俳優・近藤正臣さんと岐阜県郡上市の郡上八幡。2つを結びつけているのは、40年にわたって通い続けた川での釣りと、人生をともに歩んだ妻との暮らしです。2017年に妻と移住した近藤さんは、妻の認知症を支えながら生活を送り、2023年に最愛の妻を亡くしました。その後の生活を伝えたのが、NHKのドキュメンタリー「妻亡きあとに~近藤正臣 郡上八幡ひとり暮らし~」です。
2026年10月25日にはNHK総合で同番組がアンコール放送されました。84歳を迎えた近藤さんは現在どのような暮らしを送っているのか。郡上八幡への移住理由、妻・裕子さんとの歩み、介護と死別、ひとり暮らしの実態、番組の再放送情報まで、所属事務所のプロフィールやNHKの番組情報、報道記事をもとに整理します。
【移住の理由】近藤正臣が郡上八幡に惚れ込んだのは釣りがきっかけ

近藤正臣さんが岐阜県郡上市の郡上八幡に魅了された背景には、長年の趣味である釣りがあります。仕事の合間に何度も訪れたこの地域は、単なる旅行先ではなく、自然と人とのつながりを深めていく場所になっていきました。
釣り専門誌「Fishing Café」の2017年のインタビュー記事によると、近藤さんは長良川に流れ込む吉田川に40年にわたって通い、釣り専用の別宅も構えていました。川沿いを吹き上がる風や、季節によって表情を変える自然が、郡上八幡への愛着を育てていったのです。
吉田川ではアユ釣りだけでなく、アマゴ釣りにも親しんでいました。地元の釣り名人たちとの交流も、郡上八幡が特別な場所になった理由の一つです。釣りの技術だけでなく、地域の人々から学んだことも、近藤さんの生活を支える財産になっていきました。
2022年2月に放送されたテレビ朝日系「徹子の部屋」でも、近藤さんは釣りを移住のきっかけとして語っています。年に数回訪れる生活を続けるうちに、やがて「ここに住んじゃおう」という気持ちになったと報じられました。2017年、妻とともに郡上八幡へ移住したのは、こうした長年の関係の延長線上にあったのです。
移住にあたって妻には不便さへの抵抗もあったと、近藤さんは同番組で振り返っています。自然の豊かさだけでなく、薪を運ぶ手間や冬の雪など、地方での暮らしには都市生活とは異なる負担もあります。それでも、近藤さんは郡上八幡の自然と人の魅力を高く評価していました。
つまり、近藤正臣さんの移住は、老後になって突然田舎暮らしを始めたという話ではありません。長年通い続け、土地の気候や川の特徴、釣り仲間との関係を積み重ねた末の選択でした。郡上八幡は、近藤さんにとってすでに生活の一部になっていたのです。
【年表】近藤正臣と郡上八幡、妻との暮らしの歩み
近藤さんと郡上八幡の関係を理解するには、釣りを楽しんだ時期、妻との移住、介護、そして死別後の生活を時系列で見ると分かりやすくなります。
| 時期 | 出来事 | 確認できる内容 |
|---|---|---|
| 40代以降 | 郡上八幡に通う | 吉田川での釣りを通じて地域との関係を深める。 |
| 2017年 | 妻と郡上八幡へ移住 | 長年親しんだ自然の中で暮らす生活を始める。 |
| 移住後 | 妻の認知症と介護 | 妻を支える一方、近藤さん自身も体調を崩し、腰の手術を経験した。 |
| 2023年 | 妻・裕子さんが死去 | 56年間連れ添った妻を亡くし、ひとり暮らしになる。 |
| 2025年3月 | NHKで初回放送 | 「妻亡きあとに~近藤正臣 郡上八幡ひとり暮らし~」が放送される。 |
| 2025年12月 | NHK総合で再放送 | 妻亡きあとの生活と、老いや孤独に向き合う姿が再び紹介された。 |
| 2026年8月・10月 | アンコール放送 | 8月29日にNHK BS、10月25日にNHK総合で放送された。 |
この年表から読み取れるのは、近藤さんの郡上八幡での暮らしが、釣りを楽しむための移住だけでは語りきれないものになったことです。移住当初に思い描いていた穏やかな生活は、妻の病気と介護によって大きく変化しました。その後、妻を亡くした近藤さんが地域で新しい日常を模索する姿が、番組の中心になっています。
なお、近藤さんの生年月日は所属事務所のプロフィールで1942年2月15日とされています。したがって、2026年10月時点では84歳です。番組紹介記事に見られる「83歳」という表記は、初回放送時などの年齢を記載したものと区別して読む必要があります。
【妻と介護】近藤正臣の妻・裕子さんは認知症を発症していた
近藤正臣さんの妻について、NHKの番組情報や番組紹介記事では、裕子さんという名前が伝えられています。近藤さんは妻を「ヒロさん」と呼び、56年間連れ添ったと報じられました。夫婦で郡上八幡に移住し、自然に囲まれた暮らしを始めたものの、その後、妻が認知症を発症します。
