ホーム スポーツ 本田圭佑のワールドカップ成績を徹底解説!通算4得点・3大会連続ゴールと2026年の現在

本田圭佑のワールドカップ成績を徹底解説!通算4得点・3大会連続ゴールと2026年の現在

長友 宏 長友 宏 • 更新: • 公開: • 読了約 21 分
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本田圭佑は、ワールドカップで日本サッカー史に何を残したのか。2010年南アフリカ大会、2014年ブラジル大会、2018年ロシア大会の3大会に出場した本田は、通算10試合で4得点を記録。日本代表のW杯歴代最多得点者として、今もその名前を刻んでいる。加えて、3大会連続ゴールだけでなく、3大会連続で得点とアシストの両方を記録した世界でも限られた選手の一人だ。

2026年の北中米ワールドカップでは、選手としてピッチに立つのではなく、解説者として日本代表の戦いを伝えた。NHKや日本テレビ系の中継で見せた分析力も注目を集め、選手時代とは異なる立場から日本サッカーの現在地を語っている。過去3大会の成績、伝説的な得点シーン、背番号の変遷、代表引退をめぐる発言、そして2026年の解説活動まで、FIFAの大会記録や日本サッカー協会の資料、各社の報道をもとに整理する。

【結論】本田圭佑はワールドカップで何を残したのか

ワールドカップ本田圭佑

本田圭佑のW杯での価値を、単純にゴール数だけで測ることはできない。4得点という数字に加え、異なる3大会で結果を残し、先発出場が中心だった時期から途中出場で流れを変える役割まで経験したことが、彼のキャリアを特徴づけている。

FIFAの大会記録では、本田は2010年から2018年までの3大会で計10試合に出場し、4得点を記録した。日本代表のW杯通算得点記録において、2026年大会終了時点でも本田の4得点は歴代最多だ。2026年大会では鎌田大地、上田綺世、前田大然、堂安律らがそれぞれ2得点を記録したが、本田の記録を上回る選手は現れなかった。

特筆すべきなのは、得点を決めた大会が連続している点だ。南アフリカ大会ではカメルーンとデンマーク、ブラジル大会ではコートジボワール、ロシア大会ではセネガルからゴールを奪った。いずれもアフリカの代表チームが相手だったという共通点もある。

加えて、本田はゴールだけでなく、味方の得点を生み出すアシストでも結果を残した。2018年大会では途中出場から大迫勇也の決勝点をアシストし、続くセネガル戦で自ら同点ゴールを決めている。得点力とチャンスメークの両面で、3大会連続の実績を残した選手は世界的にも限られる。

本田の功績を理解するうえでは、記録と試合状況を分けて見ることが大切だ。2010年には攻撃の中心としてチームを引っ張り、2014年にはチームが苦境に陥る中でも得点を挙げ、2018年にはベンチから試合に影響を与えた。同じ4得点でも、その意味は大会ごとに異なっている。

【大会別成績】南アフリカ・ブラジル・ロシアの3大会を比較

本田圭佑のワールドカップ成績を大会別に見ると、日本代表の躍進と停滞、そして再浮上という流れが浮かび上がる。2010年と2018年はベスト16進出、2014年はグループステージ敗退だった。本田個人は3大会すべてで得点を挙げている。

大会 出場試合数 得点・アシスト 日本代表の結果 主な実績
2010年 南アフリカ 4試合 2得点・1アシスト ベスト16 カメルーン戦の決勝点、デンマーク戦のFK弾
2014年 ブラジル 3試合 1得点・1アシスト グループステージ敗退 コートジボワール戦の先制点
2018年 ロシア 3試合 1得点・1アシスト ベスト16 セネガル戦の同点弾、コロンビア戦のアシスト
通算 10試合 4得点・3アシスト ベスト16が最高成績 3大会連続ゴール・3大会連続アシスト

