「久米宏 ラジオなんですけど」は、フリーアナウンサーの久米宏さんがTBSラジオでパーソナリティーを務めた生放送番組です。2006年10月7日にスタートし、2020年6月27日に最終回を迎えるまで、約14年にわたって土曜午後のラジオを彩りました。
番組終了の発表は2020年6月6日。久米さん自身が終了の理由を説明し、年齢に伴う集中力や根気の衰え、自分の納得できる仕事を続けたいという職業観などを明かしました。そして2026年1月1日、久米さんは81歳で亡くなり、同年2月7日にはTBSラジオが追悼の特別番組を放送しています。番組の歴史を振り返るうえで、2026年は大きな節目となりました。
【番組の歴史】ラジオなんですけどは2006年開始、2020年6月に終了

「久米宏 ラジオなんですけど」は、2006年10月7日にTBSラジオで放送を開始しました。久米さんにとっては、長く続いたテレビの仕事を経て、本格的にラジオへ戻る節目の番組でした。
久米さんはTBSのアナウンサーとしてキャリアを積み、「ザ・ベストテン」などの司会で人気を獲得。その後、テレビ朝日系「ニュースステーション」のメインキャスターとして、1985年から2004年までニュース報道の第一線に立ちました。
「ニュースステーション」終了から約2年半後に始まったこのラジオ番組では、テレビのニュース番組とは異なる、より自由度の高い語り口が展開されました。社会問題への意見だけでなく、日常の出来事や文化、ゲストとの対話も扱い、久米さんの個性を前面に出した番組として定着していきます。
放送開始から終了までの主な出来事を整理すると、次のとおりです。
| 時期 | 出来事 | ポイント |
|---|---|---|
| 2006年10月7日 | 番組スタート | 久米宏さんと小島慶子さんのコンビで放送開始 |
| 2007年度 | ギャラクシー賞を受賞 | 久米さんが第44回ギャラクシー賞のラジオ部門DJパーソナリティー賞を受賞 |
| 2009年4月 | アシスタント交代 | 小島慶子さんに代わり、堀井美香さんが担当 |
| 2020年6月6日 | 終了を発表 | 久米さんが生放送で同月末の終了を報告 |
| 2020年6月27日 | 最終回 | 伊集院光さんをゲストに迎え、約13年9か月の歴史に幕 |
| 2020年7月4日 | 後継番組がスタート | 同じ放送枠で「週末ノオト」が放送開始 |
| 2026年2月7日 | 追悼特別番組 | 久米さんを振り返る特別番組をTBSラジオが放送 |
放送期間は約14年と紹介されることが多いものの、開始日の2006年10月7日から最終回の2020年6月27日までは、厳密には約13年9か月です。TBSラジオの番組審議会議事録や、終了時の報道でも、この長期にわたる放送の実績が確認できます。
【番組内容】久米宏らしさが際立った生中継と自由なトーク
「ラジオなんですけど」の特徴は、ニュースを単に読み上げるのではなく、久米さん自身の視点で社会や世の中の動きを捉え直すスタイルにありました。
番組は土曜日の午後1時から午後2時55分までの約2時間の生放送。開始当初は、テレビについて考えることを出発点にしながら、映画、音楽、社会問題、身近な話題まで幅広いテーマを取り上げていました。
番組の主な特徴は、次の3点です。
- 冒頭の街頭中継・フリートーク:赤坂周辺などからの中継を交え、久米さんが現場の様子や時事問題について語りました。スタジオで情報を伝えるだけではなく、街の音やその場の空気も番組の一部にしていました。
- 「今週のスポットライト」:著名人だけでなく、専門分野や現場で経験を積んだ人にも話を聞くゲストコーナーです。TBSラジオの番組審議会議事録では、人物の知名度だけにこだわらず、話す価値のある経験に耳を傾ける企画として紹介されています。
- 時事問題とリスナーの参加:政治や社会の動きから日常の話題まで、リスナーの意見を交えながら考える構成でした。久米さんの見解を一方的に伝えるだけでなく、異なる立場や意見を意識する余地がありました。
