「んー!」と叫びながら胸を強くたたく芸風で、2000年代に一世を風靡したお笑い芸人・パッション屋良さん。かつて最高月収約500万円を稼いだ人気芸人は、2026年現在、どのような生活を送っているのでしょうか。
2026年9月の「介護ポストセブン」の取材記事によると、パッション屋良さんは50歳になった現在も、沖縄を拠点に芸人活動を継続。介護施設でのレクリエーション、パーソナルジムの経営、地域の芸能活動など、複数の仕事を掛け持ちしています。2025年末には、仕事が減った当時の反省や事業経営の苦労、現在の収入についても報じられました。
東京での華やかな芸能生活から沖縄への移住、そしてジム経営や介護施設での仕事へ。パッション屋良さんの現在を理解するには、単に「テレビで見かけなくなった芸人」と捉えるのではなく、仕事の形を変えながら活動を続けてきた経緯を知ることが欠かせません。
【2026年最新】パッション屋良の現在は沖縄で3つの仕事を掛け持ち

パッション屋良さんは、1976年7月23日生まれ。2026年10月現在は50歳です。本名は屋良朝苗(やら・ちょうびょう)さんで、沖縄県出身。現在もお笑い芸人としての活動を続けながら、事業経営や介護施設での仕事にも取り組んでいます。
2025年12月に掲載されたENCOUNTのインタビューでは、沖縄での活動について、パーソナルジムの経営、イベント司会、介護施設への訪問など、幅広い仕事を手掛けていることが紹介されました。加えて、2026年9月の介護ポストセブンの取材では、介護施設で週5日レクリエーションを担当している実態が伝えられています。
現在の活動は、大きく分けて次の3つです。
- 芸能活動:沖縄のローカルタレントとしての出演、イベント司会など。
- ジム経営・トレーナー業:パーソナルトレーニングジム「Passion's Fitness PPP」の運営とトレーニング指導。
- 介護施設でのレクリエーション:高齢者施設を訪問し、音楽や体操などを通じて利用者や職員を楽しませる仕事。
注目したいのは、芸人を引退して別の職業に完全転身したわけではないことです。芸能活動を続けながら、芸人として培った表現力や身体能力を別の仕事にも生かしています。
一方、東京のテレビ番組に頻繁に出演していたブレイク期とは、仕事の構成が大きく変わりました。現在はテレビ露出だけでは測れない働き方を選び、地域での仕事と事業を組み合わせて生計を立てています。
【なぜ沖縄へ移住した?】仕事が減った理由とブレイク後の転機
パッション屋良さんが沖縄に活動拠点を移したのは2011年です。仕事がなくなったから突然帰郷した、という単純な話ではありません。テレビ出演の減少、家族との生活、東京と沖縄を往復する負担が重なった結果でした。
2000年代半ばにブレイク、2008〜2010年ごろから仕事が減少2004年にピン芸人として活動を始めたパッション屋良さんは、白いポロシャツ姿で「んー!」と叫び、胸をたたく一発ギャグで人気を獲得しました。運動能力を生かしたキャラクターでバラエティー番組にも出演し、子どもたちの間でも知られる存在になりました。
しかし、ブレイクの勢いは長く続きませんでした。2025年12月に日刊スポーツが報じたABEMAの密着番組「NO MAKE」で、本人は2005〜2006年ごろの忙しさを振り返る一方、仕事が落ち着き始めたのは2008〜2009年ごろで、仕事がほとんどないと感じたのは2009〜2010年ごろだったと説明しています。
同番組では、仕事が減った背景についても自ら振り返りました。本人は、当時の自分が傲慢になっていたことや、取材に対して横柄な態度を取っていた可能性を認め、周囲への感謝が以前より増えたと語っています。
この反省は、本人が仕事の減少をどう受け止めているかを知るうえで重要です。ただし、芸人の仕事が減った理由を本人の態度だけに限定するのは適切ではありません。一発ギャグを軸にしたタレントの露出は、番組の企画や出演者の入れ替わり、視聴者の関心の変化にも左右されます。仕事の減少には、本人の反省と芸能界の構造的な事情の両方が関わっていたと考えられます。