※大会別の出場数・得点はFIFAの大会記録などをもとに整理。アシストは各大会の記録を合算したもので、集計基準によって扱いが異なる場合がある。

2010年南アフリカ大会は、本田が世界的な知名度を獲得した大会だった。日本はカメルーン、オランダ、デンマークと同じグループに入り、厳しい戦いが予想されていた。その中で本田は初戦のカメルーン戦で決勝点を記録。デンマーク戦でも無回転のフリーキックを決め、3-1の勝利と決勝トーナメント進出に貢献した。

2014年ブラジル大会では、初戦のコートジボワール戦で先制ゴールを記録した。日本はその後逆転されて敗れ、続くギリシャ戦は引き分け、最終戦のコロンビア戦にも敗れてグループステージで姿を消した。チーム全体の結果は厳しかったが、本田はコロンビア戦で岡崎慎司のゴールをアシストするなど、攻撃面で存在感を示した。

2018年ロシア大会では、かつてのように全試合で先発する立場ではなく、途中出場から結果を求められる役割を担った。コロンビア戦で大迫勇也の決勝点をアシストし、セネガル戦では同点ゴールを決めた。日本はベルギーとの決勝トーナメント1回戦で2-3と敗れたものの、本田は3大会連続のゴールとアシストを達成して大会を終えた。

この3大会を通じて見えるのは、本田が特定の戦術や出場形態に依存せず、異なる役割で結果を残したことだ。先発として試合を動かす力と、途中出場から局面を変える力。その両方をW杯の舞台で示した点が、通算成績の数字以上に評価される理由になっている。

【名場面】W杯通算4ゴールと3アシストを振り返る

本田圭佑のW杯を語るとき、最初に思い浮かぶのは南アフリカ大会のゴールだろう。しかし、4得点を時系列で追うと、単なる名場面の集合ではなく、日本代表の試合運びを左右した重要なプレーの連続だったことが分かる。

1.2010年・カメルーン戦――世界に名前を知らしめた一撃

2010年6月14日のカメルーン戦で、本田は前半に決勝点を決めた。松井大輔のクロスを受け、相手守備陣の前でボールを収めて左足でゴール。日本は1-0で勝利した。大会初戦で勝ち点3を獲得したことは、その後のグループ突破に向けて大きな意味を持った。

このゴールが重要だったのは、得点そのものだけではない。日本は守備を整えながら少ないチャンスを確実に生かす戦い方を求められていた。本田は前線でボールを収め、決定機を仕留める役割を果たし、攻撃の基準点となった。

2.2010年・デンマーク戦――無回転FKと冷静なアシスト

デンマーク戦では、本田が直接フリーキックを決めた。遠距離から放たれたボールは独特の軌道でゴールに向かい、GKを破った。この試合では遠藤保仁もフリーキックを成功させ、日本は3-1で勝利。決勝トーナメント進出を決めた。

本田はさらに岡崎慎司の得点をアシストし、1試合でゴールとアシストの両方を記録した。強烈なシュートだけでなく、試合の状況を見て味方に好機を渡す判断力も発揮した一戦だった。

3.2014年・コートジボワール戦――苦境の中で奪った先制点

ブラジル大会の初戦、本田はコートジボワールを相手に先制ゴールを決めた。左足で相手ゴールに突き刺した一撃は、チームの攻撃力を印象づけるものだった。しかし、日本は後半に立て続けに失点し、1-2で逆転負けを喫した。

この試合は、本田個人の活躍とチームの結果が必ずしも一致しないことを示した象徴的な場面でもある。個人が得点を挙げても、試合全体の流れや守備の安定性が崩れれば勝利にはつながらない。2014年大会を振り返る際には、この両面を見る必要がある。

4.2018年・セネガル戦――途中出場から決めた同点弾

ロシア大会のセネガル戦で、本田は後半に途中出場し、同点ゴールを決めた。日本は2度リードを許したが、そのたびに追いつき、試合は2-2で終了。本田の得点は、チームが勝ち点を獲得するうえで重要な役割を果たした。

