秋山成勲(あきやま・よしひろ)は、柔道で培った技術を武器に総合格闘技の世界へ進み、HERO'Sの世界王者に輝いた格闘家です。韓国ではチュ・ソンフン(추성훈)の名前で知られ、格闘技だけでなく、バラエティー番組やYouTubeでも存在感を発揮してきました。妻はモデルのSHIHO、娘はサランです。
2026年10月28日現在、秋山成勲は現役最後の試合に向けて準備を進めています。11月21日に韓国・ソウルで開催される「BLACK COMBAT 17」では、元UFCファイターのクリス・リーベンと対戦する予定です。16年前の敗戦を経て実現する一戦は、長い格闘家人生を締めくくる大舞台として注目されています。
【2026年最新】秋山成勲の現在は?引退試合と今後の活動

2026年の秋山成勲を語るうえで最大のニュースは、現役最後とされる総合格闘技の試合です。韓国の格闘技団体BLACK COMBATは、秋山とクリス・リーベンの対戦を発表しました。試合は2026年11月21日、韓国・ソウルの高尺スカイドームで開催される「BLACK COMBAT 17」で行われる予定です。
秋山は1975年7月29日生まれ。2026年10月28日現在、51歳です。対戦相手のリーベンは元UFCファイターで、秋山がUFCで戦っていた時代を知る選手でもあります。両者の再戦は約16年ぶり。過去に敗れた相手との対決という点でも、キャリアの節目にふさわしいカードとなりました。
格闘技専門メディアのeFightやゴング格闘技は、この試合を秋山の引退試合として報道しています。一方、本人が発信してきた言葉は「最後の挑戦」や「最終章」といった表現です。現役生活を終える予定であることと、芸能活動やYouTubeまで全面的に引退することは、分けて考える必要があります。
実際、2026年8月には、最後の試合に集中するためタレント活動を一時休止すると報じられました。長年にわたって韓国のバラエティー番組にも出演してきた秋山が、試合前の時間をトレーニングに振り向ける判断をしたことになります。
直近の総合格闘技の試合は、2022年3月のONE Championshipでの青木真也戦です。秋山はこの試合でTKO勝ちを収めました。2024年にはキックボクサーのニキー・ホルツケンと特殊ルールの試合を行い、敗れていますが、これは通常の総合格闘技戦とは区別すべき対戦です。
つまり、2026年の秋山は単にテレビで見かける元格闘家ではありません。51歳で最後の大一番に挑む現役ファイターであり、長年築いてきた知名度と競技経験の両方を背負ってリングに戻ろうとしています。
【柔道から総合格闘技へ】秋山成勲の経歴と戦績を年表で整理
秋山成勲は1975年7月29日、大阪府大阪市生野区に生まれました。在日韓国人四世として育ち、柔道家だった父の影響も受けながら競技に打ち込みます。柔道で日本代表を目指す道を選んだことが、その後の国籍の選択や日本・韓国双方での評価にもつながりました。
朝鮮日報日本語版の過去のインタビューによると、秋山は韓国の釜山市庁柔道チームで競技生活を送った後、日本に帰化。2002年の釜山アジア大会では日本代表として出場し、男子81キロ級で金メダルを獲得しました。韓国で競技を続けた経験と、日本代表として結果を残した経験の両方が、彼の柔道家としての歩みを形づくっています。
2004年のアテネ五輪代表選考で敗れた後、秋山は総合格闘技への転向を決断します。柔道の投げ技や組み技を生かしながら、打撃や寝技への対応を身につけ、HERO'S、UFC、ONE Championshipと舞台を広げていきました。
主な経歴を時系列で整理すると、次のとおりです。
| 時期 | 出来事 | 主な実績・意味 |
|---|---|---|
| 1975年7月29日 | 大阪府大阪市生野区に誕生 | 柔道家としての原点を築く |
| 2001年ごろ | 日本に帰化 | 日本代表として競技を続ける道を選択 |
| 2002年 | 釜山アジア大会 | 日本代表として男子81キロ級で金メダルを獲得 |
| 2004年以降 | 総合格闘技へ転向 | 柔道からプロ格闘技へキャリアを転換 |
| 2006年 | HERO'Sで世界王者に | ライトヘビー級世界王者として名を残す |
| 2006年12月〜2007年1月 | 桜庭和志戦と裁定変更 | クリーム使用問題で失格、試合はノーコンテストに |
