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石井大裕アナはTBS退社後どうなった?2026年最新の活動と転身理由を徹底解説

如月 拓 如月 拓 • 更新: • 公開: • 読了約 19 分
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2026年、TBSのスポーツ報道を支えてきた石井大裕(いしい・ともひろ)さんが、新たなキャリアを歩んでいます。2026年1月6日付でTBSテレビを退社し、自ら立ち上げた会社TOMODE BASEを拠点に、スポーツや日本文化を世界へ発信する事業に乗り出しました。さらに4月にはLOCOK陸上競技クラブのゼネラルマネジャー(GM)に就任し、5月には東レの特別番組「東レポ」に出演。8月には自身が初めてプロデュースした長編ドキュメンタリー映画の国際映画祭への出品も発表されました。

退社はなぜ決断されたのでしょうか。長年担当した「S☆1」を離れた理由や、世界陸上・WBC中継で培った経験、新会社TOMODE BASEの事業構想を整理すると、単にテレビ局を辞めたアナウンサーという枠には収まらない転身の全体像が見えてきます。2026年10月時点の公表情報と報道をもとに、石井大裕さんの現在、TBS退社の経緯、今後の活動を詳しく解説します。

【2026年最新】石井大裕アナウンサーはTBS退社後、現在何をしている?

石井アナウンサーtbs

石井大裕さんは、TBSを離れた後もスポーツや映像に関わる仕事を続けています。大きな変化は、番組に出演して情報を伝える立場から、自ら企画を生み出し、コンテンツを制作・発信する立場へと仕事の幅を広げたことです。

2026年10月時点で、主な活動として確認できるのは、株式会社TOMODE BASEの経営、LOCOK陸上競技クラブの運営、東レの動画企画への出演、そして日本文化を題材にしたドキュメンタリー映画のプロデュースです。

特に注目したいのが、アナウンサーとして培った取材力や発信力を、テレビ番組の枠外で活用している点です。スポーツ選手へのインタビューだけでなく、企業のものづくりや日本の職人文化を映像で伝える仕事にも取り組んでいます。

2026年5月21日には、東レの創立100周年記念企画「東レポ」の配信がスタートしました。東レの公式発表によると、石井さんは「エクスプローラー」として、社長へのインタビューや工場・研究所への取材、スポーツの現場でのリポートなどを担当します。単に企業の製品を紹介するのではなく、そこで働く人々や技術が社会にどのような価値を生み出しているのかを伝える企画です。

さらに6月29日には、ヨネックスが石井さんの会社TOMODE BASEとイベント出演契約を締結したと発表しました。石井さんは「ブランドオフィシャルMC」として、同社が企画・主催する大会やイベントで司会・アンバサダー活動を行う予定です。

これらの実績を見ると、石井さんはアナウンサーという職業そのものを捨てたのではなく、スポーツの現場で培った経験を、経営・制作・司会・教育支援へと横断的に展開していることが分かります。

【退社理由と経緯】石井大裕はなぜTBSを辞めたのか?

石井大裕さんのTBS退社について、スポニチアネックスは2026年1月1日、新会社の立ち上げに伴って同局を退社すると報道しました。記事では、石井さん本人がTBSについて、働きやすく、子育てに関する希望も聞いてもらえる会社だったと説明したうえで、大きな目標に挑戦したいという思いが強くなったと語っています。

つまり、報道で示された退社理由の中心は、会社への不満ではなく、自ら事業を立ち上げるためのキャリア上の決断です。TBSに残ってスポーツキャスターとして働く道もあったなかで、企画や制作、事業運営まで自分で担う道を選びました。

もう一つの重要な事情が、新会社の代表を務めることです。スポニチアネックスの報道では、TBSの社内規則上、社員と法人代表の兼務ができないことが、退社日と会社設立の関係として説明されています。新会社の経営者になる以上、局の社員という立場を離れる必要があったという構図です。

