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榊原定征の現在は?東レ・経団連会長からNPB退任と後任人事まで徹底解説

杉本 彩 杉本 彩 • 更新: • 公開: • 読了約 18 分
目次

榊原定征(さかきばら・さだゆき)氏は、東レの社長・会長、日本経済団体連合会(経団連)会長を歴任し、2022年12月に日本プロ野球機構(NPB)のコミッショナーに就任した経営者・財界人です。名古屋大学大学院で応用化学を専攻した技術者出身で、炭素繊維事業の成長や日本経済界での政策提言、プロ野球の制度改革など、製造業からスポーツ界まで幅広い分野で活動してきました。

2026年10月28日現在、榊原氏はNPBの第15代コミッショナーです。9月16日には、三井物産元社長の飯島彰己氏が次期コミッショナーに内定したと報じられ、榊原氏は11月限りで退任する見通しとなりました。後任人事の経緯から、東レ時代の経営改革、経団連会長としての実績、プロ野球界に残した制度上の変化まで、公式資料と報道をもとに整理します。

【榊原定征の現在】2026年11月退任報道と後任・飯島彰己の最新状況

榊原定征

2026年の榊原定征氏をめぐる最大の動きは、NPBコミッショナーの交代です。9月16日に開催されたプロ野球12球団のオーナー会議で、三井物産元社長で同社顧問の飯島彰己氏が次期コミッショナーに内定しました。日刊スポーツ、デイリースポーツなどの報道によると、榊原氏は2期4年の任期を終え、11月限りで退任する予定です。

ここで押さえておきたいのは、2026年10月28日時点では、榊原氏の退任がすでに完了したわけではないという点です。NPB公式サイトの歴代コミッショナー一覧では、榊原氏は第15代として掲載されています。後任の正式決定と交代は、今後のオーナー会議やNPBの手続きを経て進む段階です。

後任は三井物産元社長の飯島彰己氏

飯島彰己氏は1950年9月23日生まれ。横浜国立大学を卒業後、1974年に三井物産へ入社し、2009年に社長、2015年に会長に就任した経歴を持ちます。資源・金属分野を中心にキャリアを積み、経団連副会長も務めた経営者です。

日刊スポーツの2026年9月16日付報道では、飯島氏は第16代コミッショナーとして12月7日付で就任する予定とされています。11月のオーナー会議で正式決定する見通しも伝えられました。榊原氏の退任後はNPB顧問に就くと報じられており、球界との関係が完全に途切れるわけではないとみられます。

榊原氏の退任理由は何か

報道で示されている退任理由は、2期4年の任期満了です。途中辞任ではなく、任期を終えて後任に引き継ぐ形であり、2026年9月の後任人事報道もこの経緯を伝えています。

2022年12月5日に第15代コミッショナーへ就任した榊原氏は、企業経営や経済団体運営で培った経験をプロ野球界に持ち込みました。セ・リーグのDH制導入や野球人口の減少対策など、球界全体の将来に関わる課題が任期中の重要なテーマとなっています。

【経歴・プロフィール】名古屋大学から東レの技術者・経営者へ

榊原定征氏の経歴を理解するうえで重要なのは、経営者としての出発点が研究・技術分野にあったことです。NPB公式サイトの略歴によると、1943年3月22日生まれ。2026年10月28日時点で83歳です。

1965年3月に名古屋大学工学部応用化学科を卒業し、1967年3月には同大学大学院工学研究科修士課程の応用化学専攻を修了しました。同年4月、東洋レーヨン、現在の東レに入社しています。

大学時代に学んだのは、化学分野の研究開発に直結する専門領域でした。入社後は中央研究所に勤務し、研究・技術の現場から企業経営へとキャリアを広げていきます。2010年には米国ロードアイランド大学の名誉博士号、2013年にはイタリアのペルージャ大学の名誉学位を受けています。

榊原定征氏の基本プロフィール
  • 氏名:榊原定征(さかきばら・さだゆき)
  • 生年月日:1943年3月22日
  • 年齢:83歳(2026年10月28日時点)
  • 最終学歴:名古屋大学大学院工学研究科修士課程修了
  • 専攻:応用化学
  • 東レ入社:1967年4月
  • 東レ社長就任:2002年6月
  • 東レ会長就任:2010年6月
  • 経団連会長在任:2014年6月〜2018年5月
  • NPBコミッショナー就任:2022年12月5日