| 2011年8月6日 | UFC 133でビクトー・ベウフォートと対戦 | 1ラウンド1分52秒、KO負け |
| 2022年3月26日 | ONE Championshipで青木真也と対戦 | TKO勝ち |
| 2026年11月21日(予定) | BLACK COMBAT 17 | クリス・リーベンとの現役最後とされる試合 |
総合格闘技の戦績については、MMA記録データベースのSherdogで、リーベン戦前のプロ戦績が16勝7敗、ノーコンテスト2試合と掲載されています。大会や競技区分によって集計対象が異なる場合はありますが、長期にわたって世界各地の選手と対戦してきたことが数字からも分かります。
2011年8月6日のUFC 133では、ビクトー・ベウフォートと対戦。1ラウンド1分52秒でKO負けを喫しました。2012年にはジェイク・シールズに判定で敗れ、膝の負傷による長期離脱も経験します。それでも競技を続け、2014年にはアミール・サダローに判定勝ち。2022年には青木真也をTKOで破り、復帰後も勝利を挙げました。
秋山のキャリアは、順調な勝利だけで構成されたものではありません。柔道での実績、世界王者の称号、海外の強豪との対戦、負傷による離脱、そして批判を受けた過去。こうした浮き沈みを経てもリングに戻り続けたことが、彼の格闘家としての大きな特徴です。
【桜庭和志戦の反則問題】何が起き、なぜ現在まで語られるのか
秋山成勲の格闘家人生を振り返る際、避けて通れないのが2006年12月31日の桜庭和志戦です。試合では秋山が1ラウンドTKO勝ちを収めましたが、桜庭が試合中に「体が滑る」と訴えたことで、秋山の身体に何かが塗られていたのではないかという疑惑が浮上しました。
試合後の調査では、秋山が試合前に市販のボディークリームを身体に塗っていたことが映像などから確認されました。問題は、使用した製品が何であったかだけではありません。HERO'Sのルールでは、試合前に身体へクリームやオイルなどを塗る行為自体が禁止されていたためです。
2007年1月11日、主催者側は試合をノーコンテストとし、秋山を失格とする裁定を発表しました。ファイトマネーも全額没収となり、同月17日にはK-1側から無期限出場停止処分が発表されています。
当時の裁定会見を詳しく報じた格闘技専門メディアGBRによると、審判団はクリームを塗った行為を認定する一方、映像や本人への事情聴取などを踏まえ、悪質な故意とまでは判断せず、過失と認定しました。つまり、禁止行為があったことと、故意に不正を働いたかどうかは、裁定上も別の問題として扱われたのです。
この区別は重要です。秋山の行為がルール違反と判断された事実は変わりません。一方で、公式の裁定が認定した内容を超えて、すべての疑惑や憶測を確定した事実として扱うことも適切ではありません。
日本ではこの問題が強い批判を呼び、秋山に対する評価を長く左右しました。競技者にとってルール遵守と対戦相手への公平性は、勝敗と同じくらい重要です。トップレベルの選手であれば、禁止されている成分や行為を自ら確認し、試合環境の公平性を守る責任があるという教訓も残しました。
その後、秋山はUFCに参戦し、海外の舞台で競技を続けました。しかし、過去の問題がなかったことになるわけではありません。現在の秋山を評価する際には、競技実績と反則問題の双方を理解したうえで、何が公式に認定され、何が批判や推測に当たるのかを分けて考える必要があります。
【韓国名チュ・ソンフンと国籍の真相】日本と韓国で評価が分かれた理由
秋山成勲は日本では「あきやま・よしひろ」、韓国では「チュ・ソンフン」として知られています。韓国名はハングルで「추성훈」と表記されます。二つの名前が使われているのは、単なる芸名の違いではなく、在日韓国人四世として生まれた背景と、競技生活のなかで経験した国籍の選択に関係しています。
秋山は当初、韓国籍を持ち、韓国の柔道チームで競技生活を送りました。しかし、韓国代表として五輪を目指す過程で壁に直面し、2001年ごろに日本へ帰化。その後、2002年の釜山アジア大会では日本代表として金メダルを獲得しています。
2008年の朝鮮日報日本語版のインタビューでは、秋山が韓国で柔道を続けた経験や、帰化を決断した背景について語っています。本人にとって国籍の変更は、競技者としての夢を追うための選択でしたが、韓国にルーツを持つ自身のアイデンティティーと切り離された問題ではありませんでした。
