岸井成格(きしい・しげただ)氏は、毎日新聞社の政治部記者として日本の政界を長年取材し、同社の主筆や特別編集委員を務めたジャーナリストです。TBS系の報道番組『NEWS23』や『サンデーモーニング』で政治解説を担当し、政権の政策に対しても明確な意見を述べる姿で知られました。
1944年9月22日に生まれた岸井氏は、2018年5月15日、73歳で亡くなりました。父の岸井寿郎氏も新聞社の政治部長や衆議院議員を務めた人物です。2026年現在、岸井氏本人の新たな活動はありませんが、新聞記者としての経歴やテレビ報道での発言、報道の公平性をめぐる議論は、ジャーナリズムを考えるうえで振り返る価値があります。
【岸井成格のプロフィール】生年月日・学歴・主な肩書きを整理

岸井成格氏は東京都出身のジャーナリストです。慶應義塾大学法学部法律学科を卒業後、1967年に毎日新聞社へ入社しました。地方支局での勤務を出発点に政治報道の現場へ進み、国内政治と国際情勢の双方を取材する経歴を重ねています。
慶應義塾大学教養研究センターの講師紹介では、岸井氏について、毎日新聞社の元主筆、元論説委員長、元政治部長、元ワシントン特派員といった肩書きが紹介されています。新聞社内での編集・論説業務と、テレビ番組でのニュース解説を並行して担ったことが、キャリアの大きな特徴です。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 氏名 | 岸井成格(きしい・しげただ) |
| 生年月日 | 1944年9月22日 |
| 出身 | 東京都 |
| 最終学歴 | 慶應義塾大学法学部法律学科卒業 |
| 新聞社への入社 | 1967年、毎日新聞社 |
| 主な役職 | 政治部長、論説委員長、主筆、特別編集委員など |
| 主なテレビ出演 | TBS系『NEWS23』『サンデーモーニング』 |
| 死去 | 2018年5月15日、73歳 |
岸井氏の経歴を理解する際に押さえたいのは、テレビのコメンテーターとして突然知られるようになった人物ではないという点です。長年にわたる取材経験と新聞社での編集責任者としての仕事があり、その蓄積をもとに政治や社会の動きを解説していました。
また、慶應義塾大学の紹介では、岸井氏は「環境省」という名称の名付け親の一人としても紹介されています。政治報道だけにとどまらない活動を知る手掛かりです。
【岸井成格の経歴】毎日新聞社の政治部記者から元主筆まで
岸井氏の新聞記者としての歩みは、1967年の毎日新聞社入社から始まります。毎日新聞社の講演者略歴などによると、熊本支局で経験を積んだ後、1970年に東京本社政治部へ異動。1980年にはワシントン特派員となり、海外から日本政治や国際情勢を捉える経験も重ねました。
帰国後は政治部で首相官邸や自民党、野党などを担当し、1994年に政治部長、1998年に論説委員長を歴任。1999年には特別編集委員となり、2010年には主筆に就任しました。これらの役職は、個別のニュースを取材する仕事から、新聞社全体の論説や編集方針に関わる仕事へと活動範囲が広がったことを示しています。
主な節目を時系列で並べると、次のようになります。
| 時期 | 経歴・出来事 | 主な意味 |
|---|---|---|
| 1944年9月22日 | 東京都で生まれる | 岸井成格氏の生年月日 |
| 1967年 | 慶應義塾大学法学部卒業、毎日新聞社入社 | 熊本支局から記者としてのキャリアを開始 |
| 1970年 | 東京本社政治部へ | 国内政治の取材に携わる |
| 1980年 | ワシントン特派員 | 海外取材を経験 |
| 1994年 | 政治部長に就任 | 政治取材部門の責任者を務める |
| 1998年 | 論説委員長に就任 | 新聞の論説業務を担う |
| 1999年 | 特別編集委員に就任 | 編集・論説面での活動を続ける |
| 2010年 | 毎日新聞社の主筆に就任 | 新聞社の論説を担う立場へ |
| 2013年4月〜2016年3月 | TBS系『NEWS23』のアンカー | テレビで政治・社会問題を解説 |
| 2016年以降 | TBS専属スペシャルコメンテーターとして活動 | 『サンデーモーニング』などに出演 |
| 2018年5月15日 | 73歳で死去 | 肺腺がんのため東京都内の自宅で亡くなる |
この経歴から見えてくるのは、政治報道の現場、編集部門、論説、テレビ解説という複数の役割を経験したことです。政治部記者として情報を集めるだけでなく、集めた情報をどのような視点で読者や視聴者に伝えるかという仕事にも長く携わっていました。
著書・共著には『政治原論』『大転換—瓦解へのシナリオ』『永田町の通信簿』などがあります。新聞記事やテレビ解説に加え、政治を読み解くための著作も残しました。
