お笑いコンビ「たくろう」のきむらバンドさんは、2025年12月21日の「M-1グランプリ2025」で優勝し、一躍全国的な知名度を獲得した漫才師です。愛媛県出身で、学生時代にはバンド活動や落語研究部でのお笑いに打ち込み、吉本興業の養成所NSC大阪校36期を経て芸人の道へ進みました。
本名は木村太一さんと紹介されることがあり、1990年1月28日生まれ、身長170cm。相方の赤木裕さんとの出会いやコンビ名「たくろう」の意外な由来、高校時代のベース経験、そしてM-1優勝後の東京進出まで、公式プロフィールや本人インタビュー、2026年の報道をもとに整理します。
【プロフィール完全版】きむらバンドは何者?本名・年齢・身長・出身地を紹介

きむらバンドさんは、独特な表情や言動で観客を引き込む赤木裕さんと組む、漫才コンビ「たくろう」のツッコミ担当として知られています。M-1優勝以前から関西の劇場で経験を積み、長い下積みを経て全国区の人気を獲得しました。
基本プロフィールは、吉本興業の公式タレント情報で確認できます。本名については人物紹介サイトなどで木村太一さんとされていますが、所属事務所の公式プロフィールでは芸名の「きむらバンド」が使用されています。
| 項目 | プロフィール |
|---|---|
| 芸名 | きむらバンド |
| 本名 | 木村太一と紹介されている |
| 生年月日 | 1990年1月28日 |
| 年齢 | 36歳(2026年10月28日時点) |
| 身長・体重 | 170cm・60kg |
| 血液型 | A型 |
| 出身地 | 愛媛県松山市 |
| 所属 | 吉本興業 |
| 養成所 | NSC大阪校36期 |
| コンビ名 | たくろう |
| 趣味 | ボートレース、木村拓哉さん鑑賞、ドライブ、ジャパハリネット |
| 特技 | ギター、ベース、子供に最速で気に入られること |
注目したいのは、プロフィールに音楽関連の趣味や特技が並んでいる点です。単に芸名に「バンド」と付いているだけではなく、実際に高校時代から楽器を演奏していました。その経験は、後述する独自の芸風や人前で表現することへの関心にもつながっています。
なお、出身地については、吉本興業の公式プロフィールでは愛媛県松山市とされています。取材記事では愛媛県鬼北町生まれとも紹介されており、出生地と公式プロフィール上の出身地を区別して理解するとよいでしょう。
【学歴と生い立ち】愛媛の学生時代はバンドマンだった
きむらバンドさんのお笑いの原点を知るうえで欠かせないのが、愛媛で過ごした学生時代です。本人が四国電力グループの情報メディア「愛でたい四国」などのインタビューで語った内容によると、高校時代にはバンド活動に取り組み、大学では落語研究部に入部しています。
高校時代はバンド「サディスティック・ジョーカー」で活動高校時代のきむらバンドさんは、「サディスティック・ジョーカー」というバンドでベースを担当していました。本人の振り返りによれば、演奏技術を磨くことだけでなく、観客を笑わせることにも関心があったそうです。
ほかのバンドが5曲演奏するところを3曲にして、その分、自分が長くしゃべるという工夫もしていたといいます。音楽のステージであっても、演奏だけに徹するのではなく、トークで会場を盛り上げようとしていたのです。
このエピソードは、現在のきむらバンドさんを理解する手掛かりになります。漫才では相方の赤木さんが生み出す独特な言葉や振る舞いを受け止め、必要なところでツッコミを入れる役割を担っています。高校時代から、人前での表現や笑いを意識していたことがうかがえます。
松山大学の落語研究部でお笑いにのめり込む高校卒業後は松山大学に進学し、落語研究部に入部しました。本人のインタビューでは、当時の部長から熱心に勧誘されたことが入部のきっかけだったと語られています。
入部当時、落語研究部は廃部寸前の状態だったそうです。きむらバンドさんはそこで漫才やコントに触れ、次第にお笑いへの情熱を深めていきました。大学時代にはイベントで司会を務めたり、地元でネタを披露したりする機会もあったと、スポーツ総合誌「Number」のインタビューなどで紹介されています。
松山大学を卒業したかどうかについては、吉本興業の公式プロフィールには記載がありません。大学時代の落語研究部での経験は本人の取材記事で確認できますが、卒業歴と在籍時の活動は分けて捉える必要があります。
