スノーボード界で世界的な知名度を誇る平野歩夢選手。北京2022冬季オリンピックの男子ハーフパイプで金メダルを獲得した彼には、同じくスノーボードやスケートボードに取り組んできた兄・平野英樹さんと弟・平野海祝選手がいます。新潟県村上市で育った三兄弟は、幼少期から互いに刺激を受けながら、それぞれの競技人生を歩んできました。
2026年10月現在、歩夢選手はミラノ・コルティナ2026冬季オリンピックの男子ハーフパイプで7位に入賞。連覇は逃したものの、大会直前の大けがを乗り越えて五輪の舞台に立ちました。一方、英樹さんと海祝選手も、それぞれ異なる形で競技と向き合っています。三兄弟の年齢差、家族構成、父・英功さんの支え、北京五輪の成績、そして2026年の最新動向を整理します。
【平野歩夢の兄弟構成】英樹・歩夢・海祝の年齢とプロフィール

平野家の息子は3人です。長男が平野英樹さん、次男が平野歩夢選手、三男が平野海祝選手。3人とも新潟県村上市にゆかりがあり、幼少期からスケートボードやスノーボードに親しんできました。
日本オリンピック委員会(JOC)の選手プロフィールや全日本スキー連盟(SAJ)の競技者データバンクに掲載された生年月日を基にすると、2026年10月28日時点の年齢は次のとおりです。
| 人物 | 生年月日 | 2026年10月28日時点の年齢 | 主な競技・実績 |
|---|---|---|---|
| 長男・平野英樹 | 1995年7月1日 | 31歳 | 12歳でプロスノーボーダーに。スケートボードでも活動 |
| 次男・平野歩夢 | 1998年11月29日 | 27歳 | 北京五輪スノーボード男子ハーフパイプ金メダル |
| 三男・平野海祝 | 2002年10月14日 | 24歳 | 北京五輪スノーボード男子ハーフパイプ9位 |
年齢差を誕生日ベースで計算すると、英樹さんと歩夢選手は約3年5か月、歩夢選手と海祝選手は約3年11か月です。生まれた年だけで見れば、それぞれ4年差になります。
なお、長男の生年月日はSAJの競技者データバンク、歩夢選手と海祝選手の生年月日はJOCの公式プロフィールなどで確認できます。年齢を紹介する際は、単に「4歳差」とするよりも、誕生日に基づく実際の差を押さえると正確です。
【三兄弟それぞれの経歴】プロスノーボーダーの兄と五輪金メダリストの弟たち
長男・平野英樹:幼少期から頭角を現したプロスノーボーダー平野英樹さんは、歩夢選手が競技を始めるきっかけになった存在です。日本テレビのスポーツ番組による三兄弟の特集では、英樹さんが当時最年少となる12歳でプロスノーボーダーになった経歴が紹介されています。
2000年代にはジュニア世代の有望選手として注目され、弟たちとともにスノーボードとスケートボードの両方に取り組んでいました。歩夢選手が幼い頃から兄の滑りを見て成長したことを考えると、英樹さんは単なる兄というだけでなく、競技の世界を身近に感じさせた先輩でもありました。
現在の英樹さんについては、歩夢選手や海祝選手ほど競技成績が継続的に報じられているわけではありません。2025年には三兄弟でスケートボードを楽しむ姿が新潟のテレビ局の取材で紹介され、2026年4月にも兄弟そろってトークイベントに登場しています。現在の活動を、かつての競技実績だけで判断することはできません。
次男・平野歩夢:五輪3大会連続メダルから2026年の7位入賞へ歩夢選手は1998年11月29日生まれ。新潟県村上市出身で、スノーボードのハーフパイプを主戦場としてきました。4歳からスケートボードとスノーボードを始め、小学4年生でメーカーとプロ契約を結ぶなど、早い時期から世界を意識した競技生活を送っています。
