兵庫県の赤穂市民病院で起きた医療事故と、ウェブ漫画『脳外科医 竹田くん』。この問題は、2025年の民事判決、2026年3月12日の刑事判決を経て、医師個人の責任だけでなく、病院の安全管理や事故発生後の説明責任を問う重大な事案となっています。
2020年1月22日、腰椎の手術を受けた女性患者は、医療用ドリルによる神経損傷で両下肢のまひなどの重い後遺障害を負いました。2025年5月14日には神戸地方裁判所姫路支部が赤穂市と執刀医に損害賠償を命じ、2026年3月12日には執刀医に禁錮1年、執行猶予3年の有罪判決が言い渡されています。
一方、事件を題材にした漫画をめぐっては、モデルとされる医師が作者らを刑事告訴したものの、2026年2月に不起訴処分となりました。実際の医療事故、裁判で認定された事実、漫画による表現は、それぞれ区別して理解する必要があります。
【事件の核心】2020年1月22日、赤穂市民病院で何が起きたのか

事故の発端は、腰部脊柱管狭窄症の治療を目的とした手術でした。患者の女性は2020年1月22日、赤穂市民病院で腰椎後方除圧術を受けました。執刀したのは当時、脳神経外科に所属していた松井宏樹医師で、同科の科長が助手を務めていました。
裁判所の公開判決文によると、手術では第2・第3腰椎間の処置中に、執刀医の手技上の過失によって馬尾神経が切断・損傷されました。出血により手術部位を確認しにくい状態だったにもかかわらず、十分な止血を行わずに骨の切削を進めたことが問題となりました。
馬尾神経は、腰椎付近を走る神経の束です。下肢の運動や感覚、排尿・排便などに関わるため、損傷すれば深刻な機能障害につながる可能性があります。
実際に女性には、両下肢のまひ、自力で立つことや歩くことができない状態、重度の膀胱直腸障害、腰から両下肢にかけての神経障害性疼痛が残りました。裁判所の公開判決文では、後遺障害の程度は常時介護を要する状態に相当するとされています。
ここで重要なのは、単に「手術中に予想外の合併症が起きた」という話ではないことです。2025年の民事判決と2026年の刑事判決では、視野が確保できない状況で手術を続けたことや、止血措置が不十分だったことが具体的に問題視されました。
また、この事故をめぐる民事訴訟では、患者が入院中に転倒して骨折した問題も審理対象に含まれていました。手術の過失だけでなく、入院中の安全管理や、事故後の病院の対応も検討されたのです。
【時系列で整理】医療事故8件から2026年の刑事判決まで
赤穂市民病院の問題が社会的に注目された理由の一つは、1件の手術事故だけではなく、同じ医師が関わった複数の医療事故と、病院の対応をめぐる問題が明らかになったことです。
神戸新聞や赤穂民報などの報道によると、松井医師が2019年7月に着任してから2020年2月ごろまでに関わった手術では、計8件の医療事故が確認されました。ただし、8件すべてについて過失が認定されたわけではありません。病院側が医療過誤を認めたのは、今回の腰椎手術の1件で、ほかの7件については過失を否定していました。
| 時期 | 主な出来事 | 確認しておきたい点 |
|---|---|---|
| 2019年7月 | 松井医師が赤穂市民病院に着任 | その後、関与した手術で複数の医療事故が発生 |
| 2019年7月〜2020年2月ごろ | 関与した手術で計8件の医療事故が確認される | 8件すべてが過失認定されたわけではない |
| 2020年1月22日 | 腰椎手術で馬尾神経を損傷 | 患者に両下肢のまひなどの重い後遺障害が残る |
| 2021年8月 | 患者と家族が赤穂市と執刀医を提訴 | 損害賠償を求める民事訴訟が始まる |
| 2023年1月〜7月 | 漫画『脳外科医 竹田くん』が公開される | 実際の医療事故をモチーフにした作品として注目される |
| 2025年5月14日 | 神戸地裁姫路支部が損害賠償を命じる | 患者本人に8668万6851円、長女に220万円 |
| 2025年5月31日 | 民事判決が確定 | 原告・被告の双方が控訴せず |
| 2026年2月20日 | 漫画作者らへの刑事告訴が不起訴となる | 名誉毀損などをめぐる別の刑事手続き |
| 2026年3月12日 | 松井元医師に有罪判決 | 禁錮1年、執行猶予3年。3月27日に確定 |
