(日刊スポーツ、月刊高校野球CHARGE!)
三木監督の評判を考える材料としても、単なる人気やネット上の印象より、実際の大会成績、報道された指導方針、試合での選手起用などが参考になります。2025年夏の準優勝は監督としての成果ですが、2026年の部活動をめぐる問題については、競技成績とは別に、指導体制や寮運営、部員の行動管理を含めた組織運営が問われています。
【日大三高の甲子園成績】2025年夏の準優勝と2026年の結果
日大三高は、夏の甲子園で2001年と2011年に優勝した実績を持つ強豪校です。小倉前監督の時代に築かれた全国屈指の競争力は、三木監督の就任後も引き継がれています。三木監督は2023年夏に甲子園へ出場し、2025年夏にはチームを決勝まで導きました。
2025年の第107回全国高校野球選手権大会では、日大三高は2回戦で豊橋中央に3対2、3回戦で高川学園に9対4、準々決勝で関東第一に5対3、準決勝で県岐阜商に4対2と勝ち進みました。しかし、8月23日の決勝では沖縄尚学に1対3で敗れ、準優勝となっています。優勝には届かなかったものの、三木監督が全国大会で結果を残した重要な大会でした。(日刊スポーツ、甲子園台帳)
ただし、2025年の準優勝を、そのまま2026年のチーム力の評価に当てはめることはできません。2026年は春季大会への出場を辞退し、夏は西東京大会の準決勝で敗退。秋季大会も一次予選で姿を消しました。前年の実績と、部員の入れ替わりや活動環境の変化を経た新チームの成績は、別々に評価する必要があります。
また、2026年の夏に甲子園へ出場できなかった理由は、春季大会の辞退だけではありません。夏の西東京大会で準決勝まで進んだものの、創価高校との試合で敗れたことが直接の結果です。大会辞退による影響と、夏の試合そのものの勝敗を分けて見ることが、正確な成績理解につながります。(スポーツナビ、高校野球ドットコム)
【2026年の日大三高野球部はなぜ活動停止に?】公式発表から再開までの経緯
2026年の日大三高野球部をめぐる大きな問題は、部員による不適切な動画の拡散でした。報道によると、硬式野球部員2人が児童買春・児童ポルノ禁止法違反の容疑で書類送検され、動画の受け取りや拡散にも複数の部員が関わったとされています。書類送検は捜査機関から事件が送致されたことを示すものであり、それ自体が有罪判決を意味するものではありません。
学校は2月12日から硬式野球部の活動を停止しました。3月7日には公式サイトで春季東京都大会の出場辞退を発表し、理由について「事案の重大性を踏まえ、指導体制および寮運営体制の見直し」を進めていると説明しました。これは大会への参加を見合わせるだけでなく、部活動の運営そのものを見直す必要があると学校が判断したことを示しています。(日刊スポーツ、スポニチアネックス)
その後、日本学生野球協会は2026年4月7日、部員のSNS不適切利用を理由に、日大三高へ対外試合禁止処分を科したと発表しました。処分期間は2025年11月3日から2026年5月9日までで、アウトオブシーズンを除く扱いです。2月からの学校による活動停止と、協会による対外試合禁止処分は、区別して理解する必要があります。(共同通信、毎日新聞)
チームは4月13日に練習を再開し、対外試合禁止処分が明けた5月10日以降は練習試合を行うなど、夏の大会に向けて調整を進めました。5月25日に取材陣へ練習を公開した際、三木監督は正しい行動や言葉遣いを意識しながらチームを見つめ直している趣旨を説明し、夏の西東京大会へ参加する方向で調整していることを明らかにしています。(日刊スポーツ、2026年5月25日報道)
その後、日大三高は7月12日の西東京大会1回戦で翔陽高校に15対0で勝利し、公式戦に復帰しました。春の出場辞退から夏の大会への復帰までには、練習再開、対外試合禁止処分の終了、公式戦への参加という段階がありました。ただし、競技への復帰と、学校が掲げた指導体制・寮運営体制の見直しが十分に機能したかどうかは、別の観点から継続して見る必要があります。(共同通信)
2026年10月現在、日大三高は夏の西東京大会と秋季東京都大会の一次予選に出場しています。少なくとも大会記録からは、春に報じられた活動停止状態がそのまま続いているわけではないことが分かります。一方、秋季一次予選では日大豊山に5対6で敗れ、本大会への進出を逃しました。今後は勝敗だけでなく、学校が発表した運営体制の見直しが継続されているかも注目点となります。(高校野球ドットコム、東京都高等学校野球連盟の大会記録)
【日大三高野球部監督】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:日大三高野球部の監督は現在誰ですか?
A1:2026年10月現在、三木有造氏です。2023年4月に小倉全由前監督の後任として就任し、2025年夏には甲子園準優勝を達成しています。
Q2:小倉全由前監督が退任した理由は何ですか?
A2:65歳の定年を迎え、2023年3月末に学校を退職したためです。成績不振や三木監督との対立による交代ではなく、長年チームを支えた三木氏へ指揮を引き継ぎました。
Q3:日大三高野球部は2026年に活動停止となり、その後どうなりましたか?
A3:部員による不適切な動画の拡散問題を受け、2月12日から活動を停止し、春季東京都大会も辞退しました。4月13日に練習を再開し、7月の西東京大会で公式戦に復帰しています。夏は準決勝敗退、秋は一次予選敗退という結果でした。
日大三高野球部の現在の監督は三木有造氏です。小倉全由前監督のもとで約26年間にわたり指導経験を積み、2023年に監督へ就任。2025年夏には甲子園準優勝という成果を残しました。指導方針では精神面や努力を重視する伝統を受け継ぎつつ、選手との信頼関係や対話を大切にするチームづくりを進めています。
一方、2026年は部員の不適切な動画拡散問題を受けて活動停止と春季大会辞退を経験し、活動再開後も夏の甲子園出場を逃しました。秋季東京都大会の一次予選でも敗退しており、競技面では再建に向けた課題が残っています。
今後の日大三高を評価する際には、三つの観点が重要です。第一に、夏の甲子園準優勝など過去の実績と直近の試合結果を混同しないこと。第二に、監督の交代理由と、2026年に起きた部活動運営上の問題を別々に理解すること。第三に、学校が発表した指導体制・寮運営体制の見直しが、日々の部活動や部員の行動にどのように反映されるかを見守ることです。
名門校としての伝統を競技成績だけで評価するのではなく、選手育成と組織運営の両面から捉えることが、三木監督の今後の指導と日大三高野球部の再建を理解するための判断基準になります。