2026年現在、「松ヶ根親方」として日本相撲協会に所属するのは、元前頭八枚目・玉力道の安本栄来(やすもと・ひでき)親方です。東京都江戸川区出身で、現役時代は片男波部屋に所属。2010年1月場所限りで引退した後、荒磯、二所ノ関を経て、現在の松ヶ根という年寄名を名乗っています。
日本相撲協会の公式プロフィールによると、2026年10月現在の所属部屋は放駒部屋、協会での役職は委員です。松ヶ根親方の名前を調べる際に混同されやすいのが、元大関・若嶋津や、元横綱・稀勢の里との関係です。いずれも年寄名跡の継承や交換に関わってきたため、名前の変遷を時系列で整理することが、現在の立場を理解するポイントになります。
【松ヶ根親方は誰?】2026年現在のプロフィールと所属部屋

松ヶ根親方の正体を知るうえで、まず押さえておきたいのが、本名と現役時代の四股名、そして現在の協会での立場です。日本相撲協会公式サイトの「年寄プロフィール」には、松ヶ根栄来親方の本名、所属部屋、役職、過去の年寄名が掲載されています。
基本プロフィールは次のとおりです。
- 現在の年寄名:松ヶ根栄来
- 本名:安本栄来
- 生年月日:1974年4月19日
- 年齢:52歳(2026年10月現在)
- 出身地:東京都江戸川区
- 現役時代の四股名:玉力道
- 最高位:前頭八枚目
- 現在の所属部屋:放駒部屋
- 日本相撲協会での役職:委員
ここで重要なのは、松ヶ根親方が現在、松ヶ根部屋の師匠を務めているわけではないという点です。2026年現在の公式プロフィールでは、所属先は放駒部屋とされています。部屋の師匠は、元関脇・玉乃島の放駒親方(本名・岡部新)です。
つまり、「松ヶ根親方」という名前は現在の部屋名ではなく、安本親方が継承している年寄名です。相撲界では親方の名前と相撲部屋の名称が必ずしも一致しないため、この違いを理解しておくと情報を整理しやすくなります。
また、協会の役職にある「委員」は、親方の協会内での職階を示すものです。理事や理事長といった協会執行部の役職とは異なります。松ヶ根親方の現在の立場を把握するには、年寄名だけでなく、公式プロフィールに記載された役職と所属部屋を併せて確認することが大切です。
【元玉力道の経歴】現役時代の成績と引退までの歩み
松ヶ根親方は、現役時代に玉力道栄来の四股名で土俵に上がっていました。日本相撲協会の力士プロフィールによると、片男波部屋に所属し、1997年3月場所に初土俵。1999年9月場所で新十両、2001年1月場所で新入幕を果たしています。
身長184センチ、体重134キロの体格を生かし、得意技は「モロ差し・寄り」。相手の両腕の内側に自分の両腕を差し込むモロ差しから、相手を寄り切る攻めが特徴でした。公式プロフィールに掲載された決まり手の傾向でも、寄り切りが最も多く、下手投げ、押し出しが続いています。
玉力道の幕内での最高位は前頭八枚目です。幕内優勝や三賞の獲得こそありませんが、十両優勝を1回、三段目優勝を1回記録しています。特に十両優勝は、関取としての実績を振り返るうえで外せない記録です。
一方、現役生活はけがにも左右されました。日刊スポーツの2010年1月22日付報道は、右膝などのけがが響き、2007年九州場所から幕下に転落していた経緯を伝えています。2010年1月場所では西幕下二十七枚目で相撲を取り、同場所限りで引退しました。
引退後は日本相撲協会に残り、年寄として後進の指導に携わる道へ進みます。現役時代の番付は前頭八枚目でしたが、引退後も協会に所属し、年寄名を継承しながら活動を続けてきたことが、現在の松ヶ根親方につながっています。
【年表で整理】玉力道から松ヶ根親方になるまでの経歴
松ヶ根親方の経歴を理解するうえで、特に重要なのが、現役引退後の年寄名の変遷です。日本相撲協会の公式プロフィールには「荒磯栄来→二所ノ関栄来→松ヶ根栄来」という履歴が記載されています。各段階を年代順に並べると、次のようになります。
| 時期 | 出来事・年寄名 | 主な内容 |
|---|---|---|
| 1997年3月 | 玉力道として初土俵 | 片男波部屋から幕下付け出しでデビュー |
| 1999年9月 | 新十両 | 関取に昇進 |
| 2001年1月 | 新入幕 | 最高位は前頭八枚目 |
| 2002年9月 | 十両優勝 | 十両で初優勝 |
| 2010年1月 | 現役引退・荒磯襲名 | 引退後は年寄として後進の指導へ |
| 2013年6月 | 二所ノ関を襲名 | 年寄名を変更 |
| 2014年12月1日 | 松ヶ根を襲名 | 元大関・若嶋津との名跡変更に伴い、松ヶ根を名乗る |