このゴールによって、本田は3大会連続で得点を記録した。さらに同大会のコロンビア戦では大迫の決勝点をアシストしており、ロシア大会でも得点とアシストの両方を記録したことになる。

本田の4ゴールには、試合を決める得点、チームを前進させる得点、劣勢を立て直す得点という異なる意味がある。名場面を振り返るときは、映像のインパクトだけでなく、そのゴールが試合結果や大会の流れにどう影響したのかにも注目したい。

【歴代記録】3大会連続ゴールとアシストはどれほどすごいのか

本田圭佑のW杯記録で、通算4得点と並んで重要なのが、2010年、2014年、2018年の3大会連続でゴールを決めたことだ。FIFAの記録紹介では、本田は日本人選手として初めてW杯3大会連続ゴールを達成した選手として扱われている。

ワールドカップは4年に一度の大会だ。代表に選ばれ続けるだけでも難しく、選手の年齢、所属クラブでの出場機会、コンディション、代表監督の戦術など、多くの条件が重なる。加えて、出場するだけでなく得点を記録するには、限られた試合数の中で決定的な仕事をする必要がある。

本田は3大会すべてでゴールを決めただけでなく、3大会連続でアシストも記録した。FIFAは、ゴールとアシストの両方を3大会連続で記録した選手として、本田を世界史上6人目に挙げている。また、アジア人選手としては、W杯3大会連続アシストを記録した初の選手とされる。

得点記録だけを見ると、本田の功績はストライカーとしての決定力に集約されるように見える。しかし、アシストも含めると、彼がチームの攻撃を完結させるだけでなく、味方の得点機会を生み出していたことが分かる。特に2018年大会では、途中出場という限られた時間の中で結果を残した。

日本代表のW杯歴代記録を比較するときは、得点数だけでなく出場大会数や出場時間も考慮したい。本田は10試合で4得点を挙げているが、4得点のうち2得点は2010年大会に集中し、その後の2大会でも1得点ずつ積み上げた。初出場の大会で結果を出し、次の大会でも得点を続けたことが、3大会連続ゴールという記録を支えている。

ただし、歴代選手を比較する際には注意も必要だ。大会ごとに試合数や出場方式、代表チームの戦力、選手に求められる役割は異なる。得点数は重要な指標だが、それだけで選手の優劣を断定することはできない。本田の記録は、個人の決定力と長期間にわたる代表での貢献を示す実績として捉えるのが適切だ。

【背番号の経緯】18番から4番へ、本田圭佑が選んだ番号

本田圭佑のW杯での背番号は、2010年南アフリカ大会が18番、2014年ブラジル大会と2018年ロシア大会が4番だった。クラブでは10番を背負った時期もある本田だが、W杯では一般的な攻撃的MFのイメージとは異なる番号を選んでいた。

日本サッカー協会の「背番号の歴史」に関する特集によると、本田は2010年大会で18番を着用。その後、2012年のキリンチャレンジカップでアゼルバイジャン代表と対戦した際には、与えられた番号ではなく、自分が好きな番号を着けたかったという趣旨の説明をしており、4番を選んだ経緯が紹介されている。

2014年と2018年のW杯では、その4番を継続して着用した。番号の変更を特別な戦術的理由や験担ぎに結びつける必要はない。本人が好む番号を選び、それを大舞台でも使い続けたという経緯が確認できる。

背番号は選手の役割を理解するための手がかりにはなるが、プレーの内容を決定するものではない。本田の場合、18番を着けていた2010年大会で攻撃の中心となり、4番を着けた2014年大会でも得点を記録し、2018年大会では途中出場から結果を残した。番号が変わっても、攻撃の局面で試合を動かすという役割は一貫していた。

また、クラブで10番を着けた経験と、代表のW杯で4番を選んだ経緯を混同しないことも大切だ。クラブと代表では登録番号の事情が異なり、背番号だけから選手の序列や戦術上の位置づけを断定することはできない。