これらの学歴・職歴はNPB公式サイトのコミッショナー略歴や東レの役員関連資料、名古屋大学同窓会の公開資料で確認できます。大学卒業後から一貫して同じ企業に在籍し、研究所勤務から社長・会長へと進んだ点が、榊原氏のキャリアの大きな特徴です。

【年表で整理】東レ社長・会長、経団連会長、NPBコミッショナーへの歩み

榊原氏のキャリアは、東レでの経営改革、経団連での経済政策への関与、そしてプロ野球界の運営という3つの段階に整理できます。以下の年表では、主要な役職と転換点をまとめました。

時期 主な出来事・役職 注目点
1943年3月 神奈川県で生まれる 2026年10月時点で83歳
1965年3月 名古屋大学工学部応用化学科を卒業 技術者としての基礎を築く
1967年3月・4月 大学院修士課程修了、東洋レーヨンに入社 中央研究所でキャリアを開始
2002年6月 東レ代表取締役社長に就任 事業構造の改革と成長分野の強化を進める
2010年6月 東レ代表取締役会長に就任 経営トップを社長から会長へ移す
2014年6月〜2018年5月 経団連第13代会長 日本企業の成長戦略や技術革新をめぐる政策提言に関与
2022年12月5日 NPB第15代コミッショナーに就任 経済界での経験をプロ野球の運営に生かす
2025年8月 セ・リーグが2027年シーズンからのDH制導入を決定 リーグ間のルール統一に向けた大きな転換点
2026年9月16日 飯島彰己氏の次期コミッショナー就任が内定 榊原氏は11月限りで退任する見通し

年表から分かるように、榊原氏は企業経営の第一線を退いた後も、経済団体や公益性の高い組織で要職を担ってきました。東レの経営者としての経験が経団連での政策提言につながり、その後、NPBのコミッショナーとして組織全体の制度や将来課題に取り組む経歴へと続いています。

【東レ社長・会長時代の功績】炭素繊維を成長事業に育てた経営手腕

榊原氏の経営者としての代表的な実績は、東レの事業構造改革と炭素繊維事業の強化です。2002年6月に社長へ就任し、2010年6月に代表取締役会長となりました。就任当時の東レは厳しい経営環境にあり、既存事業の立て直しと新しい成長分野の育成が経営上の課題でした。

東レは合成繊維メーカーとして知られる一方、航空機向けなどの高性能炭素繊維をはじめ、先端素材を世界市場に展開してきました。テレビ朝日などの2014年の報道では、榊原氏が社長を務めた時代に航空機向け炭素繊維の事業を成長させ、世界シェア首位へと押し上げた実績が紹介されています。

研究開発を企業の競争力につなげた

炭素繊維は軽量でありながら高い強度を備え、航空機などの構造材に使われる素材です。開発から量産、顧客企業への採用、長期的な品質管理までには、継続的な研究開発投資と生産技術の蓄積が大切です。

このような事業では、短期的な売上だけでなく、将来の需要を見据えた投資判断が競争力を左右します。研究所でキャリアを始めた榊原氏が経営トップを務めたことは、技術を事業へ転換する東レの方向性を理解するうえで重要です。ただし、炭素繊維事業の成長は榊原氏個人だけの成果ではなく、技術者や研究者、生産現場、取引先を含む組織全体の積み重ねによるものです。

社長から会長へ、そして財界のトップへ

2010年に東レの会長へ就任した後、榊原氏は経団連の会長候補として注目を集めました。2014年6月3日、経団連の第13代会長に正式就任しています。繊維業界出身者が経団連会長に就くのは当時、異例の人事として報じられました。

経団連会長への起用が評価された背景には、製造業での経営経験に加え、技術革新や研究開発を重視する姿勢がありました。経団連の当時の会長人事に関する発表でも、榊原氏の経営手腕と科学技術・イノベーションへの重視が選任理由として挙げられています。

【経団連会長としての実績と評判】在任期間と政策提言を検証

榊原氏は2014年6月から2018年5月まで、日本経済団体連合会の会長を務めました。経団連公式の歴代会長一覧では、第13代会長として2014年6月3日に就任し、2018年5月31日に退任した記録が残っています。