妻と子どもの暮らしを考え、2011年に沖縄へ沖縄への移住を決めた背景には、家族の存在もありました。ENCOUNTや介護ポストセブンのインタビューによると、妻は第2子の誕生を機に先に沖縄へ戻り、子育てをしていました。その間、パッション屋良さんは東京と沖縄を往復する生活を送っていたといいます。
2011年には東日本大震災が発生し、芸能界にも自粛ムードが広がりました。仕事の先行きが見えにくくなるなか、東京と沖縄の両方で仕事をしようとしても、どちらも中途半端になってしまう。そこで、家族と過ごす時間を確保しながら、自分で仕事を生み出せる環境を作ろうと考え、沖縄に軸足を移しました。
当時は、東京から離れることを「都落ち」のように感じ、葛藤もあったそうです。そんなとき、所属事務所の先輩である出川哲朗さんから、どこで活動しても一番になればいいという趣旨の言葉をかけられ、決断を後押しされたと2026年9月の介護ポストセブンの取材で振り返っています。
沖縄移住は、芸能界からの引退ではなく、家族との生活を守りながら仕事を続けるための選択でした。その後のジム経営や介護施設での仕事は、この決断から派生した新たなキャリアです。
【経歴年表】パッション屋良のブレイクから2026年現在まで
パッション屋良さんの経歴を時系列で整理すると、芸人としての成功、沖縄への移住、事業経営への挑戦、そして介護施設での活動という流れが見えてきます。
| 時期 | 主な出来事 | ポイント |
|---|---|---|
| 1976年7月 | 沖縄県で誕生 | 本名は屋良朝苗。国士舘大学体育学部を卒業し、教員免許を取得。 |
| 2000年 | コンビ「サミット75」を結成 | 芸人としての活動を開始。 |
| 2004年 | ピン芸人「パッション屋良」として活動 | 胸をたたくギャグと肉体派キャラクターで注目を集める。 |
| 2005〜2006年ごろ | テレビ出演が増え、ブレイク | 最高月収約500万円に達した時期。 |
| 2008〜2010年ごろ | 仕事が徐々に減少 | 本人は2025年の番組出演で当時の状況を振り返った。 |
| 2011年 | 沖縄へ活動拠点を移す | 家族との生活や仕事の環境を考慮し、個人事務所「オフィスパッション」を設立。 |
| 2017年 | 「Passion's Fitness PPP」を開業 | 名護市でパーソナルジム経営をスタート。 |
| 2025年12月 | 仕事・経営・収入について取材で説明 | 年商や事業資金、介護施設での仕事などが報じられた。 |
| 2026年 | 沖縄を拠点に複数の仕事を継続 | 介護施設で週5日のレクリエーションを担当する姿が紹介された。 |
プロフィールと芸人活動の経緯はマセキ芸能社の公式プロフィール、移住や事業の展開についてはENCOUNTのインタビュー、2026年の介護施設での仕事については介護ポストセブンの記事が、それぞれ具体的な経緯を伝えています。
この年表からわかるのは、沖縄移住後もキャリアが途切れたわけではないことです。芸能活動で得た知名度や身体能力を活用しながら、新しい収入源を作る方向へと働き方を変えてきました。
【ジム経営と現在の収入】最高月収500万円から年商約2,000万円へ
パッション屋良さんの現在を語るうえで欠かせないのが、パーソナルトレーニングジム「Passion's Fitness PPP」です。沖縄へ戻った後に新しい仕事を模索するなかで、本人の筋肉や運動能力を生かせる分野として、トレーナー業にたどり着きました。
2017年に開業したジムが事業の柱にENCOUNTの2025年12月23日付のインタビューによると、沖縄へ戻った後、生活習慣の変化で体重が増えたことをきっかけにパーソナルジムを利用。ダイエットに成功した経験からトレーナーの仕事を始め、2017年に名護市で自身のジムを開業しました。
同記事では、名護と那覇で計3店舗を展開していると紹介されています。経営者であると同時に、自らトレーナーとして現場に立っている点も特徴です。2026年9月にもジムの公式サイトでキャンペーン情報が掲載されており、少なくとも事業としての発信は続いています。