医療事故が8件確認されたことと、8件すべてについて医師の過失が法的に認定されたことは、明確に区別しなければなりません。また、警察が捜査対象とした症例は11件と報じられており、病院が事故として確認した件数とも同一ではありません。
一方、事故が相次いだ期間に病院がどのように対応したのかは、医療安全を検証するうえで重要な論点です。赤穂民報は2022年、病院の内部規定で定められた24時間以内の文書報告が、確認された8件のうち1件にとどまっていたと報じました。
同じ報道では、2020年3月に手術などを禁止された後も、松井医師が手術やカテーテル検査を行っていたことが伝えられています。事故の発生を防ぐ仕組みだけでなく、問題が生じた後に情報を集約し、診療上の制限を確実に実施する仕組みも問われることになりました。
【2025年の民事判決と2026年の刑事判決】責任はどう認定されたのか
2025年5月14日:損害賠償約8888万円の支払い命令神戸地裁姫路支部は2025年5月14日、患者本人とその長女が赤穂市と執刀医に求めた損害賠償請求について、被告らに連帯して支払うよう命じました。
裁判所の公開判決文に記載された金額は、患者本人に対する8668万6851円と、長女に対する220万円です。合計は8888万6851円で、これに2020年1月22日から支払い済みまで年5%の割合による金員を加える内容でした。
原告側は、医療事故による後遺障害に加え、治療費や将来の介護費用などを含む賠償を求めていました。判決は請求のすべてを認めたわけではありませんが、執刀医と病院を開設・運営する赤穂市に賠償責任を認めました。
神戸新聞の報道によると、裁判所は執刀医の注意義務違反の程度が著しいと指摘し、病院側の事故後の説明についても、迅速に説明を尽くしたと評価するには不十分だったと判断しました。
この判決は、2025年5月31日付で確定しました。赤穂市と執刀医、原告側のいずれも控訴しなかったためです。民事上の賠償責任については、控訴審で争われることなく確定したことになります。
2026年3月12日:松井宏樹元医師に有罪判決刑事裁判では、2020年1月22日の手術で患者に重い傷害を負わせた行為について、業務上過失傷害罪が問われました。
神戸地裁姫路支部は2026年3月12日、松井宏樹元医師に禁錮1年、執行猶予3年の有罪判決を言い渡しました。検察側の求刑は禁錮1年6月でした。松井被告は初公判で起訴内容をおおむね認めていたと報じられています。
裁判で焦点となったのは、出血によって手術部位を目視しにくい状況で、十分な止血を行わずにドリルを使用し続けた点です。判決では、視野を確保できるまで止血を行い、確認できない状態での切削を避けるべきだったという注意義務が問題となりました。
弁護側は、助手を務めた指導医の責任や、被告を支える病院の体制についても主張しました。医療行為は一人の医師だけで完結するものではなく、手術チームの役割分担や上級医の監督も検証の対象となります。ただし、この刑事裁判で有罪判決を受けたのは、業務上過失傷害罪に問われた松井元医師です。
この判決は、2026年3月27日に確定しました。報道によると、被告側・検察側の双方が控訴しなかったためです。民事判決が金銭的な賠償責任を確定させたのに対し、刑事判決は、特定の手術における注意義務違反について刑事責任を認定した点に意味があります。
【漫画『脳外科医 竹田くん』との関係】実話とフィクションの違い
ウェブ漫画『脳外科医 竹田くん』は、医療事故を繰り返す医師と、十分に機能しない上級医の監督体制や医療安全部門、病院の事故対応などを風刺的に描いた作品です。2023年1月から7月にかけて公開され、142話が発表されました。
作品の舞台は「赤池市」という架空の町で、主人公も「竹田」という架空の人物です。しかし、作中の医療事故の概要が赤穂市民病院で実際に起きた事故と酷似していたことから、モデルとなった病院や医師をめぐって注目が集まりました。
作者は2025年2月、被害患者の親族であることを公表赤穂民報の2025年2月の報道によると、作者は同月、自身が2020年1月22日の医療過誤で重度の後遺障害を負った女性患者の親族であると明らかにしました。作者は、手術に立ち会った医療従事者を含む複数の関係者への聴き取りなどをもとに、作品を制作したと説明しています。