番組の魅力は、テレビのように映像や画面上の情報に頼らず、声と言葉だけで場面を想像させる点にもありました。街頭中継では、久米さんが目の前の光景を言葉にすることで、聴取者がその場にいるかのような感覚を得られます。
一方、久米さんの発言は、歯に衣着せぬ物言いや皮肉を交えることでも知られていました。予定調和の進行よりも、本人の視点や話の流れを生かす構成だったため、テレビのニュース番組とは違った距離感で楽しめるラジオになっていたのです。
【歴代出演者】小島慶子・堀井美香から最終回の伊集院光まで
番組の中心にいたのは、もちろんパーソナリティーの久米宏さんです。しかし、約14年の放送を支えたのは、アシスタントとの掛け合いやゲストとの対話でもありました。
初代アシスタントは小島慶子2006年10月の放送開始時にアシスタントを務めたのは、当時TBSのアナウンサーだった小島慶子さんです。久米さんの自由なトークに対し、番組の進行を支えながら、自分の言葉でも会話に加わる役割を担いました。
小島さんは2009年3月28日の放送をもって番組を離れました。その後、TBSラジオの平日午後の番組「小島慶子 キラ☆キラ」などで活躍し、ラジオパーソナリティーとしても存在感を示しました。
2009年4月からは堀井美香が担当小島さんの後を引き継いだのが、TBSアナウンサーの堀井美香さんです。2009年4月から最終回まで、久米さんのアシスタントとして長年番組を支えました。
堀井さんの役割は、単に原稿を読むことや進行を補助することにとどまりません。久米さんの話を受け止め、時には相づちや問いかけを通じて、リスナーが話の流れをつかみやすくする存在でした。長年のコンビネーションも番組を特徴づける要素の一つです。
最終回のゲストは伊集院光2020年6月27日の最終回には、TBSラジオで長く活躍してきた伊集院光さんがゲストとして出演しました。コーナー「今週のスポットライト」で、ラジオというメディアの魅力や、パーソナリティーとリスナーの関係などをテーマに語り合いました。
最終回の2日前にあたる6月25日には、久米さんが伊集院さんの番組「伊集院光とらじおと」に出演しています。お互いの番組にゲストとして登場する形になり、ラジオの現場を知る2人が、番組を続けることや終えることの意味を率直に語る機会となりました。
最終回の出演者を含め、番組の歩みを振り返る際には、久米さんだけでなく、小島さん、堀井さん、そして最後の対話相手となった伊集院さんの存在も欠かせません。
【終了理由】久米宏本人が語った「辞める決断」の背景
番組終了の理由を理解するうえで重要なのは、2020年6月6日の生放送で久米さん本人が説明した内容です。TBSラジオと所属事務所との話し合いで終了が決まったのは、同年1月上旬だったと明かしました。
終了は局側が突然一方的に決めたものとして発表されたわけではありません。久米さんは、自分自身の意思も決定に含まれていたと説明しています。
理由の一つは、本人が感じていた集中力の変化久米さんが具体的に挙げたのは、年齢を重ねるなかで、自分でも気になる言い間違いが増えたことでした。本人は、以前なら起きなかったような単純な間違いや、集中力・根気の衰えを感じていたと説明しています。
生放送は、事前に収録した音声を編集する番組とは異なり、その場で話を組み立て、状況に応じて言葉を選ぶ必要があります。ニュースや社会問題を扱いながら、即興性の高いトークを続ける久米さんにとって、自分が納得できる水準を保てるかどうかは、番組を続けるうえで大きな判断材料だったと考えられます。
「下り坂になる前に辞める」という仕事観もう一つの重要な理由が、番組を終えるタイミングについての久米さん自身の考え方です。本人は、番組の勢いが落ちてから終了するより、良い状態のうちに区切りをつけるほうが望ましいという持論を語りました。
これは単純な年齢の問題だけではありません。長く続けた番組に対して、視聴者・聴取者が持つ印象や、制作スタッフが積み上げてきた仕事の価値をどう残すかという、出演者としての美学にもつながっています。