| 2021年12月 | 放駒部屋へ転属 | 二所ノ関部屋の継承に伴い、所属部屋が変更 |
| 2026年10月現在 | 松ヶ根栄来 | 日本相撲協会の委員、放駒部屋所属 |
この年表で注目したいのは、2014年12月1日の名跡変更です。日本相撲協会の発表を受け、日刊スポーツは同日、元大関・若嶋津の松ヶ根親方が二所ノ関を襲名し、元玉力道の二所ノ関親方が松ヶ根を名乗ることになったと報じました。
この変更によって、松ヶ根部屋は二所ノ関部屋へと名称を変えました。安本親方が松ヶ根を襲名したのは、この名跡変更がきっかけです。単に本人が新しい呼び名を選んだのではなく、相撲界における年寄名跡の継承と部屋の名称変更が連動した出来事でした。
その後、2021年12月には二所ノ関部屋の継承が行われ、日本相撲協会の理事会発表で、同部屋の所属員が放駒部屋へ転属することが公表されました。安本親方も転属対象に含まれています。これが、現在の所属部屋が放駒部屋となっている背景です。
【荒磯・二所ノ関・松ヶ根】名跡変更の経緯と若嶋津との違い
松ヶ根親方の名前を調べると、荒磯、二所ノ関、若嶋津、稀勢の里といった複数の人物名が関連して登場します。これは、年寄名跡が親方の代替わりや継承によって別の人物へ引き継がれるためです。同じ名跡を異なる時期に別々の親方が名乗ることがあり、名前だけで人物を判断すると混同が生じます。
元玉力道の安本親方は、2010年の引退後に荒磯、二所ノ関、松ヶ根の順で年寄名を変更した人物です。一方、元大関・若嶋津は、2014年に松ヶ根から二所ノ関へ名跡を変更した別人です。2014年の変更では、両者の名跡が入れ替わる形になりました。
加えて、2021年12月の日本相撲協会の理事会発表では、当時の二所ノ関親方だった元大関・若嶋津が荒磯を継承襲名し、当時の荒磯親方だった元横綱・稀勢の里が二所ノ関を継承襲名することが公表されています。
このため、「荒磯親方」という呼び名も時期によって指す人物が異なります。2010年に玉力道が引退して名乗った荒磯と、2021年に元大関・若嶋津が襲名した荒磯は、同じ年寄名でも別の人物です。
また、現在の二所ノ関親方として知られる元横綱・稀勢の里と、かつて二所ノ関を名乗った安本親方も別人です。現在の松ヶ根親方を調べる場合は、元玉力道という現役時代の四股名と本名の安本栄来を手がかりにすると、情報を正しく整理できます。
年寄名跡の変更は、単なる呼称の変更にとどまりません。名跡の継承によって相撲部屋の名称や運営体制が変わることもあります。松ヶ根親方の経歴は、相撲界の伝統的な名跡制度と、部屋を継承する仕組みの両方を理解するうえで分かりやすい事例です。
【2026年現在の活動】放駒部屋での立場と日本相撲協会の役職
2026年10月現在、日本相撲協会の公式プロフィールでは、松ヶ根親方の役職は「委員」、所属部屋は「放駒」と記載されています。放駒部屋の公式紹介でも、師匠の放駒親方と、年寄として所属する松ヶ根親方は別々に掲載されています。
ここで注意したいのは、所属部屋と部屋の師匠は異なる概念だという点です。相撲部屋には師匠のほか、部屋付きの親方が所属することがあります。松ヶ根親方は放駒部屋に所属する年寄であり、公式情報上、放駒部屋の師匠として記載されているのは元関脇・玉乃島の放駒親方です。
また、協会内の「委員」という役職は、理事や理事長とは区別されます。日本相撲協会では、年寄が協会の業務に携わるため、親方の現在の役割を確認するには、年寄名だけでなく、役職欄も見る必要があります。
松ヶ根親方の現在の活動について、公式情報から把握できるのは、放駒部屋に所属し、協会の委員として在籍していることです。個別の担当業務や日々の指導内容については、公式プロフィールだけでは詳しく分かりません。現役時代の経験を生かしながら協会に所属し続けていることは確認できますが、特定の業務を担当していると断定することはできません。
「松ヶ根親方の現在の評判」を知りたい場合も、公式に確認できる役職や経歴と、個人の印象・評価を分けて考える必要があります。日本相撲協会の公開プロフィールは、役職、所属部屋、戦歴といった客観的な情報を示していますが、親方個人の評判を数値化した評価や、世論調査を掲載しているわけではありません。
したがって、現在の立場を評価する際には、根拠のない人物評や出所の不明な投稿を手掛かりにするよりも、協会の公式名簿、部屋紹介、理事会発表を照合するほうが確実です。
【年寄名跡の仕組み】なぜ親方の名前や所属部屋が変わるのか