退社の経緯を時系列で整理すると、次のようになります。

時期 出来事 意味・背景
2010年 TBSテレビに入社 スポーツを中心に取材・中継・番組出演の経験を積む。
2022年4月 「S☆1」のキャスターを担当 スポーツニュースを通じて競技や選手の魅力を伝える。
2025年9月 東京2025世界陸上を取材・リポート 選手に寄り添うインタビューや現場での対応が話題になる。
2026年1月4日深夜 「S☆1」に最後の出演 番組卒業を報告し、スポーツへの思いを伝える。
2026年1月6日 TBSテレビを退社 新たな事業に挑戦するため、局アナウンサーとしてのキャリアに区切りをつける。
2026年1月 TOMODE BASEを立ち上げ スポーツや日本文化を世界へ発信するメディア事業を目指す。
2026年4月1日 LOCOK陸上競技クラブGMに就任 競技者を支える環境づくりやクラブ運営に携わる。
2026年5〜9月 「東レポ」の配信、映画の国際映画祭上映 企業取材や日本文化の映像制作へ活動を広げる。

退社直前の2026年1月4日深夜には、担当番組「S☆1」で卒業を報告しました。スポニチアネックスの記事によると、石井さんは大谷翔平選手や松山英樹選手、世界陸上の海外選手らを取材した経験を振り返り、選手たちが挑戦する姿から勇気をもらってきたと話しています。

ここで押さえておきたいのは、退社日が2026年1月6日付であることと、番組最終出演が1月4日深夜だったことは別の出来事だという点です。また、報道上の説明は新事業への挑戦が中心であり、退社を不祥事や番組内のトラブルと結びつける根拠は示されていません。

【プロフィール・経歴】石井大裕はどんなアナウンサーだった?

石井大裕さんは1985年6月5日生まれ、東京都出身。慶應義塾大学を卒業後、2010年にTBSテレビへ入社しました。2026年10月時点では41歳です。

特徴的なのは、アナウンサーになる前に本格的なテニス選手として活動していたことです。TBSの公式インタビューでは、12歳のときに松岡修造さんが主宰する「修造チャレンジ」に選ばれた経験や、海外でテニスに打ち込んだ学生時代について語っています。錦織圭選手と同じテニスの育成環境で練習した経験もあり、競技者としての視点を持ってスポーツ報道の世界に入りました。

テニスを続けた後、スポーツに関わる仕事を志すようになった石井さん。TBSのインタビューによれば、選手としての夢が一区切りを迎えた後、世界各地で挑戦を続けるアスリートの姿に触れ、再びスポーツに関わりたいという思いを強めたといいます。

入社後はスポーツ番組や報道番組を中心に活動。WBC(ワールド・ベースボール・クラシック)、サッカーW杯、オリンピック、アジア大会、世界陸上など、国内外の大きな競技イベントで司会やリポーターを務めました。

とりわけ「S☆1」は、スポーツの最新情報を伝えるだけでなく、選手へのインタビューや競技の背景を掘り下げる仕事を通じて、石井さんのキャスターとしての存在感を示した番組です。2022年4月からキャスターを務め、2026年1月の卒業までスポーツ報道の最前線に立ち続けました。

2025年9月の東京2025世界陸上では、競技後に悔しさから涙を流す男子110メートル障害の村竹ラシッド選手に対し、インタビュー終了後も声をかけ続ける姿が報じられました。競技結果を聞き出すだけでなく、選手の感情や努力にも目を向ける姿勢が注目された場面です。

また、世界陸上の中継では海外選手への取材も重ねてきました。TBSの公式インタビューでは、2013年から世界陸上に携わってきた経緯や、テニス選手時代に棒高跳びの名選手セルゲイ・ブブカ氏と縁を持ったエピソードも紹介されています。こうした競技への個人的な関心と、海外選手と直接コミュニケーションを取る力が、石井さんの取材スタイルを形づくってきました。

【TOMODE BASEとは】石井大裕が目指すスポーツメディア事業

TOMODE BASE(トモードベース)は、石井大裕さんが代表を務める会社です。退社にあたって報じられた事業構想は、石井さん自身が出演者兼プロデューサーとなり、スポーツや日本文化など、日本の優れたコンテンツを世界へ発信するメディア事業をつくることです。

テレビ局のアナウンサーは、取材や出演を通じて情報を届ける役割を担います。一方、会社を経営する立場になれば、どの題材を選び、誰と制作し、どの媒体で公開し、国内外の視聴者にどう届けるかまで関与できます。石井さんの転身は、伝え手としての仕事を続けながら、コンテンツの企画・制作側へ責任範囲を広げる選択と考えられます。

この方向性が具体的な作品として表れたのが、長編ドキュメンタリー映画「MITANI – The Mariage of Sushi」です。東京・四谷の鮨店「三谷」の店主、三谷康彦さんの仕事と、ニューヨークへの挑戦を描いた作品で、石井さんがエグゼクティブプロデューサーを務め、TOMODE BASEが制作を担いました。