一方、終了が決まった時期については、発表が6月になったことも注目されました。久米さんは、もっと早く伝えるつもりだったものの、新型コロナウイルスの感染拡大などが重なり、報告のタイミングを逃してしまったと説明しています。
こうした経緯から見ると、終了をめぐる核心は、単なる番組改編や人気低下だけでは説明できません。久米さん本人が自分の仕事の質をどう評価し、どの時点で区切りをつけるべきだと考えたのか。その判断が、終了を理解するうえで重要な要素になっています。
【評判を検証】高く評価された点と、好みが分かれた理由
「ラジオなんですけど」の評判を考える際には、久米さんの知名度だけでなく、番組の内容や話し方に対する評価を見る必要があります。
最初に、番組は2007年度の第44回ギャラクシー賞で、久米さんがラジオ部門DJパーソナリティー賞を受賞するなど、放送活動の面で評価を受けました。TBSラジオの番組審議会議事録でも、番組の内容が聴いた人の記憶に残る点や、久米さんがラジオで楽しそうに話す姿が印象的だった点が評価されています。
評価されたのは、話し手の個性とテーマの幅広さ番組の長所は、ニュースの結論を簡潔に伝えるだけでなく、そこに至る背景や、世間で主流となっている見方とは異なる考え方も紹介するところにありました。
著名人へのインタビューだけでなく、専門家や現場を知る人の話も取り上げる構成は、日常のニュースを別の角度から考えるきっかけになります。約2時間という放送時間を使い、テーマを掘り下げられることも、ラジオならではの強みでした。
一方で、久米宏の語り口は好みが分かれた番組審議会の議事録には、久米さんの個性を受け入れられる人には楽しい一方、話し方が強く感じられる人には負担になり得るという趣旨の意見も記録されています。また、扱うテーマによっては、より踏み込んだ議論を求める声もありました。
つまり、誰にとっても同じように聴きやすい番組だったわけではありません。歯切れのよい意見や皮肉を面白いと感じる人がいる一方、話し手の主張が前面に出る構成を苦手とする人もいる。こうした評価の分かれ方そのものが、久米さんの個性を軸にした番組の特徴を示しています。
ネット上の評判を調べる際も、特定の投稿や一部の感想をリスナー全体の意見として扱うことはできません。番組審議会の記録や受賞歴、最終回での発言といった具体的な材料を合わせて見ることで、評価された部分と賛否が分かれた部分を整理できます。
【2026年最新情報】久米宏の訃報、追悼番組、後継番組の現在
2026年の「ラジオなんですけど」に関する大きなニュースは、久米宏さんの訃報と、TBSラジオによる追悼特別番組の放送です。
久米宏は2026年1月1日に81歳で死去久米宏さんは、2026年1月1日に肺がんのため81歳で亡くなりました。所属事務所が訃報を公表したのは同月13日です。TBS NEWS DIGやテレビ朝日などの報道各社も、所属事務所の発表に基づいて訃報を伝えました。
久米さんは、TBS時代の音楽番組やバラエティー番組で活躍した後、「ニュースステーション」のメインキャスターとして日本のテレビ報道に大きな足跡を残しました。その後、2006年からは「ラジオなんですけど」を通じ、ラジオならではの語りとリスナーとの関係を築いてきました。
2026年2月7日に追悼特別番組を放送TBSラジオは2026年2月7日午後1時から、「特別番組 久米宏 ラジオなんですけど」を放送しました。進行を務めたのは、長年アシスタントとして番組を支えた堀井美香さんです。
この特別番組は、終了から約5年半が経過した番組を、久米さんの訃報を受けて改めて振り返る機会になりました。レギュラー番組の復活ではなく、久米さんのラジオでの仕事や、過去の放送を振り返るための追悼企画です。
後継番組は「週末ノオト」2020年6月に「ラジオなんですけど」が終了した後、同じ土曜午後1時の放送枠を引き継いだのは、フォーリンラブのバービーさんがパーソナリティーを務める「週末ノオト」でした。放送開始日は2020年7月4日です。
「週末ノオト」は、本や映画、料理、地域のスポット、イベントなど、週末を楽しむための情報を紹介する番組としてスタートしました。久米さんの時事トークを中心としたスタイルとは方向性が異なり、同じ放送枠を使いながら新しい番組づくりを目指したものです。