五輪では2014年ソチ大会で銀メダルを獲得し、2018年平昌大会でも銀メダルを獲得。2022年北京大会では金メダルに輝きました。加えて、2021年の東京五輪ではスケートボードのパーク種目にも出場しています。夏季と冬季の両方の五輪に挑んだ経歴は、歩夢選手の競技人生を特徴づけるものです。
北京大会で披露した高難度のトリックは、ハーフパイプの競技水準を押し上げる演技として高く評価されました。2026年のミラノ・コルティナ大会では連覇こそ逃しましたが、五輪での実績と国際大会で積み重ねてきた経験は、引き続き日本のスノーボード界を代表するキャリアとなっています。
三男・平野海祝:北京五輪で世界を驚かせた大型エア2002年10月14日生まれの海祝選手は、兄・歩夢選手の活躍を見て競技への意欲を高めた選手です。日本大学在学中に北京2022冬季オリンピックの代表に選ばれ、初出場ながら男子ハーフパイプで9位に入りました。
北京大会で特に注目されたのは、空中へ高く飛び出すエアの高さです。日本テレビなどの報道では、約7.4メートルのエアが大きな話題となりました。歩夢選手が高難度のトリックを組み合わせた完成度の高いランで勝負する一方、海祝選手は高さとダイナミックさを印象づけ、独自の存在感を示しました。
海祝選手は兄の実績を追うだけの存在ではありません。全日本選手権や国際大会で経験を積み、2025/2026シーズンのSAJ強化指定選手にも選ばれています。兄弟で同じ種目に取り組みながら、異なる持ち味を磨いてきた点が特徴です。
【平野兄弟が競技を始めた経緯】父・英功さんと村上市のスケートパーク
三兄弟の原点を語るうえで欠かせないのが、父・英功さんと地元の練習環境です。平野家は新潟県村上市で暮らし、子どもたちは幼い頃からスケートボードとスノーボードの両方に取り組んできました。
スポーツ専門メディアのREAL SPORTSなどの取材によると、父の英功さんはサーフィンに関心を持ち、夏場のトレーニングにもつながるスケートボードに着目しました。当時、県内に十分なスケートボードの練習施設がなかったことから、自ら環境を整える方向へ動いたといいます。
日本テレビの特集では、英功さんが約800万円を投じてスケートパークをつくった経緯が紹介されています。現在の村上市スケートパークにつながる施設は、三兄弟が技術を磨くための重要な場所でした。雪のある季節はスノーボード、雪のない季節はスケートボードという練習のサイクルが、幼少期から身についていたのです。
練習環境が整っていたとはいえ、競技生活は決して容易ではありませんでした。日本テレビの取材では、英樹さんが、リフト券を買えずに歩いて山を登り、滑走を繰り返した時期を振り返っています。競技を続けるための費用や移動、練習量の確保など、トップ選手になるまでには家族の支えと本人たちの努力が必要でした。
歩夢選手が兄の背中を追って競技を始め、海祝選手も兄たちの存在から刺激を受けたことは、三兄弟のキャリアをつなぐ大きな要素です。ただし、同じ家庭で育ったからといって、全員が同じ結果を出すわけではありません。それぞれが得意とする技や競技への向き合い方を磨いたことが、現在の違いにつながっています。
【平野兄弟の五輪成績を比較】北京2022とミラノ・コルティナ2026の結果
三兄弟の五輪実績を比較すると、オリンピックでメダルを獲得した歩夢選手と、初出場で9位に入った海祝選手の違いが分かります。英樹さんはプロスノーボーダーとして早くから活躍しましたが、五輪代表として出場した経歴は確認できません。
| 大会 | 平野歩夢 | 平野海祝 | 平野英樹 |
|---|---|---|---|
| ソチ2014 | 男子ハーフパイプ銀メダル | 出場なし | 出場なし |
| 平昌2018 | 男子ハーフパイプ銀メダル | 出場なし | 出場なし |
| 東京2020 | スケートボード・パーク14位 | 出場なし | 出場なし |