そのため、秋山は日本国籍を取得した後も、韓国に対する愛着や自分のルーツについて繰り返し語ってきました。韓国の大会で勝利した際に、韓国へ戻ってこられた喜びを表現したこともあります。こうした言葉が韓国の視聴者に親しみを持って受け止められる一方、日本では国籍や帰属意識をめぐる議論につながることもありました。
ここで混同してはいけないのが、法的な国籍と、民族的なルーツや本人の自己認識は同じものではないという点です。日本国籍を取得したことは、韓国にルーツがあるという事実や、本人が抱く韓国への愛着を否定するものではありません。逆に、韓国名を使用していることだけを理由に、現在の法的な国籍を判断することもできません。
日本と韓国で評価が異なる背景には、競技上の出来事だけでなく、日韓関係、在日韓国人が経験してきた社会的な課題、そしてメディアでの取り上げられ方もあります。日本では桜庭和志戦の問題が強く記憶され、韓国では柔道選手としての歩みや韓国名での芸能活動が広く知られるようになりました。
韓国での人気は、格闘技の実績だけでは説明できません。秋山は韓国のテレビ番組や広告などでも活動し、家族とともに親しみやすい人物として認知されてきました。格闘家としての強さと、韓国にルーツを持つタレントとしての存在感が、異なる形で評価されているのです。
国籍をめぐる発言を理解するには、単純に「日本人なのか韓国人なのか」と二択で捉えるのではなく、出生の背景、柔道選手としての選択、帰化後の発言、そして日韓双方での活動を時系列で見ることが大切です。
【妻SHIHOとの馴れ初め】2009年の結婚までと夫婦の現在
秋山成勲の妻は、日本のトップモデルとして知られるSHIHOです。二人は2007年に共通の知人を通じて知り合い、交際を経て2009年3月10日に入籍しました。同年10月18日には結婚式を挙げています。SHIHOは結婚後もモデル活動を続けており、夫婦それぞれが自分の仕事を持つ生活を送ってきました。
二人の馴れ初めについては、秋山自身が韓国のバラエティー番組「ラジオスター」で語っています。2022年の放送を報じたKstyleによると、SHIHOは知人に秋山を紹介してほしいと頼んでいたそうです。実際に三人で会った際、知人が席を外したところで、SHIHOから「秋山成勲さん、私のタイプです」と伝えられたといいます。
秋山もその言葉に驚きながら応じ、交際が始まりました。約2年間の交際を経て結婚を決めたとされ、プロポーズについても、秋山は「あなたの子供がほしい」と伝えたことを明かしています。格闘技の世界で強さを追求してきた秋山と、第一線で活躍するモデルのSHIHOという組み合わせは、当時から大きな話題になりました。
二人の関係は、結婚後もテレビ番組やインタビューで取り上げられています。秋山は韓国でのタレント活動を続け、SHIHOも日本と韓国の両方で仕事をしています。異なる国での活動が増えたことは、家族の暮らし方にも影響しています。
2026年初頭の韓国のバラエティー番組をめぐる報道では、秋山は韓国での仕事、サランは学校生活のため日本にいる事情が紹介され、三人が常に同じ場所で暮らすことの難しさが語られました。SHIHOが夫と離れて過ごす時間について寂しさを明かしたことも報じられています。
ただし、番組での夫婦のやり取りや離れて暮らす事情を、そのまま離婚や夫婦関係の破綻と結びつけることはできません。公開された情報から分かるのは、仕事や学校の都合によって家族の生活拠点が分かれることがある、という点です。
秋山とSHIHOは、競技者とモデルという異なる職業を持ちながら、長年にわたって家族生活を築いてきました。夫婦の関係を理解するうえでは、番組の一場面だけでなく、本人たちが公に語った内容や、その時点での生活状況を踏まえて判断することが大切です。
【娘サランの現在】韓国で人気を集めた少女は15歳に
秋山成勲とSHIHOの娘は、チュ・サラン(サランちゃん)です。2011年10月24日に生まれ、2026年10月28日現在は15歳になっています。韓国では幼少期からテレビ番組に出演し、子役・広告モデルとして人気を集めました。
