竜兵会とは、お笑いトリオ・ダチョウ倶楽部の上島竜兵を中心に、太田プロダクション所属の芸人らが集まって交流を深めた飲み会の通称です。有吉弘行、土田晃之、劇団ひとりら、現在も第一線で活躍する芸人たちが参加し、テレビやラジオで語られた数々のエピソードによって、お笑い界でも特別な存在として知られるようになりました。
2022年5月11日に上島竜兵が亡くなった後も、竜兵会の名前は消えていません。2023年には肥後克広を中心とした集まりが報じられ、2025年3月には肥後の誕生日を祝う会が開催されたことも伝えられました。2026年現在の姿を知るには、かつてのメンバー構成だけでなく、結成の背景、番組『ダチョ・リブレ』で広まった伝説、そして上島と後輩芸人たちの関係を整理する必要があります。
【竜兵会とは?】上島竜兵を中心に広がった芸人仲間の集まり

竜兵会は、ダチョウ倶楽部の上島竜兵が会長的な存在となり、芸人仲間や後輩たちと酒を飲みながら交流した集まりです。メンバーには同じ太田プロダクション所属の芸人が多く、事務所の先輩と後輩という関係から始まりながら、仕事上のつながりだけでは説明できない親密な関係を築いていました。
テレビ朝日の『アメトーーク!』では、2006年9月18日に「竜兵会・前編」が放送されました。番組情報には上島竜兵、肥後克広、土田晃之、デンジャラス、有吉弘行、カンニング竹山、劇団ひとり、インスタントジョンソンらの名前が並んでいます。上島を囲む芸人たちが、会長の言動や飲み会での出来事を語る構成は、竜兵会の知名度を高めた代表的な例です。
竜兵会の特徴は、上島が後輩たちに一方的に指示を出す上下関係ではなく、先輩自身が後輩から遠慮なく突っ込まれる関係にありました。上島が失敗したり、話の落としどころを見失ったりすると、周囲がすぐに突っ込む。そのやりとり自体が笑いになっていたのです。
また、竜兵会は会社や芸能事務所のような正式な組織ではありません。会員資格や定款がある団体ではなく、参加する芸人や集まる頻度も時期によって変わりました。そのため、特定のメンバーだけを永久的な会員として扱うよりも、上島を中心に形成された人間関係として捉えると実態が理解しやすくなります。
【竜兵会メンバー一覧】歴代の主要メンバーと関係性
竜兵会のメンバーとして広く知られているのは、有吉弘行、土田晃之、劇団ひとり、肥後克広、デンジャラスの安田和博らです。そのほか、ノッチ、ヤマザキモータース、インスタントジョンソンのメンバー、カンニング竹山なども、番組や報道で竜兵会との関わりが紹介されてきました。
ただし、これらの芸人が全員、毎回の飲み会に参加していたわけではありません。番組出演者、常連として知られた人物、特定の時期に交流した人物が混在しているため、以下は公開された番組情報や報道に登場する主な人物の整理です。
| 人物・コンビ | 竜兵会での位置づけ | 知られる関係・エピソード |
|---|---|---|
| 上島竜兵 | 中心人物・会長的存在 | 後輩を誘い、飲み会を通じて交流を深めた |
| 肥後克広 | ダチョウ倶楽部のリーダー | 上島の相方で、没後も後輩芸人との交流を続けている |
| 有吉弘行 | 主要メンバー | 上島との親しい交流や、飲み会にまつわる逸話が知られる |
| 土田晃之 | 主要メンバー | 竜兵会の成り立ちや上島の人柄を語ってきた |
| 劇団ひとり | 主要メンバー | 上島との交流が番組や追悼時のコメントで紹介された |
| デンジャラス(安田和博・ノッチ) | 初期から交流した芸人仲間 | 番組収録やラジオなどを通じて上島との関係を深めた |
| インスタントジョンソン | 参加メンバー | テレビ朝日の『アメトーーク!』の竜兵会企画にも名前が登場 |
| ヤマザキモータース | 交流メンバー | 2025年の肥後の誕生日会に関する報道でも名前が挙がった |
| カンニング竹山 | 事務所外も含む交流メンバー | 竜兵会関連の番組出演者として紹介された |
この一覧から見えてくるのは、竜兵会が太田プロダクションの芸人だけで完全に閉じた集まりではなかったという点です。所属事務所の先輩・後輩という共通点を軸にしながら、親交の深い他事務所の芸人も参加していました。
