元関脇・宝富士大輔は、2026年現在、年寄「桐山」を襲名し、伊勢ヶ濱部屋で後進の指導にあたっています。2025年9月場所を最後に約16年半の現役生活に幕を下ろし、2026年5月31日には東京・両国国技館で引退相撲と断髪式を開催しました。
断髪式では、元横綱・白鵬や師匠、同郷の力士らが別れのはさみを入れ、最後は育ての親でもある先代師匠の宮城野親方(元横綱・旭富士)が止めばさみを担当。涙が止まらなくなった姿や、長男・次男との最後の取組も大きな話題になりました。現役引退の理由、本名や最高位、妻との馴れ初め、子どもたちとのエピソードまで、公式プロフィールと報道をもとに整理します。
【2026年最新】宝富士大輔は現在何をしている?桐山親方としての新生活

宝富士大輔の現在の肩書は、年寄「桐山」です。日本相撲協会の公式プロフィールには、四股名の宝富士、本名の杉山大輔、所属部屋の伊勢ヶ濱、そして現在の年寄名である桐山が記載されています。
引退と年寄襲名は、2025年10月1日に日本相撲協会の理事会で承認されました。伊勢ヶ濱部屋も同日、宝富士の引退と桐山襲名を正式に発表しています。現役力士としての活動を終えた一方、相撲界を離れたわけではありません。
今後の役割は、現役時代に身につけた技術や経験を次の世代へ伝えることです。伊勢ヶ濱部屋は襲名発表の際、後進の育成に尽力する方針を示しました。長く幕内で戦った経験、とりわけ左四つの型を磨いてきた実績は、若い力士を指導するうえで生かせる財産です。
2026年5月31日の引退相撲は、現役生活を締めくくり、親方として新たな歩みを始める節目となりました。現在の宝富士を知るうえでは、引退後の肩書だけでなく、どのような経緯で土俵を去り、どんな思いで断髪式を迎えたのかを押さえることが大切です。
【2026年5月31日】宝富士の引退相撲と断髪式で涙があふれた理由
宝富士の引退相撲は、2026年5月31日、東京・両国国技館で行われました。昨年9月の秋場所を最後に現役を引退してから約8か月。長年結ってきた大銀杏を切り落とす断髪式には、関係者や親交のある力士ら約300人が参加しました。
報道によると、はさみを入れた顔ぶれには元横綱・白鵬、同郷の元小結・阿武咲、豊昇龍、安青錦らが名を連ねました。長年のライバルや仲間、相撲界で縁を結んだ人々が集まり、土俵上で戦ってきた年月を振り返る機会になりました。
なかでも注目を集めたのが、母親と先代師匠の宮城野親方がはさみを入れた場面です。宝富士は涙をこらえきれず、母親がはさみを入れた際には、泣きすぎてコンタクトレンズを片方落としたというエピソードも報じられました。長い現役生活を支えてきた家族への感謝が、表情に表れた場面でした。
最後に大銀杏へ止めばさみを入れたのは、先代師匠の宮城野親方です。ここで注意したいのは、宮城野親方と元横綱・白鵬は別人だという点です。宮城野親方は元横綱・旭富士で、宝富士がかつて師事した人物。白鵬も断髪式ではさみを入れましたが、最後の一太刀を担当したのは宮城野親方でした。
この止めばさみは、現師匠の伊勢ヶ濱親方(元横綱・照ノ富士)の提案によって実現したと、日刊スポーツなどが報じています。先代師匠から「よく頑張った。誇れる相撲取りだった」といった趣旨の言葉をかけられた宝富士は、現役時代にはあまり褒められた記憶がなかったと振り返り、感極まった様子を見せました。
本人は、先代と現師匠の両方に見守られて締めくくれたことについて「いいとこ取りというか、最高です」と語っています。師匠から弟子へ、そして現役力士から指導者へ。断髪式は、髪を切る儀式であると同時に、宝富士が相撲界で築いてきた師弟関係を象徴する場にもなりました。
もう一つの見どころは、息子2人との最後の取組です。長男・慶丞くんと次男・凛丞くんを相手に相撲を取り、最後は2人に送り出されました。報道では、2人とも相撲道場に通っていると伝えられています。左四つを得意とした父に対し、息子たちは押し相撲が持ち味とされ、親子の違いも話題になりました。
