男子棒高跳びの世界記録は、2026年10月現在、スウェーデンのアルマンド・デュプランティスが2026年3月12日に樹立した6m31です。世界陸連(World Athletics)の公式プロフィールにも、6m31が世界記録として掲載されています。
記録が生まれたのは、スウェーデンのウプサラで開催された室内大会「モンド・クラシック」。デュプランティスは、2025年9月の東京世界陸上でマークした6m30をわずか1cm上回り、自身15回目となる世界記録更新を達成しました。かつて男子棒高跳びを支配したセルゲイ・ブブカの時代から、デュプランティスが次々と記録を塗り替える現在まで、その歴史には競技技術の進歩とトップ選手の戦略が表れています。
【2026年最新】男子棒高跳びの世界記録は6m31!樹立した選手と大会

男子棒高跳びの世界記録保持者は、アルマンド・デュプランティス(Armand Duplantis)。愛称は「モンド」で、スウェーデン代表として国際大会に出場しています。1999年11月10日生まれで、2026年10月時点では26歳です。
世界陸連の選手プロフィールによると、デュプランティスの自己最高記録は6m31(2026年3月12日)。オリンピックと世界選手権で優勝を重ね、男子棒高跳びの世界記録を更新し続けている選手です。
記録が生まれたモンド・クラシックは、スウェーデンのウプサラで行われた室内大会です。デュプランティスは5m65、5m90、6m08をいずれも1回目で成功させ、優勝を確保した後、次の高さを世界記録となる6m31に設定しました。
そして、6m31も1回目で成功。世界陸連の大会レポートによれば、記録更新までの試技に失敗はありませんでした。6m08から6m31へと一気に高さを上げて挑戦した点も、この日の競技内容を象徴しています。
棒高跳びでは、選手がバーを越えられるかどうかだけでなく、どの高さから競技を始め、どの段階で記録更新に挑むかも勝負を左右します。デュプランティスは安定した試技で勝利を確保し、そのうえで世界記録に挑戦する流れを作りました。
【歴代記録の推移】ブブカからデュプランティスまで、世界記録はどう進化した?
男子棒高跳びの歴史を語るうえで欠かせないのが、セルゲイ・ブブカとルノー・ラビレニ、そしてデュプランティスです。世界記録は一度に大きく伸びるだけでなく、競技技術の進歩と選手同士の競争を背景に、数センチ単位で更新されてきました。
世界陸連の記録資料によると、ブブカは1980年代から1990年代にかけて、屋外で17回、室内で18回、合計35回の世界記録更新を記録しました。1985年には人類初の6m超えを達成し、1993年には室内で6m15、1994年には屋外で6m14をマークしています。
その後、2014年にフランスのルノー・ラビレニが室内で6m16を成功させ、ブブカの室内記録を1cm上回りました。2020年にはデュプランティスが6m17を記録し、新たな時代が始まります。
以下は、歴代の主要な記録と、2025年から2026年にかけての更新経緯を整理したものです。ブブカの時代には屋内・屋外で別々の世界記録が扱われていたため、当時の記録と現在の統一された記録を区別して見ることが重要です。
| 時期 | 選手 | 記録 | 主な出来事 |
|---|---|---|---|
| 1993年2月21日 | セルゲイ・ブブカ | 6m15 | 室内世界記録を樹立 |
| 1994年7月31日 | セルゲイ・ブブカ | 6m14 | 屋外世界記録を樹立 |
| 2014年2月15日 | ルノー・ラビレニ | 6m16 | ブブカの室内記録を更新 |
| 2020年2月8日 | アルマンド・デュプランティス | 6m17 | 新たな世界記録時代の始まり |
| 2025年6月15日 | アルマンド・デュプランティス | 6m28 | ストックホルムで更新 |
| 2025年8月12日 | アルマンド・デュプランティス | 6m29 | ブダペストで更新 |
| 2025年9月15日 | アルマンド・デュプランティス | 6m30 | 東京世界陸上の決勝で更新 |
| 2026年3月12日 | アルマンド・デュプランティス | 6m31 | ウプサラの室内大会で更新 |
この表から分かるのは、男子棒高跳びの記録が、ブブカの6m15・6m14の時代から、6m16、6m17を経て6m31まで進化してきたことです。ただし、ブブカの室内・屋外記録は当時の別区分であり、現在の世界記録と単純に同じ系列として数えることはできません。
記録の歴史を正確に追うには、選手名と高さだけでなく、記録が生まれた日付、開催地、屋内・屋外の区分、当時の公認ルールも合わせて確認する必要があります。
【東京世界陸上から1cm更新】6m30から6m31へ、何が起きたのか
