広島東洋カープの元主砲、ブラッド・エルドレッド氏。豪快なホームランでファンを魅了した身長196センチの大柄な助っ人が、広島の街をママチャリで走る姿は、現役時代を象徴する光景の一つとして親しまれてきた。高級車ではなく、子ども用の座席が付いた自転車で球場に通い、街中でも目撃される。その親しみやすい姿が、野球ファンの間で語り継がれている。
実は、このママチャリには元広島カープの投手デニス・サファテ氏から譲り受けたという背景がある。中国新聞アルファの記事を紹介した広島カープ情報メディアや、ニッポン放送 NEWS ONLINEの報道では、自転車にまつわるエピソードも伝えられている。加えて、エルドレッド氏は2019年の現役引退後、広島の駐米スカウトとして球団を支える立場に転身した。2025年にもスカウト活動が報じられており、2026年の現在を知るうえでも、その歩みは見逃せない。
【エルドレッドママチャリの由来】サファテから譲り受けた自転車だった

エルドレッド氏のママチャリ伝説を語るうえで欠かせないのが、デニス・サファテ氏との関係だ。サファテ氏は広島東洋カープでもプレーした外国人投手で、後に福岡ソフトバンクホークスなどで活躍した人物である。
2015年9月、中国新聞アルファの記事を紹介した広島のカープ情報メディア「安芸の者がゆく」は、エルドレッド氏が愛用していた自転車について、サファテ氏から譲り受けたものだったと報じた。翌2016年には、ニッポン放送 NEWS ONLINEの記事でも、自転車を大切に使い続けていた背景が紹介されている。
ニッポン放送 NEWS ONLINEの2017年の記事によると、その自転車はサファテ氏が広島時代に使っていたものだった。エルドレッド氏は、古くなったからといって簡単に買い替える気にはなれないという趣旨の思いを語っている。自転車は単なる移動手段ではなく、かつてのチームメートから受け取った思い出の品でもあった。
ここが、エルドレッドママチャリのエピソードで特に興味深い点だ。注目されたのは、外国人選手が日本の自転車に乗っていたという珍しさだけではない。チームメートから譲り受けた物を大切に使い続ける姿が、彼の人柄やカープで築いた人間関係と結び付いて受け止められたのである。
ただし、エルドレッド氏が広島で使っていた自転車のすべてがサファテ氏から譲られたものだったわけではない。この点は、後年の本人の説明からも分かる。サファテ氏とのエピソードは、数ある自転車の中でも特に知られた一台にまつわる話だ。
【なぜママチャリだった?】マツダスタジアムへの通勤と広島での日常
エルドレッド氏がママチャリで広島の街を走っていた理由は、球場への通勤だけではない。現役時代には、子どもを自転車に乗せて外出する姿も伝えられていた。野球場で豪快な打撃を見せる大柄な外国人選手が、街中ではごく一般的な自転車を使って暮らしていた。そのギャップが、多くのファンの記憶に残った。
2015年9月の中国新聞アルファの記事を紹介した「安芸の者がゆく」は、エルドレッド氏が外の空気を吸いたくなったとき、子どもをママチャリに乗せて出掛けていたことも紹介している。自転車は、仕事のためだけではなく、広島での生活を楽しむための身近な道具でもあった。
マツダスタジアムへの通勤という点でも、この姿は印象的だった。2018年8月のサンケイスポーツの記事では、広島の選手がタクシーを利用する背景として、球場の駐車場の台数に限りがあることや、安全面への配慮が説明されている。そのなかで、エルドレッド氏は自転車を通勤手段にする例外的な存在として紹介された。
つまり、ママチャリ通勤は、広島カープの選手全員が採用していた一般的なルールではない。エルドレッド氏個人の生活スタイルとして知られるようになったものだ。
自転車を選んだ理由については、本人が語った思い出や日常の使い方が報道されている一方、「球団から特別に許可されたから」「節約のためだった」など、特定の動機を断定できる材料は限られる。少なくとも、本人の生活に自転車が自然に溶け込んでいたことは、複数の報道から読み取れる。
【エルドレッドのママチャリ画像・目撃情報】本通商店街でも話題に