ここで押さえておきたいのは、後継番組が存在することと、「ラジオなんですけど」そのものが継続していることは別だという点です。放送枠は引き継がれましたが、久米さんを中心とした番組は2020年6月27日に終了しています。2026年の追悼特別番組も、レギュラー放送への復帰とは異なります。
【プロの結論】ラジオなんですけどが残したもの
「ラジオなんですけど」の歴史から読み取れるのは、ラジオの魅力が情報量や話題の新しさだけで決まるわけではないということです。話し手が何を疑問に思い、どんな視点で物事を捉え、リスナーにどう語りかけるのか。その積み重ねが、番組の個性をつくります。
久米さんの番組は、時事問題を扱いながら、日常の話題や文化、ゲストの経験にも目を向けていました。結論を急ぐのではなく、話し手の考えを聞き、異なる意見と照らし合わせながら考える時間を提供していた点に特徴があります。
一方、終了の経緯が示すのは、長寿番組であっても、出演者が自らの仕事の質や続ける意味を見つめ直し、区切りを決める場合があるということです。久米さんは、番組を続けること自体を最優先するのではなく、自分が納得できる仕事をどう残すかという視点から判断しました。
番組の評価を知りたい人は、受賞歴だけで判断するのではなく、番組審議会での評価や、実際の放送内容、最終回の対話も合わせて振り返ると、番組が支持された理由と好みが分かれた理由の両方が見えてきます。
【ラジオなんですけど】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:ラジオなんですけどはいつからいつまで放送されましたか?
A1:2006年10月7日にスタートし、2020年6月27日に最終回を迎えました。約13年9か月にわたって放送されたTBSラジオの番組です。
Q2:ラジオなんですけどが終了した本当の理由は何ですか?
A2:久米宏さんは2020年6月6日の放送で、年齢に伴う集中力や根気の衰え、言い間違いが増えたことなどを理由の一つとして挙げました。また、番組が下り坂になる前に区切りをつけるという自身の考えも説明しています。
Q3:歴代アシスタントと最終回のゲストは誰ですか?
A3:初代アシスタントは小島慶子さんで、2009年4月からは堀井美香さんが担当しました。2020年6月27日の最終回には伊集院光さんがゲスト出演しました。
Q4:久米宏さんは2026年に亡くなったのですか?
A4:はい。久米さんは2026年1月1日に肺がんのため81歳で亡くなりました。所属事務所は同月13日に訃報を公表しています。
Q5:ラジオなんですけどの後継番組は何ですか?
A5:同じ土曜午後1時の放送枠で、2020年7月4日に「週末ノオト」がスタートしました。パーソナリティーはフォーリンラブのバービーさんです。
「久米宏 ラジオなんですけど」は、2006年10月7日から2020年6月27日まで、約14年にわたり放送されたTBSラジオの番組です。久米さんの独自の視点、街頭中継、幅広いテーマのトーク、ゲストとの対話が、番組ならではの魅力を生み出しました。
終了については、久米さん本人が集中力や根気の変化を説明するとともに、番組が下り坂になる前に辞めるという考えを明かしています。初代アシスタントの小島慶子さん、長年支えた堀井美香さん、最終回のゲストである伊集院光さんも、番組の歴史を語るうえで重要な存在です。
2026年には久米さんの訃報が公表され、TBSラジオが追悼特別番組を放送しました。レギュラー放送はすでに終了していますが、番組の記録や当時の発言をたどることで、久米さんがラジオというメディアに何を求め、どのようにリスナーと向き合っていたのかを改めて知ることができます。
番組を振り返る際は、終了理由に関する本人の説明、当時の公式記録、最終回の内容を手掛かりにするのが確実です。そうすることで、単なる懐かしの番組としてではなく、久米宏という話し手がラジオに残した仕事として、その価値を捉え直せます。