2025年9月15日に東京で開催された世界陸上の男子棒高跳び決勝は、デュプランティスが世界記録を6m30へと押し上げた大会でした。世界陸連の公式結果では、デュプランティスが6m30で優勝し、ギリシャのエマヌイル・カラリスが6m00で2位に入っています。
6m30への挑戦は、デュプランティスにとって簡単な試技ではありませんでした。公式結果によると、6m30は3回目の試技で成功しています。それでも世界選手権の大舞台で世界記録を樹立し、優勝と記録更新を同時に成し遂げました。
それから約半年後の2026年3月12日、舞台は母国スウェーデンのウプサラへ移ります。モンド・クラシックで6m31を成功させ、東京での記録を1cm上回りました。
世界陸連の大会レポートとロイター通信の報道によると、6m31はデュプランティスにとってキャリア15回目の世界記録更新です。東京で6m30を跳んだ時点で終わりではなく、次の大会でさらに高いバーを越えたことになります。
ここで注目したいのは、更新幅がわずか1cmであることです。棒高跳びでは、選手が世界記録を更新するために、必ずしも大幅な高さの上昇を狙う必要はありません。現行記録を上回る高さを設定し、成功させれば新記録になります。
6mを超える領域では、わずかな高さの差でも要求される技術や試技の精度は非常に高くなります。1cmという数字は小さく見えますが、世界記録の更新という観点では、その1cmを越えられるかどうかが競技の歴史を変える境目になるのです。
【世界記録更新回数】デュプランティスはなぜ何度も記録を塗り替えられるのか
デュプランティスの世界記録更新は、2020年に6m17を記録したところから始まり、2026年3月の6m31で15回目に達しました。世界陸連の記録や大会レポートを見ると、彼の強さは単に高いバーを越える能力だけでなく、競技全体を安定して組み立てる力にも表れています。
第一の特徴は、助走から跳躍までの再現性です。 棒高跳びでは、助走で得た速度をポールに伝え、踏み切りから空中動作へとつなげます。助走が速くても踏み切りが合わなければ、ポールを適切に使えません。デュプランティスは、世界記録に挑む高いレベルでも、基礎となる試技を安定させています。
第二の特徴は、世界記録への挑戦を段階的に組み立てられることです。 ウプサラでは5m65、5m90、6m08を1回目で成功させた後、6m31に挑戦しました。先に勝利を確保し、試技の成功を重ねてから世界記録に照準を合わせる流れは、競技運営と技術の両面で重要です。
第三の特徴は、身体能力と技術の組み合わせです。 棒高跳びは短距離走のような助走速度、踏み切りの瞬発力、上半身の筋力、空中で身体を操作する能力が必要な競技です。どれか一つが優れているだけでは、6mを超える高さを安定してクリアすることは困難です。
一方、ブブカの記録更新回数とデュプランティスの更新回数を、そのまま数字だけで比較するのは適切ではありません。ブブカの35回は屋外17回と室内18回を合算したものです。世界陸連の歴史資料でも、ブブカは室内・屋外の両方で記録を更新した選手として紹介されています。
デュプランティスの15回は、現在の男子棒高跳びにおける世界記録更新の実績です。記録の区分や数え方が異なるため、単純に「35回の方が15回より優れている」と判断するのではなく、時代ごとの競技環境や記録の公認方法を考慮する必要があります。
【屋内と屋外の違い】棒高跳びの世界記録は別々なのか
棒高跳びの記録を調べる際に混乱しやすいのが、室内と屋外の区分です。ブブカの時代には、室内世界記録6m15と屋外世界記録6m14が別々に記録されていました。2014年にはラビレニが室内で6m16を成功させ、ブブカの室内記録を更新しています。
しかし、現在の男子棒高跳びでは、屋内・屋外を別々の世界記録として扱うのではなく、両方の環境を含めた一つの世界記録が公認されています。2026年3月の6m31は室内大会で生まれた記録ですが、男子棒高跳びの世界記録として扱われています。
つまり、「室内で跳んだ6m31だから屋外の世界記録とは別」という理解は正しくありません。現在の記録を確認する場合は、世界陸連の公式プロフィールや世界記録一覧に掲載された数値を基準にするのが確実です。
また、大会での記録には、世界記録(WR)、大会記録(CR)、エリア記録(AR)、国内記録(NR)、自己ベスト(PB)などの略号が使われます。東京世界陸上の6m30は、世界記録であると同時に大会記録でもありました。複数の略号が並んでいても、それぞれ異なる意味を持っています。
記録を比較するときは、高さだけでなく、どの記録区分に該当するのか、公式大会で認められた結果なのかを確認しましょう。動画やSNSで高い跳躍を見かけても、競技会の公式結果に掲載されていなければ、公認世界記録と同じ扱いにはなりません。