松ヶ根親方の経歴を理解するためには、「年寄名跡」という制度を知っておく必要があります。年寄名跡は、一般に「親方株」とも呼ばれる、相撲界で年寄が名乗る名称です。親方は現役時代の四股名を引退後もそのまま使うとは限らず、年寄名跡を継承することで別の名前を名乗る場合があります。
日本相撲協会の定款では、年寄名跡を協会が管理することや、退任する年寄による後継者の推薦などが定められています。実際の襲名には協会の規定に基づく資格審査や手続きが関わり、単に本人の希望だけで自由に名跡を変更できるわけではありません。
この制度があるため、親方の名前と現役時代の四股名が一致しないことがあります。安本親方の場合は、現役時代の玉力道から、引退後の荒磯、二所ノ関を経て松ヶ根へと変わりました。一連の変遷は、年寄名跡の継承が実際の親方の経歴にどう反映されるかを示しています。
加えて、相撲部屋の名称も、師匠が継承する年寄名跡や部屋の継承によって変わることがあります。2014年に松ヶ根部屋が二所ノ関部屋へと名称変更されたのは、その代表例です。その後、2021年には二所ノ関部屋の継承に伴い所属員の転属が行われ、安本親方の所属も放駒部屋へ移りました。
なお、年寄名跡の名称が同じだからといって、同一人物が継続して名乗っているとは限りません。逆に、同一人物であっても、名跡の継承によって名前が複数回変わることがあります。相撲界の人物情報を読む際は、年寄名だけではなく、本名、現役時代の四股名、所属部屋、襲名時期を組み合わせて確認することが大切です。
【プロの結論】松ヶ根親方を正しく理解するための3つの視点
松ヶ根親方の経歴から読み取れる要点は、現役時代の実績、引退後の年寄名跡、そして現在の所属部屋を切り分けて考えることです。
第一に、松ヶ根親方は元前頭・玉力道の安本栄来親方です。生涯戦歴376勝354敗120休、幕内戦歴65勝93敗7休という成績が、現役時代の実績を示しています。最高位は前頭八枚目で、十両優勝1回、三段目優勝1回を記録しました。
第二に、荒磯、二所ノ関、松ヶ根という名前は、同じ人物の年寄名の変遷です。一方、元大関・若嶋津や元横綱・稀勢の里も同じ年寄名を異なる時期に名乗ったため、名前だけでは人物を特定できません。元玉力道という四股名を併せて確認することが、混同を避ける最も簡単な方法です。
第三に、2026年現在の松ヶ根親方は、放駒部屋所属の委員です。松ヶ根部屋の師匠という意味ではなく、年寄名を松ヶ根とする協会員として活動しています。現役時代の成績を知りたい場合は力士プロフィール、現在の役職や所属部屋を知りたい場合は年寄プロフィールと部屋紹介を確認するなど、目的に応じて公式資料を使い分けると情報を整理しやすくなります。
松ヶ根親方の経歴は、力士としての歩みだけでなく、年寄名跡と相撲部屋の継承がどのようにつながっているかを示すものです。名前の変遷を追うことで、現在の所属部屋や協会内の立場まで、一連の流れとして理解できます。
【松ヶ根親方】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:松ヶ根親方は誰ですか?
A1:元前頭八枚目・玉力道の安本栄来親方です。1974年4月19日生まれで、東京都江戸川区出身。2026年10月現在、52歳です。
Q2:松ヶ根親方は2026年現在、どこの部屋に所属していますか?
A2:日本相撲協会の公式プロフィールによると、放駒部屋に所属しています。協会での役職は委員です。放駒部屋の師匠は元関脇・玉乃島の放駒親方で、松ヶ根親方とは別人です。
Q3:松ヶ根親方と若嶋津、稀勢の里は同一人物ですか?
A3:いいえ、別人です。松ヶ根親方は元玉力道の安本栄来親方です。元大関・若嶋津は2014年に松ヶ根から二所ノ関へ名跡を変更し、元横綱・稀勢の里は2021年12月に荒磯から二所ノ関を継承襲名しました。複数の人物が同じ年寄名を名乗った時期があるため、現役時代の四股名や本名を併せて確認すると区別できます。
松ヶ根親方は、元前頭・玉力道として活躍した安本栄来親方です。現役時代は最高位前頭八枚目まで昇進し、生涯戦歴376勝354敗120休を記録。2010年1月場所限りで引退した後、荒磯、二所ノ関を経て、2014年12月1日から松ヶ根を名乗っています。
2026年10月現在の公式情報では、放駒部屋所属の委員として日本相撲協会に在籍しています。元大関・若嶋津や元横綱・稀勢の里との混同は、年寄名跡が継承される制度を知ることで解消できます。
今後、松ヶ根親方の役職や所属部屋に変更があったかを調べる際は、日本相撲協会の年寄プロフィール、協会からのお知らせ、放駒部屋の公式紹介を確認するのが基本です。現役時代の実績と現在の立場を分けて見ることが、松ヶ根親方の経歴を正確に理解するための判断基準になります。