度会博文(わたらい・ひろぶみ)さんは、千葉県船橋市出身の元プロ野球選手です。1993年のドラフト会議でヤクルトから3位指名を受け、1994年から2008年まで15年間にわたってプレーしました。内野手として登録されながら、投手と捕手以外の守備位置をこなすユーティリティープレーヤーとして知られています。
2026年10月現在、度会博文さんは東京ヤクルトスワローズのベースボールアカデミーでヘッドコーチを務めています。また、長男の度会基輝さんはJPアセット証券の社会人野球チームに所属し、次男の度会隆輝さんは横浜DeNAベイスターズでプレーしています。父親の現役時代から2人の息子の経歴、年齢、現在の活動まで、公式プロフィールやプロ野球の記録をもとに整理します。
【プロフィール】度会博文の年齢・出身地・守備位置を整理

度会博文さんは1972年1月26日生まれ。2026年10月28日時点で54歳です。出身地は千葉県船橋市で、右投右打の内野手としてプロ野球の世界に入りました。
日本野球機構(NPB)の選手プロフィールによると、身長181cm、体重78kg。高校は八千代松陰高校、大学は中央学院大学に進み、1993年のドラフト3位でヤクルトに指名されています。
度会博文さんの特徴は、特定のポジションだけに限定されない守備力です。登録上のポジションは内野手ですが、内野だけでなく外野も守れる選手として重宝されました。投手と捕手以外の守備をこなせるという柔軟性は、選手としての大きな持ち味でした。
なお、度会博文さんと次男の度会隆輝さんは、名前の読み方も異なります。父親は「ひろぶみ」、次男は「りゅうき」です。親子で同じプロ野球界に関わることから、両者のプロフィールが混同されることもありますが、経歴や所属先は明確に異なります。
【現役時代】ヤクルトで15年間プレーした経歴と通算成績
度会博文さんは、八千代松陰高校から中央学院大学へ進学しました。中央学院大学時代には打撃面で頭角を現し、球団公式のアカデミー紹介によれば、首位打者を3回、ベストナインを4回獲得するなど、数々の実績を残しています。
大学での活躍を経て、1993年のドラフト会議でヤクルトから3位指名を受けました。1994年に入団し、2008年まで東京ヤクルトスワローズでプレー。現役生活は15年間に及びます。
NPB公式の年度別成績で確認できる一軍通算記録は、527試合出場、173安打、9本塁打、61打点、打率.245です。派手な長距離打者というよりも、複数の守備位置を担当できる選手として、チームの戦力を支えました。
現役時代の経歴を時系列で整理すると、次のようになります。
| 時期 | 出来事 | 主な実績・内容 |
|---|---|---|
| 高校時代 | 八千代松陰高校でプレー | 高校野球を経て中央学院大学へ進学 |
| 大学時代 | 中央学院大学で活躍 | 首位打者3回、ベストナイン4回など |
| 1993年 | ドラフト会議 | ヤクルトから3位指名 |
| 1994~2008年 | ヤクルトで現役生活 | 15年間プレー。NPB一軍通算527試合に出場 |
| 2009~2012年 | ヤクルトの外野守備コーチ | 現役引退後、指導者としてチームに貢献 |
| 2018年以降 | ヤクルトジュニアの指導など | 球団アカデミーでの育成活動に携わる |
| 2026年 | ベースボールアカデミーのヘッドコーチ | 子どもたちへの野球指導を担当 |
現役時代の記録で注目したいのは、単純な通算安打数だけでは評価しきれない役割です。出場機会が限られるシーズンもありましたが、複数ポジションを守れる選手は、けがや選手起用の変更などに対応しやすくなります。ベンチに置く選手にも幅広い役割が求められるプロ野球において、こうした柔軟性は実用的な強みでした。
【守備位置の特徴】投手・捕手以外を守れるユーティリティープレーヤー
度会博文さんを語るうえで欠かせないのが、守備位置の幅広さです。一般にユーティリティープレーヤーとは、複数のポジションを守ることができる選手を指します。度会さんは内野手として登録されながら、外野も含めてさまざまな守備位置を担当できる選手として紹介されてきました。
野球では、打撃力の高い選手や守備の専門性が高い選手だけでなく、試合展開に応じて複数の役割を担える選手も必要です。代打や守備固め、選手交代を含むベンチワークでは、守れるポジションの多さが起用の選択肢を広げます。
もちろん、複数のポジションを守れることと、すべてのポジションで同じレベルの専門性を発揮することは別です。度会さんの特徴は、特定のポジションに限定されない対応力にありました。内野手という登録上の分類だけでは、現役時代の役割を十分に説明できません。
また、NPBの公式通算成績には、出場試合数や安打数などの数字が記録されています。一方、守備位置ごとの出場割合や守備力を細かく比較するには、守備成績などの追加資料が必要です。ユーティリティーという評価は、幅広い守備位置を担当した経歴と合わせて理解すると実態をつかみやすくなります。
【現在の活動】度会博文は引退後、何をしている?