ただし、店舗数だけで経営が順調かどうかを判断することはできません。ENCOUNTの取材で本人は、スタッフを育成し、自分が現場を離れても会員の利用が安定する体制を作ることが課題だと説明しています。経営者としての仕事と、現場でトレーナーを務める仕事をどう両立するかが、今後の成長を左右するポイントです。
最高月収は約500万円、現在の年商は約2,000万円ブレイク時の収入については、2019年のテレビ番組関連報道や2025年12月の日刊スポーツの記事で、最高月収が約500万円だったと紹介されています。テレビ出演やイベントなどの仕事が集中した時期には、現在とは大きく異なる収入を得ていました。
一方、2025年12月にABEMAの密着番組「NO MAKE」で紹介された現在の事業については、年商が約2,000万円になると本人が説明したと日刊スポーツが報じています。ただし、ここで注意したいのは、年商と個人の年収・手取りは別の数字だということです。
ジム経営には、店舗の家賃、人件費、設備費、運営費などがかかります。売上が2,000万円あっても、その全額が経営者個人の収入になるわけではありません。本人も経費や家賃などを差し引く必要があり、一般的な会社員より収入が少ないという趣旨の説明をしています。
加えて、ENCOUNTの取材では、事業資金として銀行から借り入れがあり、借金が今もあると明かしています。過去には事業運営をめぐるトラブルで1,000万円を超える借金を抱えた経験もありました。現在の経営を考える際は、売上規模だけでなく、事業に必要な資金や経費、返済負担まで見る必要があります。
つまり、パッション屋良さんの現在の収入は「元人気芸人だから高収入」とも「テレビ出演が減ったから無収入」とも言い切れません。複数の仕事を組み合わせ、事業を維持しながら収益を確保する経営者としての側面が強くなっています。
【介護職の実態】週5日、4か所の施設でレクリエーションを担当
2026年のパッション屋良さんを象徴する仕事の一つが、介護施設でのレクリエーションです。芸人が介護施設を訪問してイベントを行うケースはありますが、本人の場合は単発の慰問にとどまらず、継続的に施設へ通っている点が特徴です。
2026年9月2日付の介護ポストセブンのインタビューでは、デイサービスや特別養護老人ホームなど、4か所の施設に出向き、週5日、1回約30分から1時間のレクリエーションを担当していると紹介されました。
胸をたたく芸風ではなく、利用者に合わせた体操や音楽介護施設での活動は、テレビで披露していた激しいギャグをそのまま見せるものではありません。利用者には車椅子を使用している人や、認知症などによって意思疎通が難しい人もいます。そのため、音楽に合わせて手をたたいたり、肩をゆっくり動かしたりする、無理のない運動を中心に構成しています。
本人は取材で、参加者がその日の体調や気分に応じて体操をしなくてもよいことや、盛り上がった際に転倒しないよう注意を払うことも説明しています。利用者の反応を見ながら進行を変え、思うように盛り上がらなかったときには振り返り、次回に向けて工夫しているそうです。
これは、芸人としての経験を単純に持ち込むだけでは務まらない仕事です。相手の反応を読み、場の空気を変え、限られた時間のなかで楽しさを生み出す能力が大切です。パッション屋良さんの強みである身体表現や明るいキャラクターが、高齢者施設という新しい現場で生かされています。
利用者だけでなく、介護職員の笑顔も目指す介護ポストセブンの取材で本人が語った活動の目的には、利用者だけでなく、施設職員にも笑顔になってほしいという思いがあります。介護現場では、入浴や食事などの介助とは別に、利用者全員が楽しめるレクリエーションを考えることが負担になる場合もあります。
その場に合わせて進行できる人が訪問することで、利用者には普段と違う時間を、職員には一息ついて笑える時間を提供する。本人は、動画を流すだけでは再現できない、生身の人間が場の雰囲気を読み取ることの意味を強調しています。