作者は、読者に伝わりやすくするため設定を単純化したり、比喩的な表現を使ったりした一方、実際の事故を誇張したり、特定の人物を悪者に仕立てたりする意図はなかったと主張しています。これは作者自身の説明であり、作品中のすべての描写が裁判所によって事実認定されたという意味ではありません。
実際の事件と漫画を比較する際には、次の3点を分けて考える必要があります。
- 裁判で認定された事実:2020年1月22日の手術における神経損傷や注意義務違反など、判決文に記された事実。
- 報道や関係者の説明:医療事故8件の経緯、院内の報告体制、事故後の対応など、取材に基づいて報じられた内容。
- 漫画上の表現:架空の人物・病院名、物語の構成、比喩や風刺的な描写など、作品として再構成された部分。
漫画は医療事故を社会に伝える手段となり得ますが、物語の展開をそのまま実際の事件の確定事実として扱うことはできません。反対に、フィクションという形式だけを理由に、現実の医療安全に関する問題提起まで無意味になるわけでもありません。
作者らへの刑事告訴は不起訴に2026年3月2日の赤穂民報の報道によると、松井元医師は2025年7月、漫画作者、被害患者の長女、病院在籍当時の上司を、名誉毀損や信用毀損などの疑いで刑事告訴していました。神戸地検姫路支部は、2026年2月20日付で、告訴された人々をいずれも不起訴としました。
ただし、不起訴処分は、刑事裁判で無罪判決が出たことと同じではありません。不起訴となった理由も、報道上は明らかにされていません。この処分だけで、漫画の全表現が適法と司法判断されたと結論づけることはできません。
加えて、作者側は2025年3月、漫画が名誉毀損に当たらないことなどの確認を求め、松井元医師を相手取って大阪地裁に債務不存在確認訴訟を起こしています。これは刑事告訴とは別の民事手続きです。2026年の報道では、この訴訟は継続中とされています。
【医療安全体制の検証】なぜ個人の過失だけでは問題が終わらないのか
赤穂市民病院の問題を検証するうえで、執刀医の技術や注意義務だけに焦点を絞ると、事故を防ぐための組織的な仕組みが見えにくくなります。
医療現場では、手術を担当する医師の技能評価、難易度に応じた執刀の判断、上級医による監督、危険を察知した際の中断、事故情報の報告と分析など、複数の安全策が重なって患者を守ります。どれか一つが機能しなかった場合だけでなく、複数の安全策が連鎖的に働かなかった場合にも、事故のリスクは高まります。
8件の事故と報告体制の問題2019年から2020年にかけての8件の医療事故について、赤穂民報は、病院内の規定で定められていた24時間以内の文書報告が、8件のうち1件しか行われていなかったと報じています。事故情報の報告が遅れれば、管理者が状況を把握し、診療制限や追加調査を行う機会も遅れるおそれがあります。
同紙はまた、2025年5月の民事判決後も、事故原因や再発防止策をまとめた事故調査報告書が作成されていないと報じました。個別の過失に対する賠償責任とは別に、なぜ危険の兆候が十分に共有されず、どの段階で防止できなかったのかを、組織として検証する必要性が浮かび上がります。
病院が公表している現在の安全管理体制赤穂市民病院の公式サイトで公開されている医療安全管理指針は、2025年3月に改訂されています。同指針では、医療安全推進室や医療安全推進委員会を設け、インシデント・アクシデントの収集、分析、再発防止策の策定、改善策の実施状況の評価などを行う方針が示されています。
また、医療安全管理のための研修を計画的に年2回以上実施すること、事故発生後は患者・家族に速やかに説明すること、事故情報を再発防止に活用することなども定められています。医療事故の公表資料も、対象期間ごとに公式サイトで公開されています。
もっとも、指針や委員会が存在することと、それらが現場で実効性を発揮していることは別問題です。事故を防ぐ仕組みが実際に機能しているかどうかは、危険な兆候が報告された際の対応、改善策の実施状況、患者・家族への説明、再発防止策の検証を通じて評価されなければなりません。