また、有吉や土田、劇団ひとりのように、それぞれ独自の活動領域を築いた芸人が同じ会で交流していたことも特徴です。竜兵会は芸人同士の人脈が形成される場であると同時に、上島という人物を中心に、異なる芸風や個性が交わる場所でもありました。
【竜兵会の結成理由と経緯】草野球から飲み会へ発展した背景
竜兵会の結成時期については、草野球チームを起点とする説明と、飲み会としての活動が広がった時期を起点とする説明があります。スポーツニッポンの2022年5月12日付報道では、1990年ごろに上島が同じ事務所の後輩芸人らを集めて草野球チームをつくったものの、試合は2試合ほどで終わり、その後も飲み会が続いたと紹介されています。
一方、飲み会としての竜兵会の形成を2000年前後と説明する報道もあります。発足日を一つの日付に限定するより、草野球や仕事を通じた交流が、次第に継続的な飲み会へと発展した流れを押さえることが大切です。
結成の経緯を知るうえで参考になるのが、土田晃之による回顧です。2022年5月に配信されたSmart FLASHの記事では、土田が、2002年まで放送されていた日本テレビ系『THE夜もヒッパレ』の出演者たちが収録後に飲みに行っていたことを、交流のルーツとして語っています。
同じ記事では、上島がラジオ番組『セイ!ヤング21』に関連して、仕事がなく落ち込んでいたデンジャラスのノッチを現場へ誘ったエピソードも紹介されました。上島は、家に一人でいても気分が沈むだけだから、放送局に来れば気分も変わるという趣旨でノッチに声をかけたとされています。
この話から伝わるのは、竜兵会が単なる酒好きの芸人たちの集まりではなかったということです。上島自身が後輩の状況を気にかけ、孤独になりがちな時期にも仲間と接点を持てるようにしていた。こうした日常的な気遣いが、長く続く人間関係の土台になったと考えられます。
初期には、朝方まで飲み会が続くことも珍しくなかったと報じられています。仕事が終わってから仲間と集まり、冗談を言い合い、翌日の仕事へ向かう。その繰り返しの中で、芸人同士の信頼と独特の笑いの型が育っていきました。
【ダチョ・リブレと竜兵会のエピソード】テレビで広まった伝説
竜兵会の実態を映像で知る手がかりの一つが、CS放送のテレ朝チャンネルで放送された『ダチョ・リブレ』です。同番組はダチョウ倶楽部を軸とするバラエティー番組で、上島が中心となる「竜兵会」の企画も取り上げられました。
2007年には『ダチョ・リブレ DVD-BOX』が発売され、「ばっかス」ディスクに「関東竜兵会参上!」や「竜兵会の新年会秘話」などの企画が収録されました。中古DVDの商品情報にも、上島を中心に土田晃之、有吉弘行、デンジャラスらが出演する居酒屋トーク企画として紹介されています。
番組の面白さは、完成されたネタを披露するというより、芸人たちが普段の関係性をそのまま笑いに変えるところにありました。上島が話をまとめようとしても、後輩が遠慮なく突っ込み、会長としての威厳が崩れていく。その一連の流れが、竜兵会ならではの見どころでした。
代表的なエピソードとして知られるのが、有吉弘行と上島の飲み会です。スポーツニッポンの2022年2月15日付記事によると、上島は有吉が飲みの誘いを断らず、深夜2時に連絡しても応じてくれたことを振り返っています。10日連続で一緒に飲んだこともあり、さすがに10日目は話題がなくなって短時間で帰ったという話も伝えられました。
この逸話は、単に酒を飲む回数が多かったという話ではありません。売れた時期も、仕事が少ない時期も、同じ相手と顔を合わせていたという関係性を示しています。上島が後輩を誘い、有吉がその誘いに応じる。そうした小さな積み重ねが、後に語り継がれるエピソードにつながりました。
一方、テレビで紹介される「伝説」は、番組向けに面白く編集された部分も含みます。竜兵会を理解する際には、放送されたトークを当時の交流を知る資料として捉えつつ、すべての発言や出来事を逐語的な記録と同一視しないことも大切です。
【竜兵会の真相と解散説】噂と確認できる事実を整理