【引退理由と経緯】宝富士はなぜ38歳で現役を退いたのか
宝富士の引退理由について、2025年10月の引退会見で本人が明かしたのは、身体が思うように動かなくなったことと、けがが増えてきたことでした。突然の引退発表に見えたとしても、実際には長年の蓄積と身体の状態を踏まえた決断でした。
引退直前の2025年秋場所では、東十両12枚目で5勝10敗。太もものけがもあり、思うような相撲を取り切れなかったことが心残りだったと話しています。次の場所では幕下へ陥落する可能性も高まっており、秋場所を終えた翌日に師匠へ引退を相談したと、スポニチなどが報じています。
宝富士は引退会見で「休む時は引退する時」という考えを明かしました。2009年1月場所の初土俵から、現役最後の場所まで休場せずに出場を続けた姿勢は、キャリアを理解するうえで欠かせません。
本人は、できる限り現役を続けたかったものの、けがが増え、自分の相撲が取れなくなったため、ここで区切りをつけるべきだと判断したと説明しています。引退を決めた際には「やり切った」という思いがあり、悔いはないとも語りました。
引退後の進路についても、相撲界から離れるのではなく、年寄・桐山として後進の指導にあたる道を選択しました。現役時代に積み重ねた経験や、休まず努力を続ける姿勢を若い力士に伝えていくことが、これからの仕事になります。
【本名・最高位・成績】宝富士大輔のプロフィールと現役時代の歩み
宝富士大輔の本名は杉山大輔。1987年2月18日生まれで、青森県北津軽郡中泊町の出身です。近畿大学を卒業後、2009年1月場所で初土俵を踏み、2011年7月場所で新入幕を果たしました。
得意技は左四つと寄り。相手の懐に左を差し、組んでから圧力をかける相撲を持ち味としていました。最高位は2016年9月場所の西関脇です。幕内優勝こそありませんが、幕内で長年にわたり土俵を務め、金星3個と敢闘賞1回を記録しています。
日本相撲協会の公式プロフィールで確認できる主な経歴と戦績は、次のとおりです。
| 項目・時期 | 内容 | 注目ポイント |
|---|---|---|
| 生年月日 | 1987年2月18日 | 2026年10月現在39歳 |
| 出身地・本名 | 青森県北津軽郡中泊町・杉山大輔 | 青森県出身の元関脇 |
| 初土俵 | 2009年1月場所 | 近畿大学卒業後に入門 |
| 新十両 | 2010年9月場所 | 関取としての第一歩 |
| 新入幕 | 2011年7月場所 | 幕内での長期活躍につながる転機 |
| 新三役 | 2015年7月場所 | 小結に昇進 |
| 最高位 | 西関脇・2016年9月場所 | 現役時代の最高到達点 |
| 生涯戦歴 | 678勝720敗・99場所 | 約16年半にわたる現役生活 |
| 幕内戦歴 | 544勝626敗・78場所 | 幕内で長く土俵を務めた |
| 主な受賞歴 | 敢闘賞1回・金星3個 | 幕内優勝はなし |
| 引退・襲名 | 2025年9月場所限りで引退、年寄「桐山」を襲名 | 伊勢ヶ濱部屋で後進を指導 |
特筆すべき記録は、初土俵から引退までの連続出場1398回です。日刊スポーツやスポニチの報道では、約16年半の現役生活で一度も休場しなかったことが紹介されています。相撲は一番ごとの勝敗が注目される競技ですが、宝富士の場合は、長期間にわたり土俵に立ち続けた継続力そのものも大きな実績でした。
また、宝富士は横綱・稀勢の里や大関・豪栄道らと同世代の「花のロクイチ組」の一人です。近畿大学から角界へ進み、関取として定着し、三役まで上り詰めた歩みは、大学相撲からプロの大相撲へ進む力士のキャリアを考えるうえでも参考になります。