NHKオンデマンドの番組紹介によると、近藤さんは妻の介護を続ける一方、自身も体調を崩していました。報道では腰の手術も経験したとされています。慣れ親しんだ土地での生活であっても、介護と自身の健康問題が重なれば、日常を維持すること自体が大きな負担になります。
妻が認知症を発症した時期の詳しい経過や、個々の介護場面のすべてが公表されているわけではありません。ただ、番組の紹介文からは、近藤さんが里山で妻を支えながら生活していたこと、そして介護が心身に負担を伴うものだったことが分かります。
2023年、裕子さんは亡くなりました。近藤さんは56年間連れ添った妻を失い、ひとり暮らしになりました。妻が亡くなったことは、長年続けてきた生活の形だけでなく、日々の会話や行動の基盤も変わる出来事だったはずです。
NHKの番組立ち上げに関する紹介記事では、担当ディレクターが近藤さんから妻の死を知らされ、本人が深い喪失感を抱えていたことを明かしています。番組は、著名な俳優の私生活を話題として消費するのではなく、長年連れ添った伴侶を亡くした人が、どのように日常を取り戻していくのかという問題を正面から扱いました。
「妻亡きあと」という言葉には、単に配偶者がいなくなったという事実以上の意味があります。長年、二人で担ってきた家事や生活の判断、何気ない会話が一人分になる。介護を終えたあとにも、喪失感や生活上の課題が残る。近藤さんの経験は、配偶者を介護した人が死別後にも新しい生活への適応を求められることを伝えています。
【ひとり暮らしの実態】郡上八幡で迎える妻亡きあとの日々
「近藤正臣のひとり暮らし」と聞くと、山あいの家で一人静かに過ごす姿を想像する可能性があります。しかし、NHKのドキュメンタリーが描いたのは、自然に囲まれた穏やかな生活だけではありませんでした。妻を失った悲しみ、年齢を重ねることへの不安、日々の生活を自分で支える現実が重なっています。
番組の放送内容を紹介した記事では、近藤さんが猫と暮らし、ひとりになってからの日々を送る様子も取り上げられました。妻と一緒に過ごした家や、季節ごとに表情を変える郡上八幡の風景には、思い出が残っています。住み慣れた場所であることは支えになる一方、亡き妻を思い出すきっかけにもなり得ます。
番組の内容紹介では、毎日の食事や猫との生活など、日常の細かな場面も描かれています。華やかな芸能活動とは対照的な、食事をとり、身の回りを整え、時間を過ごすという営みです。著名人であっても、伴侶を亡くしたあとの生活は、特別な出来事よりも、こうした日々の積み重ねによって形づくられていきます。
また、ひとり暮らしと「孤立」は同じではありません。番組では、近藤さんが郡上八幡の自然や地域の人々との関わりの中で、これからの生き方を模索する姿が紹介されました。長年築いてきた地域とのつながりは、妻亡きあとに生活を組み立て直すうえで重要な要素になっています。
一方、自然が豊かな土地での生活には、季節や天候、移動、家の維持といった現実的な問題もあります。近藤さん自身、移住後に雪や薪運びの大変さを語っていました。高齢になってからの地方暮らしを考える場合、景色の美しさだけでなく、日常の負担や地域との関係まで含めて考える必要があります。
ここで注意したいのは、番組が伝えた生活を、そのまま2026年現在の毎日の様子だと断定しないことです。ドキュメンタリーは一定期間の暮らしを記録した作品です。2026年の報道でも郡上八幡でのひとり暮らしが紹介されていますが、日々の生活リズムや健康状態の細部まで、常に最新の情報が公開されているわけではありません。
【NHK「妻亡きあとに」】番組内容と2026年の再放送情報
NHKのドキュメンタリー「妻亡きあとに~近藤正臣 郡上八幡ひとり暮らし~」は、妻を亡くした近藤さんの生活に長期間密着した作品です。2025年3月20日にNHK BSで初回放送され、同年3月22日にはNHK BSプレミアム4Kでも放送されました。
番組の主題は、著名人の私生活を紹介することにとどまりません。妻の認知症を支え、自身も体調を崩しながら暮らしてきた近藤さんが、伴侶を失ったあとに何を感じ、どのように生活を続けていくのか。高齢者の孤独や老いという、多くの人に関わるテーマを、具体的な一人の暮らしを通して描いています。
2025年12月6日にはNHK総合で再放送されました。さらに2026年8月29日にはNHK BS、同年10月25日にはNHK総合でアンコール放送されています。10月25日の放送時間は午前10時35分から11時35分まででした。
2026年10月28日時点では、10月25日の放送は終了しており、次回の再放送日時は公表されていません。NHKオンデマンドには番組ページがあるため、放送を見逃した人は配信状況を確認する方法もあります。視聴できる期間や料金などの条件は変更される可能性があるため、利用時には最新の案内を確認してください。
