金ピカの衣装に身を包み、「すまんの~」「わしは大金持ちのお坊ちゃんじゃ」と大ぼらを吹く――。漫才コンビ「横山たかし・ひろし」は、強烈なキャラクターと独特の掛け合いで、上方漫才の歴史に名を刻んだ名コンビです。横山たかしさんが演じる大金持ちのお坊ちゃんと、相方の横山ひろしさんが冷静に受け止める構成は、ひと目で誰の漫才か分かるほど個性的でした。
2019年6月1日に横山たかしさんが70歳で亡くなった後、横山ひろしさんは妻の春けいこさんと夫婦漫才を結成。2024年度には大阪府立上方演芸資料館「ワッハ上方」の第28回上方演芸の殿堂入りを果たし、2026年も所属事務所のプロフィールや公演情報を通じて活動が確認できます。ここでは、結成の経緯、受賞歴、死因、名ギャグの背景、そして横山ひろしさんの現在までを整理します。
【横山たかし・ひろしの経歴】結成から横山やすし門下での出発まで

横山たかし・ひろしは、横山たかしさんと横山ひろしさんによる漫才コンビです。大阪府立上方演芸資料館「ワッハ上方」の紹介資料によると、2人は1967年に明蝶芸術学院で知り合い、1968年にコンビを結成しました。その後、横山やすしさんに師事し、上方漫才の世界でキャリアを積んでいきます。
横山やすしさんは、歯切れのよい話術と強烈な個性で知られた漫才師です。その弟子として修業を重ねた2人は、舞台経験を積みながら、単なる正統派の掛け合いとは異なる芸風を模索しました。
転機となったのが、1970年代初頭から取り組んだ「ほら吹き漫才」です。たかしさんが現実離れした大金持ちの話を大真面目に語り、ひろしさんが聞き手となって受け止める。話が大きくなるほど、聞き手の反応との落差が笑いを生む構造でした。
コンビは1970年代に賞を獲得して頭角を現したものの、その後は伸び悩みや解散・廃業の危機も経験したと、日刊ゲンダイのインタビュー記事などで紹介されています。そこから1990年代に金ピカ衣装を取り入れ、独特のキャラクターを前面に押し出したことで、再び強い存在感を放つようになりました。
2人の芸歴を語るうえで重要なのは、最初から現在の完成形があったわけではないことです。師匠から学んだ漫才の基礎を土台に、長い試行錯誤を経て、衣装・口調・人物設定が一体となった独自のスタイルを作り上げました。
【年表】横山たかし・ひろしの受賞歴と主な転換点
横山たかし・ひろしの歩みは、コンビ結成、ほら吹き漫才の確立、1990年代の再浮上、そしてたかしさんの死去後という大きな節目に分けられます。受賞歴と合わせて振り返ると、長年にわたって芸を磨いてきた過程が見えてきます。
| 時期 | 出来事・実績 | ポイント |
|---|---|---|
| 1967年 | 明蝶芸術学院で知り合う | コンビ結成につながる出会い |
| 1968年 | 横山たかし・ひろしを結成 | 横山やすし門下で活動 |
| 1970年代初頭 | ほら吹き漫才を本格化 | 大金持ちのお坊ちゃんというキャラクターを確立 |
| 1972年 | 第3回NHK上方漫才コンテストで優秀努力賞 | 松竹芸能公式プロフィールの記載 |
| 1974年 | 第3回上方お笑い大賞で銀賞 | 受賞歴の初期の節目 |
| 1993年 | 第28回上方漫才大賞で奨励賞、第22回上方お笑い大賞で金賞 | 実力派コンビとして再評価 |
| 1994年 | 第29回上方漫才大賞で大賞 | 代表的な受賞実績 |
| 2019年6月1日 | 横山たかしさんが死去 | 長年のコンビ活動に終止符 |
| 2019年11月 | 横山ひろし・春けいこを結成 | 夫婦漫才として新たな活動を開始 |
| 2024年度 | 第28回上方演芸の殿堂入り | ワッハ上方による顕彰 |
| 2026年 | 横山ひろし・春けいこの公演・番組出演情報 | 新たなコンビで活動を継続 |
受賞歴は、松竹芸能の公式プロフィールやワッハ上方の紹介資料などに基づいて整理しています。なお、NHK上方漫才コンテストの受賞年は、松竹芸能のプロフィールでは1972年、ワッハ上方の資料では1973年度と表記されています。記録によって表記に違いがあるものの、第3回大会で優秀努力賞を受賞した点は共通しています。
特に注目したいのが、1993年から1994年にかけての実績です。上方お笑い大賞の金賞と上方漫才大賞の大賞という受賞は、長年の試行錯誤を経て完成させた芸が、業界でも高く評価されたことを示しています。
【ほら吹き漫才の魅力】金ピカ衣装と「すまんの~」はなぜ愛されたのか