竜兵会については、「解散したのか」「上島が亡くなったことで会も終わったのか」といった疑問が繰り返し検索されています。この疑問が生まれる背景には、2016年9月の『アメトーーク!』で「緊急企画!解散危機 竜兵会」というテーマが扱われたこともあります。
ただし、「解散危機」という番組タイトルだけで、会社や団体のような正式な解散があったと判断することはできません。竜兵会は飲み会を中心とする緩やかな集まりであり、参加頻度やメンバー構成も固定されていませんでした。活動が減ることと、正式に解散を発表することは別の話です。
また、2022年の上島の死去後には、竜兵会のメンバーがラジオなどで思い出を語りました。ORICON NEWSが2022年5月15日に報じた追悼記事では、土田晃之、有吉弘行、劇団ひとりが、それぞれの番組で上島への思いを伝えたことが紹介されています。
土田は、上島について先輩・後輩という関係を超えた友人、恩人、親友、兄のような存在だったという趣旨の言葉を残しました。有吉も、上島との対面で感謝の思いがあふれたことをラジオで語っています。これらの発言は、竜兵会のつながりが単なる飲み仲間にとどまらなかったことを示す具体的な証言です。
一方で、上島の死去をめぐる事情を、竜兵会の活動や芸人同士の関係だけに結びつけて説明することはできません。特定の出来事が死去の原因だったとする見方や、仲間内の関係を根拠なく断定する情報には注意が必要です。公表された情報から読み取れるのは、上島が多くの後輩に慕われ、彼らが深い喪失感と感謝を語ったという事実です。
竜兵会の「真相」を理解するうえでは、刺激的な噂よりも、長年の交流を示す番組記録、本人たちの発言、所属事務所の発表を優先が必要です。会の実態は、秘密の組織や特別なルールによって成立したものではなく、仕事と日常の間に生まれた人間関係にありました。
【竜兵会の現在】2026年最新情報と上島竜兵が残したもの
2022年5月11日、上島竜兵は61歳で亡くなりました。所属事務所の太田プロダクションは同日、公式サイトで訃報を発表し、同月16日には妻の広川ひかるによる追悼文を掲載しました。追悼文では、生前に仲間と酒を飲むことを好み、多くの人との思い出をつくったことが振り返られています。
上島の死去後、竜兵会が完全に姿を消したわけではありません。2023年1月には、肥後克広が後輩芸人たちと集まったことが女性自身の報道で紹介されました。上島の誕生日に近い時期の集まりとして伝えられ、かねきよ勝則、西堀亮、高木貫太、福島敏貴らの名前も挙がっています。
さらに2025年3月には、ダチョウ倶楽部の公式Instagramへの投稿をもとに、肥後の誕生日会が開催されたと報じられました。参加者として紹介されたのは、有吉弘行、土田晃之、安田和博、ヤマザキモータース、インスタントジョンソンのゆうぞうらです。上島を中心に生まれたつながりが、残された仲間たちの交流の中で続いていることを示す出来事でした。
2026年10月時点では、今回確認できた公開情報の範囲で、竜兵会の2026年の活動について新たな公式発表を特定できませんでした。そのため、現在も以前と同じ頻度で集まっている、あるいは完全に活動を終えたと断定することはできません。確認できるのは、少なくとも2025年3月に仲間たちが集まったという報道があることです。
ダチョウ倶楽部の活動にも、上島の死去による変化がありました。スポーツニッポンの2024年5月3日付報道では、肥後がテレビ番組で、上島がいた頃は上島のボケに突っ込む形で笑いが生まれていたものの、亡くなった後は以前と同じやりとりができないことを語っています。上島の存在は、グループの芸風だけでなく、周囲の芸人が笑いを生み出す方法にも深く関わっていたのです。
竜兵会の現在を考えるとき、注目すべきなのは、名前が残っているかどうかだけではありません。上島が後輩を誘い、失意の時期にも仲間との接点をつくり、互いに突っ込み合える関係を育てたこと。そのつながりが、本人の死去後も誕生日会や追悼の言葉という形で表れていることに、竜兵会が長く記憶される理由があります。
【竜兵会】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:竜兵会のメンバーは誰ですか?