【引退理由と真相】2018年が最後のW杯になった背景

本田圭佑は2018年ロシア大会のベルギー戦後、「これが僕自身にとって最後のW杯になる。4年後は考えられない」という趣旨の発言をし、次の大会を目指さない考えを示した。この発言は、W杯からの引退を意味するものだったが、サッカー選手としての活動を直ちに終えるという意味ではなかった。

当時の報道によると、本田は代表引退については大会直後に明言を避け、今後の現役生活やサッカーとの関わり方を整理したいという姿勢を示していた。つまり、「W杯に出るのは最後」という意思と、「選手生活を終える」という決断は別のものだった。

その後、本田は2018年8月にオーストラリアのメルボルン・ビクトリーへの加入を発表した。AFP通信などの報道によると、本人はロシア大会後に現役引退を考えていたものの、ケビン・マスカット監督の言葉を受けて考えを変えたと説明している。W杯で区切りをつける考えはあったが、サッカーそのものから離れる選択をしたわけではなかった。

2019年の日刊スポーツのインタビュー記事では、本田はW杯に出場すること自体を目標にするのではなく、優勝を目指す姿勢を貫きたいという考えを語っている。4年後の大会を目指す場合、出場することだけが目標になってしまうのなら意味がないという趣旨だ。後輩に道を譲り、日本代表がさらに前進することを重視した考えが読み取れる。

この発言から見えてくるのは、年齢だけが引退の理由だったわけではないということだ。W杯は4年に一度しかない。出場できるかどうかだけでなく、チームをどこまで押し上げられるかという基準で自分の役割を考えていた。代表に残ることそのものを目的にせず、若い選手に次の挑戦を託す姿勢も、決断の背景にあったと考えられる。

なお、「2018年にW杯を引退した」という表現は、正確には「2018年大会が本田にとって最後のW杯になった」という意味で使うのが適切だ。代表活動とクラブでの現役生活は別であり、ロシア大会後も本田は海外クラブでプレーを続けた。

【2026年最新】本田圭佑の解説活動と評判、ブラジル戦で語った日本の課題

2026年の北中米ワールドカップで、本田圭佑は選手ではなく解説者として日本代表の試合を伝えた。NHKは2026年5月21日、日本戦の中継を担当する解説者を発表。本田は4年ぶりにW杯の解説に戻ることになり、本人も「戻ってきました」とコメントしていた。

本田は2022年カタール大会でABEMAの解説を務め、選手としての経験に基づく率直な分析や、試合への熱のこもった反応で話題になった。日刊スポーツやデイリースポーツなどは、ドイツ戦での戦術的な指摘や、選手と同じ目線で試合を追う解説が視聴者から好評を得たと報じている。

一方、解説者としての評価が常に一様だったわけではない。2022年大会の決勝ではアルゼンチンへの強い肩入れが目立ち、報道では盛り上がりを評価する意見と、対戦相手への配慮を求める意見の双方が取り上げられた。率直さや感情表現は本田の持ち味であると同時に、視聴者によって評価が分かれる要素でもある。

2026年大会では、日本代表のグループステージ3試合に加え、決勝トーナメント1回戦のブラジル戦でも解説を担当した。日本はグループステージを突破したものの、2026年6月30日、日本時間の試合でブラジルに1-2で敗れ、ラウンド32で大会を終えた。

日刊スポーツなどの報道によると、本田はブラジル戦後、日本の戦術やチームとしての試合運びを高く評価する一方、世界トップとの差として個人の能力向上を挙げた。組織的な戦い方が機能しても、相手が試合中に戦術を修正し、個の力で局面を打開してくれば、それに対応しなければならないという分析だった。