横山たかし・ひろしの漫才を象徴するのは、たかしさんの金ピカ衣装と「すまんの~」というギャグです。たかしさんは、自分を「大金持ちのお坊ちゃん」と称し、常識では考えられないほど裕福であるかのように語ります。赤いハンカチをかむ仕草も、おなじみの演出でした。
松竹芸能やワッハ上方の紹介資料では、ネタの前半でたかしさんが大ぼらを吹き続け、後半になると聞き役のひろしさんが相手をたしなめる構成が特徴として挙げられています。
この形式の巧みさは、単に大げさなことを言う点だけにありません。たかしさんは、自分の話がどれほど荒唐無稽であっても、まるで疑う余地のない事実であるかのように振る舞います。一方、ひろしさんは観客の目線に近い立場から応じるため、2人の温度差そのものが笑いになります。
加えて、金ピカ衣装は、舞台に登場した瞬間からキャラクターを伝える視覚的な仕掛けでした。言葉で説明する前に「この人は普通ではない」と観客に理解させ、漫才の世界へ引き込む効果があります。
日刊ゲンダイのインタビュー記事では、金ピカ衣装などの演出について、ひろしさんがさまざまな提案を行い、たかしさんが受け入れていった経緯が紹介されています。衣装とギャグは、個人の思いつきだけで成立したのではなく、長年のコンビ関係のなかで形作られたものでした。
また、「すまんの~」は、単独で使われる言葉というより、たかしさんの大金持ちキャラクターや独特の表情、ハンカチをかむ仕草と組み合わさることで印象を強めていました。言葉、動作、衣装、相方の反応がそろって初めて完成する、身体性の強い漫才だったのです。
テレビや動画で過去の漫才を見る場合も、ギャグの言葉だけを切り取るより、たかしさんがどのように話を膨らませ、ひろしさんがどのタイミングで反応するのかに注目すると、2人の技術がよく分かります。
【横山たかしさん死去】2019年6月1日の死因と最期
横山たかしさんは、2019年6月1日午前3時51分、大阪市内の病院で亡くなりました。所属していた松竹芸能が同年6月2日に公表し、日刊スポーツなどの報道も、死因を多臓器不全と伝えています。享年70歳でした。
たかしさんは1948年10月6日生まれで、本名は山高孝(やまたか・たかし)さんです。亡くなったのは71歳の誕生日を迎える前だったため、当時の報道では70歳とされています。
晩年は体調の問題を抱えながら舞台に立ち続けていました。日刊スポーツの報道によると、2014年以降、腰部脊柱管狭窄症や腸腰筋膿瘍に関連する手術を受け、療養と復帰を繰り返していました。2018年12月まで舞台出演を続けていたことも報じられています。
2019年4月ごろに検査入院した後、体調が戻らないまま逝去。所属事務所の発表では、葬儀は本人の遺志により密葬で執り行われたとされています。
相方のひろしさんは、入院中のたかしさんに2人の漫才映像を見せた際、表情に活気が戻った様子を振り返っています。また、病室で互いに「ありがとう」と伝え合ったことも報道されました。長年舞台を共にしてきた2人にとって、漫才は仕事であると同時に、人生を共有する大きな柱だったことがうかがえます。
死因については、所属事務所の発表で多臓器不全とされています。腰部脊柱管狭窄症などの既往歴は報じられていますが、それらと最終的な死因の医学的な関係を、公開情報だけから断定することはできません。
【横山ひろしの現在】春けいことの夫婦漫才と2026年の活動
たかしさんの死去によって長年のコンビを失った横山ひろしさんは、その後も漫才を続ける道を選びました。2019年11月に妻の春けいこさんと新コンビ「横山ひろし・春けいこ」を結成し、同年12月1日に大阪松竹座の公演で本格的なお披露目を行いました。
ひろしさんは1947年1月19日生まれ、愛媛県今治市出身です。春けいこさんは1958年7月4日生まれで、かつて春やすこさんと「春やすこ・けいこ」を組み、1980年代の漫才ブームで人気を集めました。松竹芸能の公式プロフィールによると、2人は1982年に結婚しています。
夫婦漫才の再出発は、単なる相方の交代ではありません。ひろしさんには長年培った掛け合いの経験があり、けいこさんにも女性漫才コンビとして舞台を沸かせた実績があります。異なる芸歴を持つ2人が、夫婦としての関係も生かしながら新たな漫才を作り上げてきました。
2019年12月の初舞台では、けいこさんが「春やすこ・けいこ」時代のエピソードを交え、ひろしさんが「わしの隣りはほら吹きばかりか」と応じるやり取りも披露されました。たかしさんの芸風を思い起こさせながら、新しい相方との掛け合いに結びつけた場面です。