NSC大阪校36期からプロの芸人へ愛媛でお笑いの面白さを知ったきむらバンドさんは、吉本総合芸能学院(NSC)大阪校36期に進みます。NSCは芸人を目指す人が漫才やコント、トークなどを学ぶ養成所です。
NSC卒業後は、現在の相方である赤木さんと出会う前に、別のコンビでの活動やピン芸人としての経験もありました。最初から現在の「たくろう」という形で順調に進んだわけではありません。学生時代からの表現経験と、養成所や舞台での試行錯誤が、その後の芸人人生を形作っています。
【芸名の由来】きむらバンドと木村拓哉の意外なつながり
「きむらバンド」という芸名は、一度聞くと忘れにくい名前です。その背景には、本人が実際に取り組んでいたバンド活動があります。高校時代にベースを担当していた経験があり、音楽とのつながりはプロフィール上の特技にも表れています。
一方、コンビ名の「たくろう」は、木村拓哉さんと、赤木裕さんが好きな元プロ野球選手のイチローさんに由来します。きむらバンドさんが木村拓哉さんのファンであることは、吉本興業の公式プロフィールにも趣味として記載されています。
「たくろう」は木村拓哉の「たく」+イチローの「ろう」2026年のインタビューや芸能報道でも紹介されているとおり、コンビ名は木村拓哉さんの「たく」と、イチローさんの「ろう」を組み合わせたものです。きむらバンドさんと赤木さん、それぞれが好きな人物の名前を持ち寄って誕生しました。
この由来を知ると、きむらバンドさんが木村拓哉さんのファンであることと、コンビ名が自然につながります。ただし、芸名「きむらバンド」とコンビ名「たくろう」は別々の名前です。前者には本人の音楽経験、後者には2人の憧れる人物が関係しています。
過去には「TATTI」という名義も2026年にウェブザテレビジョンが紹介したラジオ番組でのやり取りでは、きむらバンドさんが高校時代に「TATTI(タッティ)」という名義を使っていたことも明かされました。これはサッカー選手のフランチェスコ・トッティにちなんだ名前だったそうです。
現在の芸名だけを見ていると想像しにくいものの、学生時代から音楽やスポーツ、芸能への関心を自分なりの表現につなげてきたことが分かります。芸名の背景を知ると、きむらバンドさんのキャラクターをより立体的に理解できます。
【相方・赤木裕とは】コンビ結成の経緯と2人のプロフィール
たくろうは、きむらバンドさんと赤木裕さんによる吉本興業所属のお笑いコンビです。公式プロフィールによると、結成日は2016年3月9日。NSC大阪校36期のきむらバンドさんと、1期後輩に当たる37期の赤木さんが組んで誕生しました。
知人の紹介から始まったコンビ結成集英社の「週刊プレイボーイ」や「anan」などのインタビューによると、2人の出会いには、きむらバンドさんの同期であるチェリー大作戦の宗安聖さんが関わっています。周囲から面白い後輩として赤木さんを紹介されたことがきっかけでした。
当時、きむらバンドさんは以前組んでいたコンビの解散を経験し、新しい相方を探していました。一方、赤木さんもNSC時代の相方が卒業時に芸人を辞めたため、次の活動相手を探していた時期でした。
初対面で赤木さんの独特な雰囲気に強く惹かれたきむらバンドさんは、コンビを組もうと積極的に働きかけます。赤木さんも新たな相方を求めていたことから、2人は2016年3月にコンビを結成しました。
赤木裕のプロフィール赤木裕さんは1991年10月24日生まれ、滋賀県大津市出身です。吉本興業の公式プロフィールでは身長171cm、体重48kg、血液型O型と紹介されています。趣味は野球や空手、ゲームなどで、特技にはペン回しや空手の板割り、歌が挙げられています。
赤木さんは主にネタ作りを担当し、独特な表情や言葉選びを生かしたボケで観客を引き込みます。日刊スポーツなどの報道では、きむらバンドさんが状況に応じて的確に反応する一方、赤木さんの予測しにくい言動が漫才の大きな特徴として取り上げられています。
2人の関係は、単にボケとツッコミを分担するだけではありません。赤木さんの予想外の発想をきむらバンドさんが受け止め、会話の流れを組み立てることで、台本どおりに進むだけでは生まれない緊張感や笑いが生まれています。