出身地の青森県とのつながりも印象的です。2016年5月場所では、同じ中泊町出身の元関脇・出羽の花である出来山親方がNHKの解説を務めるなか、宝富士は白星を挙げました。取組後には、同郷の先輩が解説席にいたことが気合につながったという趣旨のコメントを残しています。地元の子ども相撲大会で先輩と記念撮影した思い出もあり、故郷の相撲文化が本人の歩みを支えてきたことがうかがえます。
【結婚・妻・子ども】宝富士を支えた家族と長男・次男との最後の一番
宝富士は2017年9月11日に結婚し、2019年2月16日に都内のホテルで挙式・披露宴を開きました。妻は英莉乃さんで、披露宴には師匠の伊勢ヶ濱親方や元横綱・日馬富士、横綱・白鵬ら約450人が出席。長男も参加し、家族3人で門出を祝いました。
2人の馴れ初めについては、週刊文春の2024年の報道が伝えています。同誌によると、出会いは2015年秋ごろ、後援会関係者を交えた食事会でした。宝富士が妻に一目惚れし、交際に発展したとされています。妻は宝富士より6歳年下と報じられました。
結婚披露宴では、宝富士が妻に向けてレミオロメンの「3月9日」を歌ったエピソードも伝えられています。本人は、家族を守るために番付を上げ、三役へ返り咲きたいという決意を語っていました。家族を持ったことが、現役時代の責任感を語るうえで印象的な出来事になっています。
子どもについては、報道では2男1女と伝えられています。2026年5月31日の引退相撲で最後の取組に登場したのは、長男の慶丞くんと次男の凛丞くんでした。2人とも都内の相撲道場に通っていると報じられ、父親と土俵で相撲を取るという特別な機会を迎えました。
引退相撲では、長男・次男との取組を終えた宝富士が、最後は2人に送り出されました。現役力士としての最後の土俵で、家族と向き合う時間を設けたことは、断髪式と並ぶ象徴的な場面でした。子どもたちの将来については、相撲を続けるかどうかを含め、本人たちの進路を決めつけることはできません。
なお、妻や子どもたちの生活について、報道で紹介された内容以上の詳細は広く公表されていません。家族の話題を追う際には、披露宴や引退相撲で明らかになったエピソードと、私生活に関する推測を区別して理解することが大切です。
【愛称「パンダ」「角界のマツコ」】宝富士の人柄と相撲界に残したもの
宝富士には「パンダ」「角界のマツコ」「たーたん」といった愛称があります。なかでも「角界のマツコ」は、タレントのマツコ・デラックスに顔立ちが似ていることから広まりました。2011年の新入幕時には師匠が「マツコ富士に改名しようか」と冗談を飛ばしたというエピソードも、スポニチなどの報道で紹介されています。
親しみやすい愛称とは対照的に、土俵上では左四つから寄る堅実な相撲を持ち味としていました。華やかな一発の技だけで勝負するのではなく、自分の型を磨き、長く幕内に居続けたことが宝富士の特徴です。幕内在位78場所という数字は、最高位だけでは測れない競技者としての持続力を示しています。
もう一つ見逃せないのが、青森県出身の力士を次の世代につなぐという視点です。2026年5月31日の断髪式後、日刊スポーツの報道では、宝富士が青森出身力士の歴史を途絶えさせないよう、地元の子どもたちを角界に迎えたいという考えを語ったことが紹介されました。自らの経験を部屋の指導だけでなく、故郷の相撲文化の継承にも生かそうとしている姿が見えてきます。
伊勢ヶ濱部屋には、相撲の技術だけでなく、稽古への向き合い方や日々の積み重ねを伝える役割もあります。宝富士は会見で、約16年半の経験と部屋の伝統を伝え、コツコツ取り組むことや真面目さを教えていきたいという抱負を語りました。連続出場記録を持つ本人だからこそ、言葉だけでなく、これまでの歩みを通して示せる教訓があります。
【プロの結論】宝富士の引退から見える「現役の終わり」と指導者の始まり