経団連は大企業や業界団体を中心に構成され、企業活動に関わる制度や経済政策について政府に提言する団体です。会長は単一企業の経営だけでなく、雇用、税制、エネルギー、国際貿易、科学技術など、日本経済全体に関わる課題への対応を求められます。

技術革新と企業の成長力を重視

榊原氏が経団連会長として重視したテーマの一つが、イノベーションを通じた経済成長です。経団連の2014年の対談記事では、技術革新、新たな成長の実現、グローバル人材の育成、女性の活躍推進などが主な論点として取り上げられています。

また、2015年の経団連会長記者会見では、法人実効税率の引き下げ、原子力発電所の再稼働、環太平洋パートナーシップ協定(TPP)などの政策課題に言及しました。これらは、企業の競争力や経済成長を重視する経団連の政策姿勢を示すものです。

一方、企業の競争力を高める政策が、労働者の賃金や中小企業の経営環境、地域社会にどのような影響を与えるかは、別の観点からも検証する必要があります。経団連会長としての評価を考える際には、経済界の要望を政策議論につなげた実績と、その政策が社会全体にもたらす利益や負担を分けて捉えることが大切です。

榊原定征氏の評判をどう見るべきか

公表された経歴や政策活動からは、榊原氏が技術を理解する製造業出身の経営者であり、企業経営と経済政策の双方に携わってきたことが確認できます。東レでの先端素材事業の育成は、経営者としての実績を考えるうえで代表的な事例です。

ただし、経団連会長としての評価は、経済成長や企業収益を重視する立場と、賃金分配や労働環境、社会保障などを重視する立場とで異なり得ます。個人の評判を判断する際は、匿名の投稿や出所の分からない評価だけでなく、本人が担った役職、公式発表、政策提言の内容、実際に実現した制度を基準にするのが適切です。

【プロ野球コミッショナーとしての実績】DH制改革と球界の課題

榊原氏は2022年12月5日にNPB第15代コミッショナーへ就任しました。NPBは日本のプロ野球12球団を中心とする組織であり、コミッショナーは球界全体の運営や制度上の重要課題に関わる立場です。選手の成績や球団の順位を直接決める役職ではなく、リーグの仕組みやルール、野球振興など、競技を支える枠組みに関わります。

大きな転換点となったセ・リーグのDH制導入

榊原氏のコミッショナー在任中に決まった重要な制度変更が、セ・リーグの指名打者(DH)制導入です。セ・リーグは2025年8月4日、2027年シーズンからDH制を採用することを正式に決定しました。

それまでセ・リーグは投手も打席に立つ9人制を維持し、パ・リーグは1975年からDH制を採用してきました。NPB公式サイトに掲載された榊原氏のコメントによると、氏はコミッショナー就任時からセ・パ両リーグのルール統一を課題の一つに掲げていました。

今回の変更は、単に打順の仕組みを変えるだけの話ではありません。選手の育成や起用、外国人選手の獲得、アマチュア野球との制度的な整合性など、競技全体に影響する改革です。長年維持されてきた伝統を見直し、国際的な動向や競技環境の変化に対応する判断として注目されています。

エスコンフィールド問題では実務的な解決を提示

2023年には、北海道日本ハムファイターズの本拠地エスコンフィールド北海道をめぐり、本塁後方のファウルゾーンが公認野球規則の規定を満たしていない問題が起きました。NPBと12球団の実行委員会は、球団がルール順守の徹底や野球振興への協力を行うことを条件に、球場を改修せず使用することを認めました。

日刊スポーツなどの報道によると、この対応では榊原コミッショナーが条件付きで使用継続を認める案を提示しました。球場の魅力やファンへの影響を考慮した実務的な解決である一方、規則の公平性や運用の一貫性という観点からも検討すべき事例です。経営者としての調整力が表れた案件であると同時に、組織の判断には透明性と納得感が求められることも示しています。

野球人口の減少対策とスポーツ振興くじ

2026年には、野球人口の減少を背景に、スポーツ振興くじの枠組みにプロ野球を加える案が検討課題となりました。日刊スポーツの2026年7月16日付報道では、榊原氏が野球の競技人口について、2007年の160万人から2025年には78万人に減少したと説明したことが伝えられています。