エルドレッド氏の自転車姿は、記事の中だけでなく、広島市内での目撃談や写真を通じても広まった。とりわけ話題になったのが、広島市中心部の本通商店街周辺である。
2015年9月には、エルドレッド氏に加え、当時の広島の外国人選手だったザガースキー氏、ヒース氏もママチャリに乗っている写真がネット上で紹介された。カープ情報メディア「かーぷぶーん」が取り上げたこの話題は、選手たちが日本の街で日常生活を送る様子を伝えるものだった。
また、2022年9月には「安芸の者がゆく」が、本通商店街などでエルドレッド氏を見かけたというSNS上の投稿を紹介している。現役引退後にも広島の街で姿を見かけたという情報が広まり、ファンから親しみを込めた反応が寄せられていた。
こうした目撃談で重要なのは、ママチャリの話が一度きりの珍事件ではなく、エルドレッド氏と広島の街との距離の近さを象徴するエピソードとして定着した点だ。球場でプレーする姿だけでなく、街で暮らす一人の住民としての姿が知られていたのである。
エルドレッドのママチャリ画像を探す場合は、2015年の外国人選手3人の自転車姿を紹介した記事や、2022年の本通商店街での目撃情報を扱った記事が参考になる。ただし、ネット上では当時の写真が転載されている場合もあるため、撮影時期や投稿の経緯を確認すると、異なる出来事を混同しにくい。
【広島カープ時代から引退後まで】エルドレッドの経歴を年表で整理
ママチャリの話題だけでは、エルドレッド氏が広島で愛された理由の全体像は見えてこない。現役時代には球団を代表する長距離打者として実績を残し、引退後は外国人選手を発掘する側に回った。日本野球機構(NPB)の年度別成績や、引退当時の各社の報道をもとに経緯を整理する。
| 時期 | 主な出来事 | 注目ポイント |
|---|---|---|
| 2012年 | シーズン途中に広島東洋カープへ加入 | 長打力を武器に打線を支える |
| 2014年 | 37本塁打でセ・リーグ本塁打王を獲得 | 広島を代表する主砲として活躍 |
| 2016~2018年 | リーグ3連覇を経験 | 黄金期のチームを支えた一人 |
| 2018年シーズン終了後 | 広島を退団 | 日本球界での現役続行を模索 |
| 2019年9月 | 現役引退と駐米スカウト就任を球団が発表 | 選手から外国人選手の発掘・支援を担う立場へ |
| 2024年11月 | 駐米スカウトとして外国人選手獲得の事情を語る | MLBの登録枠や待遇の変化について見解を示す |
| 2025年 | 試合前の球場訪問や新外国人獲得への関与が報じられる | 引退後もカープの強化に携わる |
NPB公式の年度別成績によると、エルドレッド氏は広島でプレーした期間に通算133本塁打、370打点を記録した。2014年には37本塁打でタイトルを獲得している。単に人柄が注目された選手ではなく、打撃面でもチームに大きく貢献した存在だった。
広島での在籍期間は2012年途中から2018年まで。2016年からのリーグ3連覇を経験した選手の一人でもある。球団外国人選手としての在籍期間や通算本塁打数も、当時の報道で高く評価された。
2018年シーズン終了後に退団したエルドレッド氏は、日本での現役続行を希望していたものの、新たな所属先が見つからなかった。2019年9月4日、広島球団は現役引退と駐米スカウト契約を発表。同月15日にはマツダスタジアムで引退セレモニーが行われた。
この転身は、広島との関係が選手生活の終了とともに途切れなかったことを意味する。長年日本でプレーした経験を、今度は次の外国人選手を探し、支える仕事に生かすことになった。
【エルドレッドの現在2026年最新】駐米スカウトとしてカープを支える
2026年時点のエルドレッド氏を理解するうえで重要なのは、現役時代の思い出だけでなく、駐米スカウトとしての活動だ。広島球団が2019年に就任を発表して以来、同氏はアメリカを拠点に外国人選手の獲得やチーム強化に関わってきた。