2026年8月には、第74回サン・セバスチャン国際映画祭への正式招待が報じられ、同年9月23日に映画祭の「Culinary Zinema(料理と映画)」部門で上映されました。映画祭の公式作品情報にも、TOMODE BASEが制作会社として、石井さんが脚本クレジットにも名を連ねる人物として掲載されています。

この作品は、スポーツ報道とは異なる分野で、日本の職人の仕事や文化を海外の観客へ伝える試みです。石井さんが退社時に掲げた「日本の優れたコンテンツを世界に発信する」という構想が、映像作品という具体的な形になった事例といえます。

なお、国際映画祭への招待・上映と受賞は同じ意味ではありません。「MITANI – The Mariage of Sushi」はコンペティション対象の部門で上映されましたが、同部門の賞を受賞した作品は別の作品です。海外映画祭での上映実績と受賞歴を混同しないことが大切です。

今後の事業を考えるうえで注目されるのは、石井さんがスポーツだけに活動領域を限定していない点です。職人、企業、アスリートといった異なる題材を、取材と映像制作によって国内外へ届けることが、TOMODE BASEの方向性を理解する手がかりになります。

【LOCOK陸上クラブGM就任】石井大裕が陸上界で担う役割

石井大裕さんは2026年4月1日付で、株式会社LOCOKの取締役と、同社が運営するLOCOK陸上競技クラブのゼネラルマネジャー(GM)に就任しました。LOCOKは幼児教室「つくし会」などの教育事業を展開する企業で、代表取締役は石井さんの兄である石井大貴さんです。

LOCOKの公式発表では、同クラブの新体制として、女子競歩でオリンピック3大会連続出場を果たした岡田久美子さんが監督に、リオデジャネイロ五輪の女子1万メートル代表経験を持つ関根花観さんがアカデミーディレクターに就任しました。競歩の梅野倖子選手らを支える体制も整えられています。

4月21日に開かれた新体制発足会見で、石井さんはGMとして、選手や指導者の取り組みを通じて子どもたちに「やればできる」という実感を届けたいという趣旨を語りました。日刊スポーツの報道では、陸上界への恩返しに加え、選手が力を発揮できる環境を整えることへの意欲も伝えられています。

ここで重要なのは、GMの役割がアナウンサーとして競技を紹介する仕事とは異なる点です。選手を取材して競技の魅力を伝えることに加え、クラブの運営や活動方針、選手・指導者を支える環境づくりに関わります。競技の外側から、スポーツを継続的に支える仕事です。

石井さん自身はテニスの経験者であり、TBS時代には世界陸上をはじめ多くの競技現場を取材してきました。競技者として努力する側の視点と、メディアを通じてその努力を社会へ伝える視点の両方を持つことは、選手の価値を発信し、支援者や子どもたちとの接点を増やすうえで生かせる経験です。

また、LOCOKが教育事業を手がけていることも特徴です。トップアスリートの挑戦を、競技成績だけでなく、努力を積み重ねることや困難を乗り越えることを学ぶ機会につなげる構想は、スポーツと教育を結びつける取り組みです。石井さんの役割は、選手のマネジメントだけにとどまらず、競技を通じた社会への発信にも広がっています。

【TBS時代の評判と転身の意味】石井大裕の強みはどこにある?

石井大裕さんのTBS時代を振り返ると、競技の知識、選手との距離の近さ、海外選手への取材力が主な特徴として挙げられます。スポニチアネックスは、豊富な知識に裏打ちされた細かな情報や、2025年の東京世界陸上で選手に寄り添うリポートが注目されたと伝えています。

村竹ラシッド選手が男子110メートル障害で5位となり、レース後に涙を流した場面では、石井さんがインタビュー終了後も声をかける様子が報道されました。競技結果だけでは表現しきれない選手の悔しさや努力を受け止める姿勢は、取材対象との信頼関係が画面を通じて伝わった事例です。

一方で、テレビの生放送における評価は、個々のアナウンサーの能力だけで決まるものではありません。2025年9月に世界陸上の王者アルマンド・デュプランティス選手が情報番組「Nスタ」に出演した際には、通訳体制をめぐって番組の受け入れ態勢に批判が集まったと週刊女性PRIMEが報じています。この問題は番組全体の準備や進行にも関わるものであり、石井さん個人の取材力への評価とは分けて捉える必要があります。