なお、赤穂市民病院では2026年3月、2025年12月にペースメーカー植込み術を受けた患者が、その後に死亡した別の医療事故も公表されています。赤穂民報によると、病院は重篤な合併症である心タンポナーデの発生を説明し、事前のリスク評価や術後観察などの再発防止策を示しました。この事案は2020年の腰椎手術事故とは別件ですが、病院の医療安全と事故情報の公表を継続的に検証する必要性を示しています。
【プロの結論】この事件から読み取るべき3つの教訓
赤穂市民病院の医療事故と『脳外科医 竹田くん』をめぐる一連の問題からは、医療安全、組織の責任、情報発信のあり方について、少なくとも3つの教訓が読み取れます。
第一に、医療事故を個人の技術不足だけで説明しないことです。2026年の刑事判決では執刀医の注意義務違反が認定されました。一方で、手術を誰に任せるのか、上級医がどのように監督するのか、危険が生じた際に手術を中断できるのかという組織的な課題も、再発防止を考えるうえで欠かせません。個人の責任と組織の責任は、どちらか一方を選ぶ関係ではありません。
第二に、事故の早期報告と患者への説明を、安全管理の中心に置くことです。事故が発生した直後の情報共有は、患者の被害拡大を防ぐだけでなく、ほかの患者に同様の危険が及ぶのを防ぐためにも必要です。報告をためらわせる職場環境や、問題を把握しても具体的な措置につながらない仕組みがあれば、同じ問題が繰り返される危険があります。
第三に、漫画や報道を読む際は、社会的な問題提起と個別の事実認定を区別することです。『脳外科医 竹田くん』は医療事故や組織の対応を考えるきっかけになりました。しかし、作品の描写を裁判所が認定した事実と同一視することも、刑事告訴が不起訴になったことだけで作品全体の法的評価が確定したと考えることも適切ではありません。
医療事故の再発防止に必要なのは、問題を起こした個人を処分して終わることではありません。危険の兆候を見逃さない仕組み、医師が手術を中断できる判断基準、上級医や管理者の監督責任、患者・家族への透明性のある説明、改善策の効果を確かめる仕組みがそろって初めて、安全性の向上につながります。
【赤穂市民病院医療事故竹田くん】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:赤穂市民病院の医療事故で、2026年にどのような判決が出ましたか?
A1:2026年3月12日、神戸地裁姫路支部は松井宏樹元医師に業務上過失傷害罪で禁錮1年、執行猶予3年の有罪判決を言い渡しました。判決は同月27日に確定しています。
Q2:2025年の民事判決で認められた損害賠償額はいくらですか?
A2:2025年5月14日の判決では、患者本人に8668万6851円、長女に220万円を、赤穂市と執刀医が連帯して支払うよう命じられました。合計は8888万6851円で、判決は同月31日に確定しました。
Q3:漫画『脳外科医 竹田くん』は実話ですか?
A3:赤穂市民病院で実際に起きた医療事故をモチーフにした作品です。作者は被害患者の親族であることを公表し、関係者への聴き取りなどを参考にしたと説明しています。一方、舞台や登場人物は架空であり、漫画のすべての描写が裁判で認定された事実というわけではありません。
赤穂市民病院の医療事故は、2025年の民事判決と2026年3月の刑事判決によって、2020年1月22日の腰椎手術における注意義務違反と損害賠償責任が明確になりました。一方、複数の医療事故が確認された経緯や、院内報告の遅れ、事故後の説明、組織的な再発防止策には、引き続き検証すべき課題が残っています。
漫画『脳外科医 竹田くん』をめぐっては、作者らへの刑事告訴が不起訴となりましたが、これとは別に、漫画の表現をめぐる民事訴訟が続いていると報じられています。医療事故の刑事裁判、損害賠償をめぐる民事裁判、漫画の表現をめぐる紛争は、それぞれ争点も判断基準も異なります。
今後の動向を確認する際は、判決の確定状況だけでなく、病院が事故原因をどこまで明らかにするのか、再発防止策をどのように実施・検証するのか、患者や家族への説明責任をどう果たすのかにも注目する必要があります。
医療安全の評価基準は、事故後に規則や委員会を整備したかどうかだけではありません。危険を事前に察知できるか、問題を報告した職員の声が届くか、必要なときに医療行為を止められるか、事故の教訓が次の診療に生かされているか。こうした仕組みが実際に機能しているかどうかこそが、患者の安全と病院への信頼を左右します。