なお、報道で具体的に紹介されているのは、介護施設でのレクリエーション活動です。介護職という言葉だけから、身体介助や医療的ケアを含むあらゆる業務を担当していると理解するのは正確ではありません。現在の仕事の中心は、芸人としての経験を生かしたレクリエーションの提供にあります。
芸能界で身につけた技術が、別の現場で価値を持つ。その実例として、パッション屋良さんの介護施設での活動は興味深いものです。
【妻・子供・家族】沖縄移住を支えた暮らしとマセキ芸能社との関係
パッション屋良さんは、妻と4人の子どもがいる家庭の父親でもあります。2025年末の日刊スポーツやENCOUNTの報道でも、家族と暮らしながら沖縄で複数の仕事を続けていることが紹介されました。
家族との時間が移住の大きな理由に妻は地元の同級生で、長い交際期間を経て結婚したことが過去の番組関連報道で伝えられています。第2子の誕生を機に妻子が先に沖縄へ戻り、本人は東京と沖縄を行き来する生活を送っていました。
その後、仕事の減少と家庭生活の両立が難しくなり、2011年に沖縄への移住を決断します。現在の仕事の形は、単に芸能界での活動が縮小した結果ではなく、家族と過ごす時間を確保しながら、自分の力で収入を生み出す方法を探してきた経緯と結びついています。
家族の生活を守ることと、芸人として活動を続けること。その両方を成立させるために、ジム経営や介護施設での仕事など、複数の収入源を持つ働き方へ移行したと考えられます。
現在もマセキ芸能社に所属、「オフィスパッション」も運営パッション屋良さんは、沖縄へ移住した後もマセキ芸能社との関係を維持しています。2025年12月30日付のENCOUNTのインタビューでは、沖縄で活動しながらマセキ芸能社に所属し続ける理由についても語っています。
本人は、所属事務所が芸能活動以外の事業にも理解を示してくれることへの感謝を説明しており、自ら事務所を辞めようと思ったことはないという趣旨の発言をしています。東京での活動が年に数えるほどになっても、所属を継続している点は、現在のキャリアを理解するうえで重要です。
また、沖縄へ移住した2011年には、芸能マネジメントなどを手掛ける個人事務所「オフィスパッション」を設立しました。芸能人として仕事を受けるだけでなく、自分で営業し、企画や事業を作り出す側へと活動の幅を広げたのです。
ただし、マセキ芸能社への所属とオフィスパッションの運営、ジム事業は、それぞれ異なる役割を持ちます。所属事務所があるからジム経営も安泰というわけではなく、事業の収益性や人材育成については、本人自身が経営者として取り組む必要があります。
YouTubeやテレビ出演は現在も続いている?マセキ芸能社の公式プロフィールには、YouTubeチャンネル「パッション屋良の情熱プロテイン」が現在の活動として掲載されています。テレビでの露出が全盛期ほど多くなくても、動画を通じて芸人としてのキャラクターやネタを発信できる環境は残っています。
テレビ出演については、2026年1月7日放送の沖縄テレビ「オキナワマイ:ライフ」にゲスト出演したことが、同局の番組公式記事で紹介されました。沖縄での活動を中心にしながら、メディア出演も続けていることがわかります。
一方、2026年10月現在の出演予定を一律に断定することはできません。新しいテレビ出演やイベント情報を探す場合は、マセキ芸能社の公式プロフィールや本人の公式チャンネル、ジムの公式発信に掲載される最新情報を確認するのが確実です。
現在の評判についても、全国ネットのテレビ出演数だけで評価するのは一面的です。近年の取材記事では、かつての一発ギャグに加え、介護施設で利用者に向き合う姿勢や、ジム経営に取り組む姿が取り上げられています。地域での仕事を継続しながら、自分の経験を別の場所で生かしている点が、現在のパッション屋良さんの特徴です。
【プロの結論】パッション屋良の現在からわかる「一発屋」のその先
パッション屋良さんのキャリアを追うと、人気芸人がテレビに出なくなった後の生き方には、複数の選択肢があることがわかります。