石井さんのキャリアで見逃せないのは、アナウンサーとしての仕事と、制作・プロデュースへの関心が退社前からつながっていたことです。TBSの公式インタビューでは、スポーツ番組の制作や取材企画に関する経験が紹介されています。退社後に突然まったく別の分野へ移ったのではなく、放送局で身につけた企画・取材・伝達の力を、独立した事業へ発展させていると見ることができます。

この転身には、テレビ局の社員として番組に出演する働き方と、自分で企画を立ち上げ、制作物やイベントを通じて発信する働き方の違いも表れています。後者では、企画の自由度が高まる一方、制作体制の構築や事業の継続性、成果への責任も自ら引き受けることになります。

2026年の活動を見る限り、石井さんはスポーツ中継の経験を土台に、陸上クラブの運営、企業の映像企画、日本文化のドキュメンタリー制作へと領域を広げています。テレビ局の肩書を離れたことで、競技の現場を伝える仕事から、スポーツや文化の価値を生み出し、届ける仕事へと活動の軸が広がったことが、今回の転身の本質です。

【石井アナウンサー tbs】に関するよくある質問(FAQ)

Q1:石井大裕アナウンサーはTBSをいつ退社しましたか? A1:2026年1月6日付でTBSテレビを退社しました。最後の「S☆1」出演は1月4日深夜で、番組卒業を視聴者に報告しています。

Q2:石井大裕のTBS退社理由は何ですか? A2:報道によると、新会社TOMODE BASEを立ち上げ、自ら事業を経営するためです。本人はTBSへの感謝を示しながら、大きな目標に挑戦したいという思いを説明しています。

Q3:TOMODE BASEでは何をしていますか? A3:スポーツや日本文化など、日本の優れたコンテンツを世界へ発信するメディア事業を目指しています。2026年には長編ドキュメンタリー映画「MITANI – The Mariage of Sushi」の制作を手がけ、サン・セバスチャン国際映画祭で上映されました。

Q4:石井大裕は現在もアナウンサーの仕事をしていますか? A4:退社後も司会やリポートなどの発信活動を継続する方針が報じられています。2026年には東レの「東レポ」への出演や、ヨネックスのイベントにおけるブランドオフィシャルMCとしての活動が発表されています。

Q5:LOCOK陸上競技クラブでの役職は何ですか? A5:2026年4月1日付でGMに就任し、株式会社LOCOKの取締役も務めています。選手や指導者を支える環境づくり、クラブ運営、スポーツを通じた教育・社会への発信に関わっています。

Q6:石井大裕はどんなスポーツ経験がありますか? A6:学生時代にテニス選手として活動し、12歳のときに「修造チャレンジ」に選ばれた経験があります。TBS入社後はWBC、サッカーW杯、オリンピック、アジア大会、世界陸上などのスポーツ取材や中継を担当しました。

石井大裕さんは、2026年1月6日付でTBSを退社し、TOMODE BASEの代表として新たなキャリアをスタートさせました。退社の背景にあるのは、報道で説明された新会社の立ち上げと、自ら企画・制作・発信を担う事業への挑戦です。長年の勤務先に対する不満が退社理由だったとする説明は、主要な報道では示されていません。

退社後は4月にLOCOK陸上競技クラブGMへ就任し、5月には東レの「東レポ」に出演。6月にはヨネックスとのイベント出演契約が発表され、9月にはプロデュース作品「MITANI – The Mariage of Sushi」が国際映画祭で上映されました。スポーツ報道から陸上クラブ運営、企業取材、文化映像制作へと活動の幅が広がっています。

今後の動向を見る際には、単に「テレビに出ているかどうか」だけで判断するのではなく、どのような企画を生み出したのか、作品がどの媒体や地域に届けられたのか、スポーツや教育の現場にどのような形で関わっているのかに注目することが大切です。

石井大裕さんの転身は、アナウンサーとして培った取材力と伝える力を、経営や映像制作へつなげる試みです。2026年はその構想が具体的な活動として表れ始めた年であり、TOMODE BASEを通じた今後の作品や、LOCOK陸上競技クラブでの取り組みが、次のキャリアを読み解く重要な手がかりになりそうです。

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如月 拓

家計・住まい・制度の話題を担当。公的機関の公表資料と専門家の見解を照合し、推測と事実を分けて書きます。

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