A1:中心人物は上島竜兵です。主なメンバーとして、肥後克広、有吉弘行、土田晃之、劇団ひとり、デンジャラスの安田和博やノッチ、ヤマザキモータース、インスタントジョンソンらが知られています。ただし、固定された公式名簿はありません。
Q2:竜兵会はなぜ結成されたのですか?
A2:草野球やテレビ番組の収録後の飲み会などを通じて、上島と後輩芸人たちの交流が深まったことが背景にあります。上島が仕事の少ない後輩を気遣って現場に誘ったエピソードも報じられており、仲間を支える関係が会の土台になりました。
Q3:竜兵会は現在も活動していますか?
A3:2023年や2025年には、肥後を中心とする芸人仲間の集まりが報じられています。ただし、2026年の開催状況や活動頻度を確定できる公式発表は、今回確認できた情報の範囲では見当たりません。
Q4:『ダチョ・リブレ』では何が放送されましたか?
A4:上島竜兵を中心とする竜兵会の飲み会や芸人同士のトークが企画として取り上げられました。2007年発売のDVDには「関東竜兵会参上!」や「竜兵会の新年会秘話」などが収録されています。
Q5:竜兵会は上島竜兵の死去後に解散したのですか?
A5:竜兵会は正式な会社組織などではなく、芸人仲間の交流を指す通称です。上島の死去後も、肥後の誕生日会など、仲間たちが集まったことを示す報道があります。活動が以前と同じ形で続いているかどうかは、公開情報だけでは断定できません。
竜兵会は、上島竜兵を中心に太田プロダクションの芸人らが集まり、酒を飲み、笑い合い、互いを支えた関係から生まれた集まりです。有吉弘行、土田晃之、劇団ひとりらが参加し、『アメトーーク!』や『ダチョ・リブレ』などを通じて、その独特な雰囲気が広く知られるようになりました。
結成の背景には、草野球や番組収録後の飲み会だけでなく、上島が後輩を気遣い、孤立しそうな仲間にも声をかける姿勢がありました。会長が後輩から突っ込まれるという笑いの構図も、上下関係を超えた親しさがあったからこそ成立していたのです。
上島の死去後も、肥後や有吉、土田らの交流や追悼の言葉を通じて、竜兵会の記憶は受け継がれています。2026年の活動状況には公表情報の限界があるものの、2025年の誕生日会の報道は、仲間たちのつながりが続いていることを伝えています。
竜兵会を理解するうえで大切なのは、メンバーの名前や面白い逸話だけを追うことではありません。上島が後輩と過ごした時間、相手を笑わせるために自分自身も笑いの対象になった姿勢、そして長い年月をかけて育まれた信頼関係に目を向けることです。それこそが、竜兵会が今も多くの人に語り継がれる理由です。