| 北京2022 | 男子ハーフパイプ金メダル | 男子ハーフパイプ9位 | 出場なし |
| ミラノ・コルティナ2026 | 男子ハーフパイプ7位、86.50点 | 兄と同大会の五輪出場は確認されず | 出場なし |
歩夢選手はソチ、平昌、北京と冬季五輪で3大会連続のメダルを獲得し、2026年のミラノ・コルティナ大会で4大会連続のメダル獲得を目指しました。JOCの公式記録によると、2026年大会の最終成績は86.50点で7位入賞です。
一方、海祝選手の北京大会9位は、初めての五輪で決勝に進出し、世界のトップ選手と競い合った結果です。歩夢選手の金メダルと単純に比べるのではなく、五輪出場経験や競技歴の違いも踏まえて評価する必要があります。
なお、五輪の順位は、その大会での滑走の完成度や得点を示すものであり、選手としての将来性や競技人生全体の価値を直接決めるものではありません。ハーフパイプではトリックの難度だけでなく、高さ、回転、着地の安定性、演技全体の完成度などが評価に関わります。
【ミラノ・コルティナ2026の平野歩夢】7位入賞と大けがからの復帰
2026年2月のミラノ・コルティナ冬季オリンピックは、歩夢選手にとって厳しい状況で迎えた大会でした。日刊スポーツやスポーツニッポンなどの報道によると、歩夢選手は同年1月のワールドカップで転倒し、骨盤や鼻骨を骨折するけがを負いました。一時は五輪出場も心配されましたが、リハビリを経て本番の舞台に立ちました。
男子ハーフパイプ決勝は現地時間2月13日に行われ、歩夢選手は2回目の試技で86.50点をマーク。最終順位は7位でした。北京大会の金メダリストとして連覇を狙っていましたが、4大会連続のメダル獲得には届きませんでした。
大会では戸塚優斗選手が95.00点で金メダル、オーストラリアのスコッティ・ジェームズ選手が93.50点で銀メダル、日本の山田琉聖選手が92.00点で銅メダルを獲得しています。歩夢選手の86.50点は表彰台に届かなかったものの、深刻なけがから復帰して高難度の技に挑んだことが報じられました。
この結果を、単に「金メダルを取れなかった大会」と見るのは適切ではありません。競技者にとっては、けがの状態を見極めながら安全性と技の難度をどう両立させるかも重要です。歩夢選手は厳しいコンディションのなかで競技を完走し、五輪4大会連続出場というキャリアを重ねました。
今後については、2026年4月のトークイベントで、歩夢選手が2030年フランス・アルプス冬季オリンピックを見据える可能性に触れつつ、新しい挑戦を探すことにも関心を示したと日刊スポーツが報じています。次の五輪を目指すのか、それとも別の目標へ向かうのか。競技人生の次の段階を考える時期に入っています。
【平野兄弟の現在】2026年の活動と兄弟仲のエピソード
歩夢選手:五輪後の進路を模索2026年10月現在、歩夢選手は北京五輪の金メダリストであり、ミラノ・コルティナ五輪でも7位入賞を果たしたトップライダーです。ただし、次の大会に向けた具体的な進路については、2026年4月の報道で本人がまだ考えを整理している段階だと伝えられています。2030年大会への再挑戦と、新たな分野への挑戦の双方が選択肢になっています。
英樹さん:弟たちの原点となった兄英樹さんは、幼少期からスノーボードの世界で頭角を現し、歩夢選手が競技を始めるうえで大きな影響を与えました。現在の競技活動の詳細は限定的ですが、2025年には三兄弟でスケートボードを楽しむ姿が報じられ、2026年4月のイベントにも参加しています。過去の競技実績だけでなく、兄弟で同じ時間を過ごす姿も紹介されています。