再放送が複数回行われた背景には、近藤さん個人への関心だけでなく、作品が扱うテーマの普遍性もあります。配偶者の介護、死別後の生活、高齢者の孤独は、特定の職業や地域に限られた問題ではありません。番組は、華やかな経歴を持つ俳優の姿を通して、誰にでも起こり得る人生の変化を伝えています。
【俳優・近藤正臣の現在】代表作と人生の変化から考える【プロの結論】
近藤正臣さんは、長年にわたってテレビドラマや映画、舞台で活躍してきた俳優です。所属事務所のプロフィールには、1966年の映画「人類学入門」での出演をはじめ、数多くの作品が掲載されています。テレビドラマでは「柔道一直線」「龍馬伝」「カーネーション」などが代表的な出演作として知られています。
1969年の青春ドラマ「柔道一直線」で広く知られるようになり、その後もNHK大河ドラマ「龍馬伝」(2010年)や連続テレビ小説「カーネーション」(2011年)などに出演しました。若い時代の人気作から、幅広い役柄を演じた後年の作品まで、長いキャリアを積み重ねてきた俳優です。
2026年の近藤さんを考えるうえで、重要なのは「現在も俳優として何に出演しているか」だけではありません。今回のドキュメンタリーは、俳優としての名声を前面に押し出すのではなく、一人の高齢者が伴侶との死別を経験し、その後の生活をどう組み立てるかに焦点を当てています。作品が伝えたのは、役者としての顔とは異なる、日常を生きる一人の人間の姿でした。
一方、2026年10月時点での新たな出演作や活動について、所属事務所のプロフィールだけから最新の動向を網羅的に判断することはできません。テレビでドキュメンタリーが再放送されたことと、新作ドラマなどへの出演が決まったことは別の情報です。現在の活動を知りたい場合は、所属事務所の発表や各番組の公式情報を分けて確認することが大切です。
【プロの結論】
近藤正臣さんと郡上八幡の関係から読み取れるのは、人生の居場所は一度決めたら変わらないものではない、ということです。釣りを通して土地とつながり、妻とともに移住し、介護と死別を経て、再び一人の生活を組み立てていく。人生の各段階で、同じ土地が異なる意味を持つようになっています。
また、近藤さんの経験を「田舎暮らしは幸せ」「一人でも自然の中で暮らせば孤独を克服できる」と単純化することはできません。自然や地域とのつながりは支えになり得ますが、介護や健康、日々の生活を維持する負担までなくなるわけではありません。番組の価値は、移住を理想化せず、喪失感を抱えたまま生きる現実も伝えた点にあります。
地方移住や高齢期の暮らしを考える読者にとって参考になるのは、移住先の美しい風景だけではなく、長年の交流、生活の基盤、周囲の人との関係、そして予期しない変化にどう向き合うかという視点です。近藤さんの歩みは、人生の後半にも、自分にとっての居場所を問い直す時間があることを示しています。
【近藤正臣郡上八幡】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:近藤正臣が郡上八幡に移住した理由は何ですか?
A1:釣りがきっかけです。岐阜県郡上市の郡上八幡へ40年にわたって通い、吉田川での釣りや自然、地元の人々との交流に魅了され、2017年に妻と移住しました。
Q2:近藤正臣の妻はいつ亡くなりましたか?
A2:NHKの番組情報によると、妻の裕子さんは2023年に亡くなりました。56年間連れ添った妻を失った近藤さんが、その後のひとり暮らしと向き合う姿がドキュメンタリーで紹介されています。
Q3:「妻亡きあとに」は2026年に再放送されましたか?
A3:はい。2026年8月29日にNHK BS、10月25日にNHK総合でアンコール放送されました。10月28日時点で次回の放送日時は公表されていませんが、NHKオンデマンドの番組ページで配信状況を確認できます。
近藤正臣さんが郡上八幡へ移住したのは、長年の釣りを通じて自然と地域に親しんできたからです。2017年に妻と移住した後、妻の認知症と介護、2023年の死別という大きな変化を経験しました。その後の暮らしに密着したNHKの「妻亡きあとに」は、老いや孤独に直面した人が、地域とのつながりの中で日々を重ねていく姿を伝えています。
2026年10月25日の再放送はすでに終了していますが、NHKオンデマンドの番組ページは視聴を検討する際の手がかりになります。今後の放送や近藤さんの新たな活動については、NHKや所属事務所の発表を確認するのが確実です。
釣りを楽しむために通った土地が、妻と暮らす家となり、そして妻亡きあとも生活を続ける場所になった。近藤さんと郡上八幡の物語は、人生の後半に訪れる変化を、過去の思い出だけでなく、これからの日常をどう生きるかという問いにつなげています。