【M-1グランプリ2025優勝】長い下積みを経てつかんだ日本一
たくろうの芸人人生における最大の転機は、2025年12月21日に開催された「M-1グランプリ2025」です。大会公式サイトによると、エントリー数は11,521組。たくろうは決勝で優勝し、第21代王者となりました。
2018年の準決勝進出から7年、初の決勝で頂点へたくろうは結成から早い段階で頭角を現し、2018年にはM-1グランプリの準決勝に進出しました。しかし、その後すぐに決勝の舞台へ戻れたわけではありません。2019年にはytv漫才新人賞決定戦で準優勝、2024年にはNHK上方漫才コンテストで準優勝を経験しながら、結果を積み重ねていきました。
2025年は7年ぶりに準決勝へ進出し、初の決勝進出を実現。そのまま優勝まで駆け上がりました。長期間にわたって舞台で腕を磨き、勝ちきれない時期を乗り越えた末の栄冠でした。
決勝で評価された漫才の魅力M-1グランプリ2025のファーストラウンドでは、たくろうは861点を獲得し、エバースに次ぐ2位で最終決戦へ進みました。最終決戦では審査員9人中8人から票を獲得し、優勝を決めています。
大会後の報道では、赤木さんの挙動不審にも見える表情や、独特な言葉遣いを生かした漫才が注目されました。日常的な会話を出発点にしながら、少しずつ予想外の方向へ話を展開することで、観客に先の読めない面白さを提供しています。
きむらバンドさんの役割も見逃せません。赤木さんの個性的な振る舞いを無理に整えすぎず、適切なタイミングで反応を返すことで、相方の魅力が際立ちます。自分が常に前へ出るのではなく、相方の面白さを引き出す姿勢がコンビの強みになっています。
優勝までの道のりにあった苦悩ABCマガジンが2025年12月に報じた特集では、たくろうが過去に解散危機を経験していたことも明らかになりました。結成当初から順風満帆だったわけではなく、ネタへの向き合い方やコンビとしての方向性をめぐって苦しい時期もありました。
2026年1月の週刊プレイボーイのインタビューでは、きむらバンドさんが、優勝までの7年間を振り返っています。早い段階で注目された後、成績や仕事が伸び悩んだ経験も、現在の漫才を形作る過程の一部だったと受け止めています。
この経緯から分かるのは、M-1優勝が単発の話題や一度の幸運だけで生まれたものではないということです。コンビの相性を深め、失敗や停滞を経験しながら、自分たちの持ち味を磨き続けたことが大舞台での結果につながりました。
【2026年最新】東京進出と地元愛媛での冠番組
2025年のM-1優勝後、たくろうの活動は大きく広がりました。2026年2月には、同年4月から活動拠点を大阪から東京へ移すことを発表。日刊スポーツやテレビ朝日系の報道によると、長くホームとしてきた大阪・よしもと漫才劇場での卒業ライブも予定され、全国での活動を見据えた新たな段階に入りました。
テレビ出演が増え、全国区の知名度へ2026年4月には、フジテレビ系「めざましテレビ」のマンスリーエンタメプレゼンターとして出演しました。M-1優勝をきっかけに、漫才だけでなく、情報番組やバラエティーなど幅広いジャンルで存在感を示しています。
また、5月にはテレビ朝日系「ロンドンハーツ」にきむらバンドさんの母親が出演した企画が報じられました。こうしたテレビ出演を通じて、舞台上の漫才師としての顔に加え、本人の人柄や家族との関係など、別の側面にも関心が集まっています。
地元愛媛で始まった初の冠レギュラー番組2026年7月5日には、愛媛朝日テレビで「寝耳にたくろう ~僕らは何も知りません!~」がスタートしました。吉本興業の発表によると、たくろうにロケの内容や場所を事前に知らせず、現場で起きる出来事への反応を楽しむドキュメントバラエティーです。
きむらバンドさんにとって、愛媛は学生時代にお笑いの原点を育んだ場所です。地元の落語研究部で漫才に打ち込み、愛媛での活動を経て大阪へ進出し、全国大会で優勝した後に地元の冠番組を持つという流れは、本人のキャリアを振り返るうえでも象徴的です。
番組は毎週日曜日の午後5時から放送され、TVerでの見逃し配信も案内されています。2026年10月にも番組の放送情報が確認でき、東京を拠点としながら地元とのつながりを保つ活動が続いています。