宝富士の引退を理解するうえで重要なのは、最高位の西関脇という肩書だけで評価しないことです。幕内優勝はなかったものの、幕内在位78場所、通算678勝、連続出場1398回という実績があります。長期にわたり同じ型を磨き、身体の状態と向き合いながら土俵に立ち続けたことは、数字にも表れています。
引退理由も、単に年齢を重ねたからという話ではありません。けがが増え、思うように相撲を取れなくなり、最後の場所を終えて自ら区切りを決断したという経緯があります。「休む時は引退する時」という考え方は、休場せずに出場を続けてきた宝富士らしい言葉です。一方で、身体の限界を認めて次の道へ進むことも、長く競技を続ける人にとって大切な判断です。
2026年5月31日の断髪式は、その決断を周囲と共有する場になりました。母親のはさみに涙し、先代師匠の言葉に感極まり、息子たちとの最後の取組で土俵を締めくくった一連の場面は、宝富士の力士人生が個人の勝敗だけで成り立っていたわけではないことを伝えています。
今後の桐山親方を評価する際には、すぐに新たな関取を育てたかどうかだけで判断するのではなく、どのような指導を行い、どんな経験を次世代へ伝えていくのかに注目したいところです。長年土俵に立った力士が指導者となることで、技術や精神面の経験が部屋の財産として受け継がれていきます。
【宝富士大輔】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:宝富士大輔は2026年現在、何をしていますか?
A1:年寄「桐山」として伊勢ヶ濱部屋に所属し、後進の指導にあたっています。2025年10月1日に引退と襲名が承認され、2026年5月31日には両国国技館で引退相撲と断髪式を行いました。
Q2:宝富士大輔の引退理由は何ですか?
A2:本人は、身体が思うように動かなくなったことや、けがが増えて自分の相撲が取れなくなったことを理由に挙げています。2025年秋場所を終えた後、現役生活に区切りをつけることを決断しました。
Q3:宝富士大輔の本名と最高位は?
A3:本名は杉山大輔です。最高位は2016年9月場所の西関脇で、得意技は左四つと寄りでした。
Q4:宝富士大輔の妻や子どもについて教えてください。
A4:2017年9月11日に英莉乃さんと結婚し、2019年2月に挙式・披露宴を行いました。報道では2男1女の父親とされ、2026年5月の引退相撲では長男・慶丞くん、次男・凛丞くんと最後の取組を行いました。
Q5:断髪式で最後にはさみを入れたのは白鵬ですか、宮城野親方ですか?
A5:最後に止めばさみを入れたのは、元横綱・旭富士の宮城野親方です。元横綱・白鵬も断髪式に参加してはさみを入れていますが、両者は別人です。
Q6:「角界のマツコ」と呼ばれたのはなぜですか?
A6:タレントのマツコ・デラックスに顔立ちが似ていることから付いた愛称です。宝富士本人の相撲は、左四つからの寄りを軸とする堅実なスタイルでした。
宝富士大輔は、最高位・西関脇まで上り詰め、通算678勝720敗、幕内在位78場所、連続出場1398回という実績を残しました。けがの増加と身体の衰えを理由に2025年9月場所で現役を引退し、年寄「桐山」として伊勢ヶ濱部屋で後進の指導にあたっています。
2026年5月31日の引退相撲では、白鵬ら旧知の力士がはさみを入れ、先代師匠の宮城野親方が止めばさみを担当しました。母親や師匠の前で涙を流した姿、長男・次男との最後の取組は、長い現役生活の締めくくりを象徴する出来事でした。
現在の桐山親方に期待されるのは、自らの経験を若い力士に伝え、伊勢ヶ濱部屋の伝統と故郷・青森の相撲文化を次世代につなぐことです。現役時代に積み上げた記録だけでなく、これからどのような力士を育てていくのか。その歩みこそ、引退後の宝富士大輔を知るうえで注目したいポイントです。