海祝選手:兄とは異なるスタイルで競技を継続海祝選手は、北京五輪での9位入賞を経て、国際大会や国内大会で経験を重ねてきました。2025/2026シーズンのSAJ強化指定選手にも名を連ねており、今後の成長が期待される選手の一人です。歩夢選手と同じハーフパイプを主戦場としながら、高さや独自のスタイルを持ち味にしています。
兄弟仲は?競技を通じて続くつながり平野兄弟の関係について、スポーツニッポンは2026年2月の報道で、子どもの頃は兄弟げんかも多かった一方、現在は仲が良いと伝えています。2025年12月には両親も交えて食事をしたことが紹介され、兄弟の会話はスノーボードやスケートボードなど、いわゆる「横乗り」の話題が中心だと報じられました。
また、2025年8月には三兄弟がそろってスケートボードを楽しむ様子が新潟のテレビ局の取材で紹介され、2026年4月にも兄弟でイベントに出演しました。別々の競技キャリアを歩みながらも、共通の競技文化が兄弟のつながりを保つ役割を果たしているようです。
ただし、兄弟仲を語るうえで、家族のプライベートな会話や生活のすべてが公開されているわけではありません。公に報じられたエピソードから分かるのは、競技を共通の話題としながら、互いの活動を応援し合う関係が続いているということです。
【スノボ平野兄弟】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:スノボ平野兄弟は何人兄弟ですか?
A1:3人兄弟です。長男が平野英樹さん、次男が平野歩夢選手、三男が平野海祝選手です。3人とも新潟県村上市にゆかりがあり、スノーボードやスケートボードに取り組んできました。
Q2:平野歩夢と平野海祝の年齢差は何歳ですか?
A2:歩夢選手は1998年11月29日生まれ、海祝選手は2002年10月14日生まれです。2026年10月28日時点では歩夢選手が27歳、海祝選手が24歳で、誕生日ベースの年齢差は約3年11か月です。
Q3:平野英樹さんもオリンピックに出場していますか?
A3:英樹さんは12歳でプロスノーボーダーになった経歴を持ちますが、歩夢選手や海祝選手のような五輪出場歴は確認できません。三兄弟のなかで五輪に出場したのは、歩夢選手と海祝選手です。
Q4:平野歩夢選手のミラノ・コルティナ2026の結果は?
A4:男子ハーフパイプで86.50点を記録し、7位に入賞しました。北京大会の金メダリストとして連覇を目指しましたが、2026年1月のワールドカップで負ったけがから復帰しての出場となり、メダルには届きませんでした。
Q5:平野兄弟の父親はどんな人物ですか?
A5:父の英功さんはサーフィンに関心を持ち、息子たちが練習できる環境づくりにも力を注いだ人物です。報道では、約800万円を投じてスケートパークを整備した経緯が紹介されています。三兄弟の競技人生を語るうえで欠かせない存在です。
スノボ平野兄弟は、長男・英樹さん、次男・歩夢選手、三男・海祝選手の三兄弟です。2026年10月28日時点では31歳、27歳、24歳。幼少期から同じ競技環境で育ちながら、それぞれ異なるキャリアを築いてきました。
歩夢選手はソチ・平昌での銀メダル、北京での金メダルを経て、ミラノ・コルティナ2026では7位に入賞しました。大けがを乗り越えて出場した大会は、結果だけでなく、競技を続けることの難しさも浮き彫りにしました。海祝選手は北京五輪で9位に入り、独自のスタイルを磨いています。英樹さんは弟たちの競技の原点となった存在であり、現在も兄弟でスケートボードに関わる姿が報じられています。
三兄弟の実績を比較する際は、五輪メダルの数だけでなく、競技を始めた時期、出場した大会、得意とする技、けがからの復帰、そしてそれぞれのキャリアの段階を合わせて見ることが大切です。同じ環境で育ったからこそ互いに刺激を受けながらも、異なる道を選んできた平野兄弟。今後の歩夢選手の進路と、英樹さん・海祝選手それぞれの活動にも注目が集まります。