度会博文さんは、現役引退後も野球界で活動を続けています。東京ヤクルトスワローズの公式ベースボールアカデミーのコーチ紹介では、ヘッドコーチとして掲載されています。
球団公式の経歴紹介によると、現役引退後の2009~2012年にはヤクルトの外野守備コーチを担当。その後はスカウトなどの仕事にも携わり、2018年からはヤクルトジュニアの監督を務めてきました。ジュニアチームでは2019年、2020年に優勝へ導いた実績も紹介されています。
この経歴から見えてくるのは、プロの選手として培った経験を、次世代の育成へとつなげている姿です。現役時代には複数ポジションを担当し、引退後は守備指導やスカウト、ジュニア世代の育成など、異なる立場で野球に関わってきました。
2026年現在の度会博文さんについては、「元プロ野球選手」という肩書だけでなく、ヤクルトのベースボールアカデミーで指導を担うヘッドコーチという現在の役割を押さえておくことが大切です。現役選手としてプレーしているわけではありません。
プロ野球の指導者には、技術を伝えるだけでなく、選手の年齢や経験に合わせて教え方を変える力も求められます。度会さんのように選手、コーチ、スカウト、ジュニア指導と異なる役割を経験してきたことは、野球を多角的に理解する土台になっていると考えられます。
【家族構成】長男・度会基輝と次男・度会隆輝の経歴
度会博文さんには、長男の度会基輝さんと、次男の度会隆輝さんという2人の息子がいます。2人とも野球に取り組んでいますが、進んできた道は異なります。長男は社会人野球、次男はプロ野球という、それぞれの舞台でプレーしています。
家族関係で確認しておきたいのは、度会博文さんが次男・隆輝さんの父親であると同時に、長男・基輝さんの父親でもあるという点です。メディアではプロ野球選手である隆輝さんに注目が集まりやすいものの、兄の基輝さんも社会人野球の選手として活動しています。
一方、家族構成について、息子2人の競技歴といった公開情報を超えて、配偶者の詳細や家庭内の事情まで一律に語ることはできません。野球選手として公表されている経歴と、本人が公表していない私生活は分けて捉える必要があります。
長男・度会基輝は中央学院大学を経てJPアセット証券へ度会基輝さんは1999年6月13日生まれで、2026年10月時点では27歳です。JPアセット証券野球部の公式選手紹介では、内野手として掲載されています。出身校は拓殖大学紅陵高校、中央学院大学です。
基輝さんのプロフィールでは、右投左打、身長174cm、体重83kgとされています。中央学院大学を卒業後、JPアセット証券の野球部で社会人野球に取り組んでいます。
父親の博文さんも中央学院大学出身で、大学時代に打撃面で実績を積んでからプロ入りしました。親子に同じ大学の経歴がある点は興味深い共通点です。ただし、大学が同じだからといって、プレースタイルや競技実績まで同じとは限りません。基輝さんは社会人野球という舞台でキャリアを重ねています。
次男・度会隆輝は横浜DeNAベイスターズの外野手次男の度会隆輝さんは2002年10月4日生まれ。2026年10月時点で24歳です。横浜高校、ENEOSを経て、2023年のドラフト会議で横浜DeNAベイスターズから1位指名を受け、2024年にプロ入りしました。
隆輝さんがプロ入りした際には、父親が元ヤクルトの選手であることも注目されました。日刊スポーツのドラフト報道では、博文さんがヤクルトからドラフト3位指名を受けた経歴と、隆輝さんがDeNAから1位指名を受けたことが紹介されています。親子2代がドラフト指名を経てプロ野球選手となった点は、度会家の野球史を象徴する出来事です。
NPB公式の2026年シーズン終了時の年度別成績によると、隆輝さんは同年134試合に出場し、129安打、9本塁打、51打点、打率.274を記録しています。プロ入り後の成績を振り返るうえで、2026年は一軍で134試合に出場したシーズンとして位置づけられます。
父親の現役時代と息子の現在を比べる際には、単に数字を並べるだけでなく、プレーした時代や役割の違いにも目を向けたいところです。博文さんは守備の柔軟性を生かした内野手・ユーティリティープレーヤーとして活動し、隆輝さんは外野手としてプロの舞台で経験を積んでいます。
【親子の共通点】度会博文と度会隆輝は何が似ている?