【父・岸井寿郎との関係】新聞記者と衆議院議員を務めた父の経歴
岸井成格氏の父は、岸井寿郎(きしい・としろう)氏です。毎日新聞OBらの活動を伝える大阪毎友会の記録によると、寿郎氏は1891年生まれで、1919年に大阪毎日新聞へ入社。1930年には東京日日新聞の政治部長兼印刷部長を務め、1937年に新聞社を退社しました。
その後は実業界に進み、1942年には香川2区から衆議院議員に当選。1945年まで議員を務めたとされています。1970年10月1日に79歳で亡くなりました。新聞社の政治部門で責任ある立場を経験した後、国政にも携わった人物です。
父子の経歴には、政治と報道という共通する領域があります。ただし、岸井成格氏の仕事を理解するうえで重要なのは、父の肩書きだけで息子の進路を説明しないことです。成格氏自身は慶應義塾大学を卒業し、地方支局、東京の政治部、ワシントン特派員、編集責任者という過程を経てキャリアを築きました。
父・寿郎氏の生涯を振り返る資料には、新聞社での活動や政治家としての経歴に加え、当時の社会情勢を記録した遺稿も含まれています。父子の関係を調べる際には、成格氏の人物紹介と、寿郎氏自身の経歴を分けて読むことで、世代ごとの仕事や時代背景を把握しやすくなります。
【岸井成格の家族】妻や子供について公表されている情報
岸井成格氏の家族については、妻や子供がいたことに触れる人物紹介記事があります。一方、妻の氏名や子供の人数・氏名などを、主要な報道機関の略歴が詳しく掲載しているわけではありません。
そのため、岸井氏の家族について確認できる範囲は、新聞記者としての経歴や父・寿郎氏の情報と比べると限られています。家族の詳細を扱うウェブ記事を読む際には、記事が何を根拠にしているか、本人や関係者の発言に基づくのか、それとも出典の明確でない記述なのかを見分ける必要があります。
特に、妻の名前、子供の人数、年齢、職業といった具体的な情報は、根拠が明確でなければ断定できません。家族構成について知りたい読者にとっては、公開された情報の範囲と、個人のプライバシーに関わる情報とを区別することが大切です。
岸井氏の生涯をたどるうえでは、家族に関する断片的な情報を膨らませるよりも、本人が長年取り組んだ政治報道や編集活動、テレビでの解説を中心に経歴を整理するほうが、その仕事の実像をつかみやすいでしょう。
【人物像を検証】『NEWS23』での発言と安保法制をめぐる論争
岸井氏が幅広い視聴者に知られるきっかけの一つとなったのが、TBS系『NEWS23』でのアンカー就任です。2013年4月から2016年3月までニュース解説を担当し、その後もTBS専属スペシャルコメンテーターとして番組出演を続けました。『サンデーモーニング』でも政治や社会問題を解説していました。
岸井氏の人物像を考えるうえで外せないのが、2015年の安全保障関連法案をめぐる発言です。同年9月16日の『NEWS23』で、岸井氏はメディアも法案の廃案に向けて声を上げ続けるべきだという趣旨の意見を述べました。
この発言に対し、「放送法遵守を求める視聴者の会」は、政治的公平性などを定めた放送法との関係を問題視し、新聞紙上に意見広告を掲載しました。報道の公平性とは何か、キャスターが政策に対する意見をどこまで明確に述べられるのかという論点が、岸井氏個人の発言を超えて議論されました。
一方、2016年1月、TBSは岸井氏と専属スペシャルコメンテーターとして契約したことを発表し、同年3月末で『NEWS23』のアンカーを降板すると明らかにしました。デイリースポーツなどの報道によると、TBS側は、降板については騒動以前から話し合っていたことであり、政治的圧力や意見広告とは関係がないと説明しています。
この経緯を評価する際には、発言を批判した団体の主張、TBSの公式説明、番組改編をめぐる報道を混同しないことが重要です。降板の背景については複数の見方が報じられましたが、個別の発言への批判があったことと、その批判が降板の直接的な原因だったかどうかは、別の問題として扱う必要があります。
岸井氏の人物像は、政治的な立場を明確に示す論評と、政治取材を長年続けてきた記者としての経験の両面から捉えるべきです。発言への賛否だけで経歴全体を判断するのではなく、何を根拠に発言し、どのような論点を提示したのかを具体的に確認することが、報道を読み解く手掛かりになります。
【2018年5月15日に死去】晩年の活動と2026年現在の位置づけ
岸井成格氏は2018年5月15日午前3時35分、肺腺がんのため東京都内の自宅で亡くなりました。73歳でした。訃報は毎日新聞社の発表を受けて各社が報じ、新聞記者としての経歴や『NEWS23』での活動が改めて紹介されました。