一つ目は、過去の知名度を生かして地域の芸能活動やイベント出演を続けること。二つ目は、身体能力や専門知識を使い、パーソナルジムのような事業を育てること。三つ目は、芸人として培ったコミュニケーション力や場を盛り上げる能力を、介護施設のレクリエーションという異なる現場で役立てることです。
この3つは、単に仕事の数を増やしただけではありません。テレビの出演機会に収入を大きく左右される働き方から、地域の仕事、事業経営、施設での継続的な活動を組み合わせる働き方への変化でもあります。
ただし、複数の仕事を持てば必ず安定するわけではありません。ジム経営には固定費や借入金の負担があり、本人が現場に立ち続けなければならない課題も残っています。介護施設のレクリエーションにも、利用者の体調や反応に合わせて内容を工夫する難しさがあります。現在の生活は、華やかな芸能生活とは別の種類の努力によって支えられています。
2025年12月の日刊スポーツの記事では、本人は金銭面の苦労がある一方、家族にも恵まれ、現在の生活のほうが充実しているという趣旨の思いを語っています。収入のピークだけを比較すれば全盛期に及ばなくても、本人にとっての生活の満足度は、仕事の量や収入だけでは決まらないようです。
パッション屋良さんの現在を評価する際は、テレビで見かける頻度、事業の売上、本人の手取り、家族との暮らし、地域での活動を分けて考えることが大切です。かつての知名度を維持することだけを目標にするのではなく、自分の強みを別の場所で生かし、仕事を継続できる仕組みを作る。その挑戦こそが、現在のキャリアの核心です。
【パッション屋良現在】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:パッション屋良は2026年現在、何をしている? A1:沖縄を拠点に芸人活動を続けながら、パーソナルジム「Passion's Fitness PPP」の経営・トレーナー業、介護施設でのレクリエーション、イベント司会などに取り組んでいます。
Q2:パッション屋良の現在の年収はいくら? A2:2025年12月の報道では、事業の年商が約2,000万円と紹介されました。ただし、年商は経費や家賃などを差し引く前の売上であり、本人の年収や手取り額は公表された数字からは判断できません。
Q3:パッション屋良が沖縄に移住した理由は? A3:東京での仕事が徐々に減ったことに加え、妻子が先に沖縄へ戻っていたことや、東京と沖縄を往復する生活の難しさが重なったためです。2011年に沖縄へ活動拠点を移しました。
Q4:パッション屋良は現在もマセキ芸能社に所属している? A4:はい。2025年12月のENCOUNTのインタビューでは、沖縄を拠点に活動しながらマセキ芸能社への所属を続けていることが紹介されています。
Q5:パッション屋良に妻や子どもはいる? A5:妻と4人の子どもがいることが報道されています。家族との生活は沖縄への移住を決めた背景の一つですが、家族それぞれの現在の詳しい生活については、公表されている情報の範囲で捉えるのが適切です。
パッション屋良さんは2026年現在、50歳。かつて最高月収約500万円を稼いだ人気芸人は、沖縄への移住を経て、芸人活動、パーソナルジム経営、介護施設でのレクリエーションという複数の仕事を続けています。
仕事が減った時期には、自身の態度や仕事への向き合い方を反省し、事業経営では借金を抱える苦労も経験しました。それでも、家族との生活を大切にしながら、自分の身体能力や表現力を新たな仕事へとつなげています。
現在の姿は、テレビ出演の減少をそのまま芸能人としての終わりと捉えることができない好例です。収入面では経営上の課題が残る一方、地域の仕事や介護施設での活動を通じて、かつての芸風とは異なる形で人を楽しませています。
今後の注目点は、ジム経営を本人が現場に立ち続けなくても回る事業へ育てられるか、そして沖縄を拠点とした芸能活動をどこまで広げられるかという2点です。パッション屋良さんの挑戦は、かつてのブレイクを懐かしむだけでは見えてこない、現在進行形のキャリアといえるでしょう。