2026年のきむらバンドをどう見るべきか2026年のきむらバンドさんは、M-1王者として注目を集める一方、漫才師としての基盤を保ちながら活動の幅を広げている段階です。テレビ出演や冠番組が増えれば、これまで漫才を知らなかった視聴者にも人柄や個性が伝わりやすくなります。
ただし、テレビでの知名度と漫才の実力は同じ尺度では測れません。たくろうの魅力を理解するには、バラエティー番組でのトークだけでなく、M-1の決勝ネタや劇場での漫才にも触れるのがおすすめです。赤木さんの予測不能な言動と、きむらバンドさんの反応が組み合わさることで、コンビならではの面白さが見えてきます。
【プロの結論】きむらバンドの魅力は経験を笑いに変える力にある
きむらバンドさんの経歴をたどると、高校時代のバンド活動、松山大学の落語研究部、NSC大阪校での修業、そして赤木裕さんとのコンビ結成が一本の線でつながります。音楽を通じて人前で表現することを学び、大学で漫才に出会い、プロの舞台で試行錯誤を続けてきました。
芸名や趣味に表れる音楽・芸能への関心は、単なるプロフィール上の小話ではありません。学生時代から積み重ねてきた経験が、現在のキャラクターや相方との関係性を理解する手掛かりになっています。
また、M-1優勝後の東京進出と地元愛媛での冠番組は、たくろうが新しい挑戦に踏み出したことを示しています。全国向けの番組で知名度を広げる一方、地元での活動も続けることで、芸人としての活動領域を広げています。
きむらバンドさんの今後を追う際は、単に出演番組の数や話題性を見るのではなく、漫才の変化、赤木さんとの掛け合い、そして新しい仕事でどのような個性を発揮するかに注目すると、より深く楽しめるでしょう。
【たくろうきむらバンド】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:きむらバンドの本名は木村太一ですか?
A1:人物紹介サイトなどでは木村太一さんとされています。吉本興業の公式プロフィールでは芸名の「きむらバンド」が掲載されています。
Q2:きむらバンドの年齢と身長は?
A2:1990年1月28日生まれで、2026年10月28日時点では36歳です。吉本興業の公式プロフィールによると、身長170cm、体重60kgです。
Q3:きむらバンドは松山大学出身ですか?
A3:松山大学に進学し、落語研究部で活動したことが本人のインタビューで紹介されています。卒業の有無は、吉本興業の公式プロフィールには記載されていません。
Q4:きむらバンドの芸名はなぜ「バンド」なのですか?
A4:高校時代に「サディスティック・ジョーカー」というバンドでベースを担当していました。実際のバンド経験が芸名の背景にあります。
Q5:コンビ名「たくろう」の由来は何ですか?
A5:きむらバンドさんが好きな木村拓哉さんの「たく」と、赤木裕さんが好きなイチローさんの「ろう」を組み合わせた名前です。
Q6:きむらバンドと赤木裕はいつコンビを結成しましたか?
A6:2016年3月9日です。NSC大阪校36期のきむらバンドさんと、37期の赤木さんが知人の紹介で出会い、コンビを結成しました。
Q7:M-1優勝後のたくろうは現在どこを拠点に活動していますか?
A7:2026年4月から東京へ活動拠点を移しています。また、地元愛媛では愛媛朝日テレビの冠番組「寝耳にたくろう ~僕らは何も知りません!~」が2026年7月に始まり、全国での活動と地元での仕事を両立しています。
たくろうのきむらバンドさんは、1990年1月28日生まれ、愛媛県松山市出身の漫才師です。高校時代のバンド活動と松山大学の落語研究部を経てNSC大阪校36期に進み、2016年に赤木裕さんと「たくろう」を結成しました。
木村拓哉さんのファンであることや、ベースを弾いていた学生時代、相方との出会いなどを知ると、現在の芸風やキャラクターがより身近に感じられます。2025年のM-1グランプリ優勝は、長い活動期間と試行錯誤の末につかんだ大きな成果でした。
2026年は東京進出に加え、愛媛での冠番組スタートなど、活動の新たな局面を迎えています。テレビでの露出が増えるなかでも、たくろうの本質的な魅力は、2人の掛け合いから生まれる予測不能な笑いにあります。今後の出演情報とともに、漫才そのものの進化にも注目したいところです。