北海道発の伝説的バラエティ番組『水曜どうでしょう』で「ミスター」の愛称で親しまれ、大泉洋をはじめとする演劇ユニット・TEAM NACSを世に送り出した立役者・鈴井貴之。2026年現在、テレビ画面で姿を見かける頻度が落ち着いたことから「鈴井貴之は今何をしているのか」「事務所の役職はどうなっているのか」と気になっているファンも少なくありません。
結論から言えば、鈴井貴之は現在も芸能事務所・株式会社CREATIVE OFFICE CUE(オフィスキュー)の創業者にして取締役会長を務める現役の実業家であり、映画監督、脚本家、演出家、ラジオパーソナリティとして多岐にわたる文化・表現活動を精力的に続けています。また、元妻であり現代表取締役社長の伊藤亜由美とは、離婚後も盤石のビジネスパートナーシップを維持しています。本稿では、公開されている公式記録と一次情報に基づき、彼の現在の役職、活動実態、そしてこれまでの歩みを余すところなく整理・解説します。
【現在の役職と活動実態】オフィスキュー取締役会長としての今

鈴井貴之の現在の肩書において中心となるのは、自身が1992年に立ち上げた芸能事務所「株式会社CREATIVE OFFICE CUE」の取締役会長です。加えて、関連会社である株式会社キュー・プロダクツ、有限会社マンホールフィルムの取締役会長も務めています。
エンターテインメント業界のみならず、地域スポーツ振興の分野でも存在感を発揮しています。地元北海道のJリーグクラブ・北海道コンサドーレ札幌を運営する株式会社コンサドーレの社外取締役(非常勤)に名を連ねており、カルチャーとスポーツの両輪から北海道の活性化に直接関わっています。
表舞台からの完全引退という事実は一切なく、自身主宰の演劇プロジェクト「OOPARTS」による舞台の作・演出を手掛けるほか、ラジオパーソナリティ、映画制作、番組企画など、クリエイターとしての歩みを着実に重ねています。実務経営を信頼できるスタッフ陣に委ねつつ、自らは最高意思決定機関の一角として大所高所から組織を支える立ち位置を確立しています。
【元妻・伊藤亜由美社長との関係】離婚後も続く強固なビジネスパートナーシップ
鈴井貴之のキャリアを語る上で欠かせないのが、オフィスキューの現代表取締役社長であり、元妻である伊藤亜由美との特別な関係性です。
ふたりは1993年8月に結婚し、1994年7月には長女が誕生。草創期のオフィスキューを二人三脚で支え、北海道発のタレントを全国区へと押し上げる土台を築きました。その後、2008年に離婚という私生活の転機を迎えましたが、公私を明確に切り離す決断を下した点が極めて特徴的です。
若き日の鈴井について、伊藤は「手元にお金があればあるだけ使ってしまう傾向があった」「事務所の資金を手に豪遊したこともあった」とユーモアを交えて振り返っています。一方で「もともと贅沢品に執着はなく、お酒が飲めればお金がなくてもどうにでもなるタイプ」とも評しており、根っからの表現者気質を見抜いていました。鈴井自身も元来「組織マネジメント」や「人材育成」といった経営実務には関心が薄かったことを認めており、そうした実務全般を当時副社長だった伊藤が一手に引き受けていました。
社長交代を経て伊藤が代表取締役社長、鈴井が取締役会長となった現在も、その役割分担は揺らいでいません。感情論にとらわれず互いの強みを尊重し合うふたりのパートナーシップは、日本のエンタメビジネス界における稀有な成功モデルと言えます。
【経歴と歩み】劇団主宰から全国区のカルチャーアイコンへ
1962年5月6日生まれの鈴井貴之は、北海学園大学在学中に演劇の道へ進み、劇団「OOPARTS」を旗揚げしました。札幌のアンダーグラウンド演劇シーンで熱狂的な支持を集めた後、1992年にオフィスキューを設立。北海道にいながら全国へ通用するエンターテインメントを生み出す挑戦を開始します。
その最大の結実が、1996年にスタートした北海道テレビ(HTB)の深夜番組『水曜どうでしょう』でした。大泉洋と組んだ過酷な旅企画の数々はローカル番組の枠を飛び越え、全国に一大ムーブメントを巻き起こします。「ミスター」の愛称とともにタレントとしての知名度は全国区となりましたが、本質はあくまで番組の仕掛け人であり、企画者・構成作家でした。