同日のオーナー会議では、中学生の野球活動を支える財源確保などを目的として、野球振興くじの導入に向けた具体的な検討を進めることが決まりました。ただし、これは導入そのものが確定したという意味ではありません。今後は制度設計や資金の使途、透明性の確保、アマチュア団体との調整などが課題になります。

この議論の背景には、少子化だけでなく、中学校の部活動の地域移行に伴う指導者や練習場所の確保という問題もあります。プロ野球の収益や人気を、将来の競技人口を支える仕組みへどうつなげるか。榊原氏の任期末に浮上したこの課題は、後任の飯島氏にも引き継がれる重要なテーマです。

歴代コミッショナーの中での位置づけ

NPB公式サイトの歴代コミッショナー一覧では、榊原氏は第15代として記録されています。直前の第14代は斉藤惇氏で、2017年11月27日から2022年11月24日まで務めました。榊原氏は2022年12月5日に就任し、2026年11月限りでの退任が報じられています。

次期コミッショナーに内定した飯島氏が正式に就任すれば、斉藤氏、榊原氏に続き、財界出身者が3代続けてNPBのトップを担うことになります。企業経営や国際ビジネスの経験を球界運営に生かす流れが続く一方、プロ野球には競技の公平性、ファンの期待、育成年代の環境整備といったスポーツ固有の課題もあります。

榊原氏の実績を評価する際は、制度変更を実現したかどうかだけでなく、改革によって選手、球団、ファン、アマチュア野球にどのような影響が生まれるかまで見ていくことが重要です。

【榊原定征】に関するよくある質問(FAQ)

Q1:榊原定征氏は2026年現在、何をしている人ですか?
A1:2026年10月28日時点では、日本野球機構(NPB)の第15代コミッショナーです。9月16日に飯島彰己氏の次期コミッショナー就任が内定したと報じられ、榊原氏は11月限りで退任する見通しです。退任後はNPB顧問に就くと報じられています。

Q2:榊原定征氏の生年月日・年齢と最終学歴は?
A2:1943年3月22日生まれで、2026年10月28日時点では83歳です。名古屋大学工学部応用化学科を卒業後、同大学大学院工学研究科修士課程を修了しました。1967年に東洋レーヨン(現・東レ)へ入社し、研究所勤務から経営者へと歩みを進めています。

Q3:榊原定征氏がNPBコミッショナーを退任する理由は何ですか?
A3:報道各社は、2期4年の任期満了に伴う退任と伝えています。2022年12月に就任した榊原氏は、セ・リーグのDH制導入や野球人口減少への対応などに取り組み、後任には三井物産元社長の飯島彰己氏が内定しています。

榊原定征氏のキャリアを振り返ると、名古屋大学で応用化学を学んだ技術者が、東レの社長・会長、経団連会長を経て、NPBのコミッショナーに就任するという、企業経営と公共性の高い組織運営を横断した歩みが見えてきます。

東レでは炭素繊維をはじめとする先端素材事業の成長に関わり、経団連では技術革新や企業の競争力を重視した政策提言に取り組みました。NPBでは2027年シーズンからのセ・リーグDH制導入が決まり、野球人口の減少を受けた振興策も重要な課題となっています。

2026年11月の退任報道は、こうした経歴の一区切りに当たります。後任の飯島彰己氏が正式に就任すれば、今後の焦点は、リーグ間のルール統一をどのように定着させるか、野球振興の財源をどう確保するか、そしてプロ野球の競技価値と持続的な発展をどう両立させるかに移っていきます。

榊原氏の評判や功績を判断する際の基準は、肩書の多さや経歴の華やかさだけではありません。東レでの事業成長、経団連での政策提言、NPBでの制度改革というそれぞれの実績を具体的に確認し、成果と課題の両面から評価することが大切です。2026年末のコミッショナー交代は、榊原氏個人の歩みを振り返る機会であると同時に、日本プロ野球の次の改革を考える節目にもなりそうです。

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コンテンツディレクター 杉本 彩
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映画と連続ドラマを9年取材。公開日・放送日は公式サイトで確認し、あらすじは結末を伏せた範囲で構成しています。

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