この指摘は、選手時代の本田がW杯で経験してきたこととも重なる。2010年には少ないチャンスを生かして勝ち上がり、2014年には個人が得点してもチームとして結果を残せず、2018年には途中出場から試合を動かした。2026年の解説では、そうした経験を持つ元選手として、日本代表の戦いを組織力と個人能力の両面から評価していた。

2026年10月時点で振り返ると、本田のW杯における役割は、選手としての記録から解説者としての分析へと広がっている。選手時代の経験を伝えるだけでなく、勝敗を分けた要因を具体的に指摘し、日本代表が次に改善すべき課題を言語化する。W杯の舞台に3度立った経験が、現在の発信に独自の説得力を与えている。

【ワールドカップ本田圭佑】に関するよくある質問(FAQ)

Q1:本田圭佑のワールドカップ通算ゴール数は何点ですか?

A1:通算4得点です。2010年南アフリカ大会で2得点、2014年ブラジル大会で1得点、2018年ロシア大会で1得点を記録しました。2026年大会終了時点でも、日本代表のW杯歴代最多得点記録を保持しています。

Q2:本田圭佑はW杯で何大会連続ゴールを決めましたか?

A2:2010年、2014年、2018年の3大会連続です。さらに3大会すべてでアシストも記録し、3大会連続でゴールとアシストの両方を達成した世界史上6人目の選手として知られています。

Q3:本田圭佑のW杯通算アシスト数はいくつですか?

A3:大会別の記録を合算すると3アシストです。2010年、2014年、2018年の各大会でアシストを記録し、2018年大会ではコロンビア戦で大迫勇也の決勝点をアシストしました。

Q4:本田圭佑はなぜ2018年大会を最後のW杯にしたのですか?

A4:本人は、4年後のW杯を目指すことが出場するだけの目標になってしまうのは望ましくないという考えを示していました。W杯優勝を目指す姿勢を貫き、若い世代に道を譲るという思いも背景にありました。ただし、W杯への出場を終えたことと、現役引退は別の決断でした。

Q5:本田圭佑は2026年ワールドカップで解説を担当しましたか?

A5:はい。NHKや日本テレビ系の中継で日本代表の試合を解説し、ブラジルとの決勝トーナメント1回戦でも分析を伝えました。ブラジル戦後には、日本の組織的な戦い方を評価しながら、世界トップとの差として個人能力の向上を挙げています。

Q6:本田圭佑のW杯での背番号は何番でしたか?

A6:2010年南アフリカ大会では18番、2014年ブラジル大会と2018年ロシア大会では4番でした。日本サッカー協会の特集では、本田が好きな番号を着けたいという理由から4番を選んだ経緯が紹介されています。

本田圭佑がワールドカップに残した実績は、3大会・10試合で4得点3アシストという数字に集約される。しかし、本当に注目すべきなのは、2010年の主力としての活躍、2014年の苦境の中での得点、2018年の途中出場からの貢献という、異なる状況で結果を残したことだ。

3大会連続ゴールに加え、3大会連続で得点とアシストの両方を記録した実績は、日本代表の歴史に残る。背番号18から4番への変遷や、2018年大会を最後のW杯と決めた背景をたどると、本田が代表での立場を固定せず、自分に求められる役割と向き合ってきたことも見えてくる。

2026年大会では、解説者として日本代表の試合を分析し、ブラジル戦後には組織力と個人能力の差を指摘した。選手としてW杯を経験した人物だからこそ、戦術の機能だけでなく、勝負を決める個人の技術や判断力にも踏み込んで語れる。

本田圭佑のW杯を振り返る際には、ゴール数だけで評価を終えないことが大切だ。得点とアシストの両面、試合状況に応じた役割、そして大会後に残した分析までを合わせて見ることで、その功績をより正確に理解できる。選手として残した記録と、解説者として伝える経験の双方が、これからの日本サッカーを考える手がかりになっている。

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芸能ニュースの編集歴11年。所属事務所の公式リリース、番組公式サイト、配信サービスの告知だけを一次情報として照合し、発表日を明記して掲載します。

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