| 年次・時期 | 主な出来事・マイルストーン | 組織・活動における位置づけ |
|---|---|---|
| 1992年 | 株式会社CREATIVE OFFICE CUE 設立 | 創業者・代表取締役社長に就任(事務所の旗揚げ) |
| 1993年 | 伊藤亜由美と結婚(翌年長女誕生) | 公私にわたる共同体制のスタート |
| 1996年 | 『水曜どうでしょう』放送開始 | 企画・出演を兼任、「ミスター」として全国的知名度を獲得 |
| 2008年 | 離婚発表および経営体制の刷新 | 伊藤亜由美が社長就任、鈴井は取締役会長へ移行 |
| 2010年代〜現在 | 舞台「OOPARTS」再始動、コンサドーレ社外取締役就任 | 映画監督・脚本家・社外重役として多角的に活動 |
【映画監督・脚本家としての側面】表現者「鈴井貴之」が放つ作家性
鈴井貴之は、タレントとしてカメラの前に立つだけでなく、映像作家・ストーリーテラーとして確かな実績を残してきました。
2001年に『man-hole』で長編映画監督デビューを果たすと、その後も『river』(2003年)、『銀のエンゼル』(2004年)、『銀色の雨』(2009年)とコンスタントにメガホンを取りました。北海道の厳しい自然や市井の人々の孤独と再生を静謐に切り取るその作風は、映画ファンから高い評価を獲得しています。
テレビドラマの分野でも、2015年にテレビ東京系ドラマ24『不便な便利屋』で全話の監督・脚本を担当。北海道の架空の名もない町を舞台に、オフビートな会話劇と雪景色のコントラストを鮮やかに描き出しました。現在も自身の原点である「物語を創る仕事」を軸に据え、執筆活動やステージプロデュースを継続しています。
【プロの結論】クリエイターと経営者を見事に両立させた稀有な生存戦略
多くのタレントプロモーション企業が東京一極集中を選ぶなか、鈴井貴之が率いたオフィスキューは「北海道に拠点を置き続けること」にこだわり抜きました。その結果、地元に強固な経済基盤を築きつつ、所属タレントが全国で活躍するという唯一無二のローカルエコシステムを完成させました。
鈴井の歩みから得られる最大の知見は、「自己の特性を見極め、適切な権限委譲を行える勇気」です。自身が苦手とする実務経営やマネジメントを元妻・伊藤亜由美に委ね、自身はコンテンツ創造とブランドの象徴という得意領域に特化しました。この明確な役割分担こそが、事務所の内紛やクリエイティブの枯渇を防ぎ、創立から数十年が経過した現在も第一線で輝き続ける根本的な要因となっています。
【鈴井貴之現在】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:鈴井貴之は現在何歳ですか?
A1:1962年5月6日生まれのため、2026年時点の満年齢は64歳(誕生日前は63歳)となります。
Q2:CREATIVE OFFICE CUEの社長は今誰ですか?鈴井貴之の役職は?
A2:現在の代表取締役社長は伊藤亜由美です。創業者である鈴井貴之は取締役会長を務めています。
Q3:元妻・伊藤亜由美社長との関係は良好ですか?
A3:2008年に離婚していますが、現在も会長と社長として互いの能力を認め合い、オフィスキューを共に牽引する強固なビジネスパートナー関係を維持しています。
Q4:子供(娘)に関する情報は公表されていますか?
A4:1994年7月に長女が誕生したことが公表されていますが、一般人であるためプライバシーに配慮され、詳細な私生活や活動状況は非公開となっています。
鈴井貴之の現在を追うと、テレビの枠組みにとどまらず、地元・北海道の文化、経済、スポーツを多面的に支える頼もしいリーダーの姿が浮き彫りになります。オフィスキュー取締役会長、コンサドーレ社外取締役という重責を担いながらも、劇作や執筆といった現場の創作活動への情熱は少しも衰えていません。
「ミスター」としての親しみやすさと、冷静に自己と組織を客観視できるプロデューサーとしての慧眼。その両方を併せ持つ鈴井貴之が、今後どのような新たな物語やプロジェクトを北海道から届けてくれるのか、期待と注目が集まります。