【6メートル超えの仕組み】ポールが曲がるのに、なぜ身体を高く持ち上げられるのか
棒高跳びで6mを超えるためには、ポールを単なる支柱ではなく、助走のエネルギーを利用する道具として使う必要があります。選手は助走で速度を得て、踏み切りと同時にポールを突き、ポールのしなりを利用して身体を高く持ち上げます。
基本的な動作は、助走、ポールの突き刺し、踏み切り、振り上げ、身体の反転、バーのクリアという順序で進みます。ポールが曲がるときにはエネルギーが蓄えられ、ポールが元の形に戻る過程で、そのエネルギーを利用して身体を上方へ移動させます。
ただし、ポールが強くしなれば必ず高く跳べるわけではありません。選手の体重、助走速度、ポールの硬さや長さ、握る位置、踏み切りのタイミングなどが合っていなければ、エネルギーを十分に高さへ変換できません。ポールの選択と操作も、競技技術の一部です。
バーを越える段階では、選手は身体を反転させ、バーを越えるための姿勢を作ります。身体の各部位を適切なタイミングで動かすことで、重心の位置と身体の形を調整し、バーに触れずにクリアすることを目指します。
6m31という記録は、単に6m31の高さまで身体を直線的に持ち上げるという意味ではありません。助走の速度、ポールの弾性、踏み切りの精度、空中での身体操作を連続した一つの動きにまとめることが大切です。
このため、棒高跳びは走力だけでも筋力だけでも成立しません。スプリント能力、瞬発力、体幹や上半身の強さ、空中での調整力を高い水準で組み合わせることが、世界トップクラスの跳躍につながります。
【男子世界記録と日本記録を比較】日本人選手が目指す高さは?
日本の男子棒高跳びでは、澤野大地が2005年に樹立した屋外日本記録5m83が重要な基準となっています。日本陸上競技連盟(JAAF)の過去の記録解説では、この記録と、山本聖途が2016年に樹立した室内日本記録5m77が紹介されています。
世界記録6m31と屋外日本記録5m83の差は、48cmです。棒高跳びでは数センチの更新にも高度な技術が必要となるため、この差は非常に大きいものです。
一方、日本の選手が世界の舞台で競い合ううえでは、世界記録だけを目標にするのではなく、自己ベストの更新、国際大会での決勝進出、入賞争いなど、段階ごとの目標を設定することも重要です。世界陸上では、予選を通過して決勝に進むこと自体が大きな関門になります。
2013年の世界陸上では、山本聖途が5m75で6位に入りました。日本陸連の大会記録解説でも、この結果は世界選手権における日本選手の男子棒高跳びの実績として取り上げられています。
世界記録と日本記録を比較する際には、屋外の記録同士を比べるのか、室内記録も含めるのかを明確にしましょう。日本の室内記録5m77と世界記録6m31を比べること自体は可能ですが、歴代記録を整理する際には、競技環境と記録区分を揃えて考える必要があります。
【男子棒高跳び世界記録】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:2026年現在の男子棒高跳び世界記録は何メートルですか?
A1:6m31です。スウェーデンのアルマンド・デュプランティスが2026年3月12日、ウプサラのモンド・クラシックで成功させました。世界陸連の公式プロフィールにも世界記録として掲載されています。
Q2:デュプランティスは何回世界記録を更新していますか?
A2:2026年3月12日の6m31が、キャリア15回目の世界記録更新です。なお、セルゲイ・ブブカは屋外17回、室内18回の計35回記録を更新しており、当時と現在では記録の区分や数え方が異なります。
Q3:男子棒高跳びの屋外日本記録は何メートルですか?
A3:澤野大地が2005年に樹立した5m83です。山本聖途は2016年に室内日本記録5m77を樹立しています。現在の世界記録6m31と屋外日本記録5m83の差は48cmです。
2026年10月現在、男子棒高跳びの世界記録はアルマンド・デュプランティスが2026年3月12日に樹立した6m31です。2025年の東京世界陸上で6m30を記録してから、約半年でさらに1cm更新しました。これがキャリア15回目の世界記録更新となりました。
歴史を振り返ると、セルゲイ・ブブカが6m超えの時代を切り開き、ルノー・ラビレニが6m16を記録し、デュプランティスが6m17から6m31まで記録を伸ばしてきました。室内・屋外の記録区分や公認方法の違いを理解することは、歴代記録を正確に比較するうえで欠かせません。
今後の男子棒高跳びを観戦する際は、世界記録の高さだけでなく、選手の試技内容、記録更新までの過程、大会の公式結果にも注目してみてください。6m31を超える跳躍が実現するかどうか、そして次の1cmがいつ生まれるのか。デュプランティスの挑戦は、男子棒高跳びの歴史がまだ進行中であることを示しています。