2024年11月には、スポニチアネックスなどが、元広島監督の野村謙二郎氏のYouTubeチャンネルに、エルドレッド氏とスコット・マクレーン氏、エリック・シュールストロム氏の駐米スカウト3人が出演したことを報じた。話題となったのは、日本球界で活躍する外国人選手の獲得が以前より難しくなっている背景だった。
エルドレッド氏は、メジャーリーグの出場選手登録枠の拡大や最低年俸の上昇などを、選手獲得をめぐる環境の変化として挙げた。メジャーリーグで登録枠に入る選手の待遇が改善されれば、かつて日本球界に来ていたような実力者がアメリカにとどまる可能性が高くなる。これは、外国人選手の獲得競争を考えるうえで重要な視点だ。
加えて、2025年3月11日にはデイリースポーツが、エルドレッド駐米スカウトが横浜スタジアムでの広島戦の試合前練習に姿を見せ、新井貴浩監督らと言葉を交わしたと報じている。現役時代のママチャリ姿を懐かしむ内容とともに、スカウトとして活動する現在の姿が紹介された。
同年11月には、広島が新外国人投手フレディ・ターノック投手との契約合意を発表した際、デイリースポーツがエルドレッド氏の交渉への関与を伝えた。報道によると、エルドレッド氏はターノック投手と直接面談し、日本での生活や状況について説明したという。
これは、駐米スカウトの仕事が選手の成績を評価するだけではないことを示している。異なる野球文化や生活環境への適応を説明し、選手が日本でプレーする判断を下すための橋渡しも重要な役割となる。広島で長くプレーしたエルドレッド氏自身の経験は、その仕事に生かせる強みの一つだ。
こうした近年の報道からは、エルドレッド氏が2026年を迎える時点でも、カープの外国人選手獲得に関わる役割を担っていることが分かる。現役時代の功績に加え、引退後もチームを支えている点が、ファンにとってうれしいニュースとなっている。
【エルドレッドママチャリの真相】自転車は何台?バティスタやチャリティーとの関係
エルドレッド氏のママチャリについては、サファテ氏から譲り受けた一台の話が有名だが、本人が所有していた自転車はそれだけではない。2019年6月、広島ホームテレビの情報番組「フロントドア」で紹介されたインタビューでは、エルドレッド氏が広島で使っていた自転車について説明している。
「安芸の者がゆく」が同番組の内容を紹介した記事によると、エルドレッド氏は自転車を4~5台所有していたと話している。友人やその妻、通訳に譲ったものもあり、そのうちの一台は元広島のサビエル・バティスタ氏が使っていたという。バティスタ氏から譲ってほしいと連絡があり、快く応じた経緯も紹介された。
また、エルドレッド氏は自転車をおよそ1年に1台のペースで購入していたと説明している。新しいモデルを見ると欲しくなるという趣旨の話もあり、ママチャリは単に一台を長年使い続けていたというだけではなく、日常生活の中で何度も購入していた身近な道具だった。
この説明を踏まえると、「エルドレッドの自転車は全部サファテから譲られたもの」「目撃写真に写る自転車は必ず同じ一台」といった理解は正確ではない。サファテ氏から譲り受けた一台のエピソードと、エルドレッド氏が複数の自転車を使っていた事実は、分けて考える必要がある。
2019年9月の引退セレモニーに関連しても、自転車にまつわる出来事があった。デイリースポーツによると、エルドレッド氏はチャリティーオークションに出品された自転車にサインを記入した。この自転車は、現役時代に愛用していたものの後継モデルだったという。
オークションの売り上げは、本人の意向により広島大学病院ファミリーハウスの運営基金に寄付され、小児がん患者とその家族のために役立てられる予定と報じられた。自転車という身近な道具が、最後には地域への支援にもつながったのである。
ママチャリの評判が長く続いている背景には、こうした具体的なエピソードがある。単なる珍しい姿として消費されるのではなく、チームメートとのつながり、家族との日常、仲間への気遣い、地域への貢献が重なり、エルドレッド氏の人柄を象徴する話として広まった。
【プロの結論】エルドレッドのママチャリ伝説が今も愛される理由