特に韓国のバラエティー番組「スーパーマンが帰ってきた」などへの出演を通じて、サランちゃんは広く知られるようになりました。2014年には韓国企業の広告にも単独で起用され、父親の格闘家としての知名度とは別の形で注目を集めています。
幼いころのサランちゃんが人気を得た背景には、父親の秋山がリング上で見せる厳しい表情と、家庭で娘に接する姿とのギャップもありました。家族の日常を紹介する番組は、格闘技に詳しくない視聴者にも秋山を身近に感じさせるきっかけとなりました。
一方、2026年のサランは、幼少期のテレビ出演で知られる子どもから、学校生活を送る10代へと成長しています。2026年初頭の韓国番組に関する報道では、学校の都合で日本にいると母親のSHIHOが説明していました。現在の学校名や日常の詳細など、個人的な情報は広く公表されていません。
サランちゃんの近況を追う際には、過去の子役活動と現在の生活を区別する必要があります。以前に出演した番組や広告の実績が、2026年も同じ形で活動していることを意味するわけではありません。成長に伴って生活の中心が変わるのは自然なことであり、本人のプライバシーにも配慮する必要があります。
秋山にとって家族は、格闘技や芸能活動とは別の大切な存在です。最後の試合に向けて準備する現在も、家族それぞれが仕事や学校の生活を送っています。父親の知名度だけで娘の将来を決めつけず、本人の成長と選択を尊重する視点が大切です。
【秋山成勲】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:秋山成勲は2026年現在、引退したのですか?
A1:2026年10月28日時点では、まだ引退試合を終えていません。11月21日に韓国・ソウルの高尺スカイドームで開催されるBLACK COMBAT 17で、クリス・リーベンと対戦する予定です。この試合は現役最後の試合として報じられています。
Q2:秋山成勲の現在の国籍は日本ですか、韓国ですか?
A2:秋山は在日韓国人四世として生まれ、柔道を続けるために日本へ帰化しました。韓国名はチュ・ソンフンです。日本国籍を取得したことと、韓国にルーツを持ち続けていることは両立します。
Q3:秋山成勲とSHIHOは離婚したのですか?
A3:2026年10月28日時点で、二人の離婚が成立したという公表情報は確認されていません。仕事や学校の都合で別々の場所で過ごす事情や、番組での夫婦のやり取りが報じられていますが、それだけで離婚と判断することはできません。
Q4:秋山成勲の娘サランは現在何歳ですか?
A4:2011年10月24日生まれのため、2026年10月28日現在は15歳です。幼少期に韓国のテレビ番組や広告で人気を集めました。現在の学校生活や詳しい活動状況については、公開されている情報に限りがあります。
Q5:秋山成勲は桜庭和志戦で何をしたのですか?
A5:2006年12月31日の試合前にボディークリームを身体に塗っていたことが確認され、禁止行為として問題になりました。2007年1月、主催者側は秋山を失格とし、試合をノーコンテストに変更。ファイトマネー全額没収などの処分を発表しました。裁定では行為が認定された一方、悪質な故意とまでは判断されず、過失と認定されています。
秋山成勲は、柔道で国際大会の金メダルを獲得し、総合格闘技へ転向してHERO'Sの世界王者となった実力派ファイターです。UFCやONE Championshipでも戦い、負傷や批判を経験しながら競技を続けてきました。2026年11月21日には、クリス・リーベンとの対戦が予定されています。
一方、秋山の人物像は勝敗だけでは語れません。桜庭和志戦の反則問題は競技の公平性を考えるうえで重要な出来事であり、日本と韓国で異なる評価を受けてきた背景には、在日韓国人としての生い立ちや国籍の選択もあります。妻SHIHOとの結婚や、娘サランの成長も、格闘家としての顔とは異なる一面を伝えています。
秋山成勲を理解するための判断基準は、競技実績、公式に確認された問題の経緯、本人が語ってきた国籍やルーツ、そして家族の近況を切り分けて見ることです。過去の失敗を無視する必要はありませんが、一つの出来事だけで人物のすべてを決めつけることもできません。
51歳で迎える最後の大一番は、柔道から総合格闘技へと続いてきた長いキャリアの節目となる予定です。2026年11月21日の試合結果だけでなく、秋山がどのような姿勢で競技人生を締めくくるのかにも注目が集まります。