度会博文さんと隆輝さんの関係で注目されるのは、父親が元プロ野球選手で、次男もプロの世界へ進んだことです。隆輝さんは高校、社会人野球を経てドラフト1位で指名されており、父親と同じくドラフトを通じてプロ野球の世界に入りました。
ただし、父親がプロ野球選手だったことだけで、息子の成功を説明するのは十分ではありません。隆輝さんは横浜高校とENEOSで競技経験を積み、社会人野球で実績を残したうえで指名を受けています。ドラフト1位という評価は、本人が積み重ねてきたプレーや成績に対するものです。
また、長男の基輝さんも社会人野球を続けています。兄弟が同じ野球競技に関わりながら、兄は社会人野球、弟はプロ野球という異なる進路を歩んでいる点も特徴です。家族に野球経験者がいることは身近な環境の一つですが、最終的な競技人生は、それぞれの選択や努力によって形づくられていきます。
親子の共通点を調べる際は、出身大学やドラフト順位、所属球団などの公的記録を軸に比較すると、事実と印象を混同しにくくなります。父親の実績を息子にそのまま当てはめたり、家族という理由だけで実力を評価したりせず、それぞれの選手の成績とキャリアを個別に見ることが大切です。
【度会博文】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:度会博文の年齢は何歳ですか?
A1:1972年1月26日生まれで、2026年10月28日時点では54歳です。
Q2:度会博文の出身地と出身校はどこですか?
A2:千葉県船橋市出身です。八千代松陰高校から中央学院大学へ進学し、1993年のドラフト3位でヤクルトに入団しました。
Q3:度会博文は現在、何をしていますか?
A3:2026年現在、東京ヤクルトスワローズのベースボールアカデミーでヘッドコーチを務めています。現役引退後はコーチやスカウト、ジュニア世代の指導などに携わってきました。
Q4:度会博文の息子は誰ですか?
A4:長男は社会人野球のJPアセット証券に所属する度会基輝さん、次男は横浜DeNAベイスターズの外野手・度会隆輝さんです。
Q5:度会博文の現役時代の守備位置はどこですか?
A5:登録上は内野手です。内野だけでなく外野も守れるユーティリティープレーヤーとして知られ、投手と捕手以外の守備位置をこなせる選手として紹介されています。
Q6:度会基輝の経歴と年齢は?
A6:1999年6月13日生まれで、2026年10月時点では27歳です。拓殖大学紅陵高校、中央学院大学を経て、JPアセット証券野球部で内野手としてプレーしています。
度会博文さんは、千葉県船橋市出身の元プロ野球選手です。八千代松陰高校、中央学院大学を経て1993年にヤクルトからドラフト3位指名を受け、1994年から2008年まで15年間プレーしました。NPB一軍通算527試合に出場し、内野手を基本としながら複数の守備位置をこなす選手として活躍しました。
2026年現在は、東京ヤクルトスワローズのベースボールアカデミーでヘッドコーチを務めています。現役時代の経験を指導の現場につなげ、ジュニア世代の育成にも携わってきました。
家族では、長男の基輝さんがJPアセット証券の社会人野球チーム、次男の隆輝さんが横浜DeNAベイスターズでプレーしています。とくに隆輝さんは2023年のドラフト1位でプロ入りし、2026年シーズンも一軍で134試合に出場しました。
度会家の野球史を理解する要点は、親子のつながりだけでなく、それぞれが歩んできたキャリアの違いにも注目することです。博文さんはユーティリティープレーヤーから指導者へ、基輝さんは社会人野球へ、隆輝さんはプロ野球へと進みました。父親の経歴を知ることで、息子たちの現在の活動や、野球を通じて続く家族のつながりをより立体的に捉えられます。