2024年度には、横山たかし・ひろしが大阪府立上方演芸資料館「ワッハ上方」の第28回上方演芸の殿堂入りに選ばれました。これは、コンビとして残した功績が、たかしさんの死去後も上方演芸の歴史のなかで評価されていることを示す節目です。2025年11月30日には、殿堂入りを記念したライブも開催されました。
2026年についても、松竹芸能の公演案内では4月4日の心斎橋角座「寄せて寄せてあがる寄席」に横山ひろし・春けいこの出演が告知されました。また、音楽番組「演歌ジャックス」についても、2026年9月の出演情報が報じられています。
したがって、2026年現在の横山ひろしさんについては、春けいこさんとの夫婦漫才を軸に活動を継続していると整理できます。ただし、個々の公演や放送は日程・出演者の変更があり得るため、直近の出演予定は松竹芸能の公式プロフィールや公演案内で確認するのが確実です。
【横山たかし・ひろしの名言と解散】芸に残されたものを読み解く
横山たかし・ひろしの名言として広く知られているのは、「すまんの~」や「わしは大金持ちのおぼっちゃまじゃ」といった、たかしさんのキャラクターに根ざした言葉です。「みんな笑えよ~」「拍手!」なども、コンビを象徴するフレーズとして紹介されています。
これらの言葉には、たかしさんが演じる人物の厚かましさと、どこか憎めない人懐っこさが同居しています。自分を大金持ちだと主張しながら、赤いハンカチをかんで「すまんの~」と謝る。その矛盾が、観客にキャラクターの滑稽さを伝えます。
一方、ひろしさんの役割も欠かせません。たかしさんの大ぼらを完全に否定するのではなく、話を受け止めながら、必要なところでツッコミを入れる。この受け答えがあるからこそ、たかしさんの言葉は一方的な独演ではなく、漫才として成立していました。
「横山たかし・ひろしは解散したのか」という疑問については、2人が自らの意思で活動を終了したというより、2019年6月のたかしさんの死去によって、元のコンビとしての活動が終わったと理解するのが適切です。その後、ひろしさんが春けいこさんと新しいコンビを結成したため、現在は別のコンビ名で活動しています。
また、横山たかし・ひろしの芸は、奇抜な衣装やギャグだけで評価されているわけではありません。受賞歴、長年にわたる舞台経験、そして上方演芸の殿堂入りという顕彰を合わせて見ることで、独自の芸風を磨き続けた漫才師としての評価が分かります。
過去の映像を楽しむ際に注目したいのは、派手な衣装だけではなく、話の膨らませ方、間の取り方、相方の反応です。そこに目を向けると、なぜ「ほら吹き漫才」が長く観客の記憶に残ったのかが見えてきます。
【横山たかしひろし】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:横山たかしさんの死因は何ですか? A1:所属事務所の松竹芸能が公表した死因は多臓器不全です。2019年6月1日午前3時51分、大阪市内の病院で亡くなりました。享年70歳でした。
Q2:横山たかし・ひろしはいつ結成され、どのような賞を受賞しましたか? A2:1968年にコンビを結成し、横山やすしさんに師事しました。NHK上方漫才コンテストの優秀努力賞、上方お笑い大賞の銀賞・金賞、1994年の上方漫才大賞の大賞などを受賞しています。2024年度には第28回上方演芸の殿堂入りを果たしました。
Q3:横山ひろしさんは2026年現在、何をしていますか? A3:妻の春けいこさんと「横山ひろし・春けいこ」として夫婦漫才を続けています。2026年も心斎橋角座の公演や音楽番組への出演情報があり、活動を継続していることが確認できます。
横山たかし・ひろしは、1968年の結成から長年にわたって活動し、ほら吹き漫才という独自の芸風を確立した名コンビです。金ピカ衣装、「すまんの~」、大金持ちのお坊ちゃんという人物設定は、言葉と動作、相方との掛け合いが一体となった芸の象徴でした。
2019年6月1日に横山たかしさんが多臓器不全で亡くなったことで、元のコンビとしての活動は終わりました。しかし、1990年代の受賞実績や2024年度の上方演芸の殿堂入りは、2人が上方漫才に残した功績を今に伝えています。
そして横山ひろしさんは、春けいこさんと新しい夫婦漫才を築き、2026年も舞台や番組への出演を続けています。過去の名コンビを振り返ることと、現在のひろしさんの活動を追うことは、どちらも上方演芸の魅力を知る手がかりになります。横山たかし・ひろしの漫才は、懐かしいギャグだけではなく、長い時間をかけて磨かれた2人の芸として、これからも語り継がれていくでしょう。