エルドレッド氏のママチャリが広島カープのファンに愛され続ける理由は、豪快なホームランを打つ外国人選手と、街中で日常生活を送る一人の住民という、二つの姿が同時に記憶されているからだ。
プロ野球選手の評価は、打率や本塁打数、優勝への貢献度などの数字で語られることが多い。エルドレッド氏は2014年の本塁打王という明確な実績を残した。一方で、ママチャリのエピソードは、公式戦の成績表だけでは伝わらない選手の生活や人柄をファンに感じさせた。
サファテ氏から譲り受けた自転車を大切にしたこと。子どもを乗せて広島の街を走ったこと。自分が使った自転車を知人や後輩に譲ったこと。そして、引退後は駐米スカウトとして次の外国人選手を探す立場になったこと。これらの話をつなぐと、ママチャリはエルドレッド氏と広島との関係を象徴する存在だったと分かる。
ネット上で関連画像やエピソードを読む際には、三つの視点を持つと理解しやすい。第一に、自転車の持ち主や譲渡の経緯は、本人の説明や当時の報道で確かめること。第二に、目撃写真は撮影時期と場所を確認し、別の自転車や別の日の出来事を混同しないこと。第三に、現役時代の逸話と引退後の活動を区別し、近年の報道から現在の仕事を把握することだ。
ママチャリは、エルドレッド氏が広島で過ごした日々の一部分にすぎない。しかし、その何気ない日常が、現役引退から数年を経ても語られている。野球の実績だけでなく、街の人々と共有した時間や、仲間とのつながりが、選手の記憶を長く残すことを示すエピソードである。
【エルドレッドママチャリ】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:エルドレッドのママチャリは誰の自転車だった?
A1:よく知られている一台は、元広島カープのデニス・サファテ氏から譲り受けたものだ。中国新聞アルファの記事を紹介したカープ情報メディアや、ニッポン放送 NEWS ONLINEの報道で、その経緯が伝えられている。ただし、エルドレッド氏は複数の自転車を所有していたため、すべてがサファテ氏の自転車だったわけではない。
Q2:エルドレッドはなぜママチャリで通勤していた?
A2:現役時代には、マツダスタジアムへの通勤や、子どもとの外出などで自転車を使う姿が報じられた。自転車を日常の移動手段として利用していたことは分かるが、特定の理由だけで選んでいたと断定できるわけではない。
Q3:エルドレッドは2026年現在、何をしている?
A3:現役引退後は広島東洋カープの駐米スカウトとして活動している。2025年には横浜スタジアムでの球団関係者との交流や、新外国人投手フレディ・ターノック投手の獲得交渉への関与が報じられた。
Q4:エルドレッドのママチャリ画像や目撃情報はどこで話題になった?
A4:2015年にはエルドレッド氏、ザガースキー氏、ヒース氏が自転車に乗る写真がネット上で話題になった。2022年には本通商店街周辺での目撃情報もカープ情報メディアに紹介されている。当時の記事を調べると、現役時代から引退後までの関連エピソードをたどれる。
Q5:エルドレッドは引退後もカープと関係がある?
A5:ある。2019年9月に現役引退と駐米スカウト就任が発表されて以降、外国人選手の獲得やチーム強化に関わっている。選手としてのキャリアを終えた後も、カープを支える立場で活動している。
エルドレッドママチャリの由来として特に知られているのは、元広島カープのサファテ氏から譲り受けた自転車を大切に使っていたという話だ。通勤や子どもとの外出で自転車を利用する姿は、球場で見せる豪快なプレーとの対比もあって、広島のファンに親しまれてきた。
エルドレッド氏は2012年途中から2018年まで広島でプレーし、2014年には37本塁打で本塁打王を獲得。2019年の現役引退後は駐米スカウトに転身し、2025年にも外国人選手の獲得に関わる活動が報じられている。
2026年の現在を知るうえで押さえておきたいのは、ママチャリの逸話が過去の懐かしい話にとどまらないことだ。選手として広島の街で暮らし、ファンに親しまれ、引退後も球団を支える。その一連の歩みがあるからこそ、ママチャリは今もエルドレッド氏を思い出す象徴として語り継がれている。