TBS系『サンデーモーニング』への出演は、2017年12月3日が最後だったと当時の報道で伝えられています。亡くなる直前までテレビに出演していたという印象を持つ人もいますが、実際には番組を休んでいた期間があり、2018年5月の訃報によってその死去が広く知られることになりました。
2026年現在、岸井氏はすでに亡くなっているため、現役の記者やコメンテーターとして活動しているわけではありません。現在の活動を検索して見つかる情報の多くは、過去の出演映像、当時の発言、略歴、追悼記事、著作などに関するものです。
岸井氏が残した足跡は、肩書きの多さだけでは測れません。地方支局から政治部へ進み、海外取材を経験し、新聞社の編集・論説部門を率いた後、テレビのニュース解説を担ったという経歴は、取材と論評の双方に関わった記者の歩みを示しています。
また、政治家や政権の政策を検証する一方で、報道機関自身の公平性や説明責任も問われるという課題は、岸井氏が活動した時代に限られません。過去の発言を読み返すときには、発言当時の政策や政治状況、番組での役割を確認することで、その内容をより正確に理解できます。
【プロの結論】岸井成格の経歴から考える報道の役割
岸井成格氏の仕事を振り返ると、政治ジャーナリズムには、事実を集めて伝える役割と、集めた事実の意味を分析して示す役割があることが分かります。岸井氏は毎日新聞社で長く政治取材に携わり、主筆や特別編集委員を務めた後、テレビ番組でも政治や社会の問題を解説しました。
その一方、2015年の安全保障関連法案をめぐる発言は、ニュース解説者の意見表明と、放送に求められる政治的公平性との関係を考える材料にもなりました。強い意見を述べること自体と、その意見が事実に基づいているか、異なる立場の主張をどう扱っているかは、分けて検討する必要があります。
岸井氏の経歴を調べる読者にとって、特に有用な判断基準は次の3点です。
- 肩書きと活動時期を確認する:「元主筆」「特別編集委員」「NEWS23アンカー」などの肩書きが、いつの時点のものかを確認する。
- 事実と論評を区別する:報道された出来事、記者やキャスターの評価、批判する側の主張をそれぞれ分けて読む。
- 一つの発言だけで人物全体を判断しない:長年の取材活動、編集責任者としての仕事、テレビでの発言を含め、複数の側面から経歴を捉える。
岸井成格氏は、政治の現場を取材する記者であると同時に、政治をどう伝えるべきかという問題に向き合った論評者でもありました。残された記事や出演記録を読むことは、特定の政治的立場への賛否を超えて、報道の自由、公平性、権力監視というジャーナリズムの基本的な課題を考える機会になります。
【岸井成格】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:岸井成格の生年月日と死去した日はいつですか?
A1:1944年9月22日生まれで、2018年5月15日に73歳で亡くなりました。死因は肺腺がんと報じられています。
Q2:岸井成格は毎日新聞社でどのような役職を務めましたか?
A2:1967年に入社し、熊本支局、東京本社政治部、ワシントン特派員などを経験しました。その後、政治部長、論説委員長、特別編集委員、主筆などを歴任しています。
Q3:岸井成格の父・岸井寿郎はどのような人物ですか?
A3:岸井寿郎氏は新聞社の政治部長などを務めた後、1942年に香川2区から衆議院議員に当選した人物です。1970年に79歳で亡くなりました。
Q4:岸井成格の妻や子供について、詳しい情報は公表されていますか?
A4:妻や子供がいたことに触れる人物紹介記事はありますが、氏名や人数などの詳細は、主要な報道機関のプロフィールでは広く確認できる形で紹介されていません。
Q5:岸井成格は2026年現在もテレビに出演していますか?
A5:いいえ。2018年5月15日に亡くなっています。現在確認できる関連情報は、主に過去の出演記録、発言、著作、経歴、追悼記事などです。
岸井成格氏は、1944年9月22日に生まれ、1967年に毎日新聞社へ入社した政治ジャーナリストです。政治部記者やワシントン特派員として取材を重ね、政治部長、論説委員長、主筆などを歴任。テレビでは『NEWS23』のアンカーや『サンデーモーニング』のコメンテーターとして、政治や社会の動きを解説しました。
父・岸井寿郎氏も新聞社の政治部長と衆議院議員を経験した人物でしたが、成格氏自身のキャリアは、地方支局から政治取材、編集、論説、テレビ解説へと進んだ独自の歩みです。妻や子供などの家族情報については公開範囲が限られる一方、新聞記者としての経歴や主要な出演歴は、当時の報道や大学の紹介資料などからたどることができます。
2018年5月15日の死去から年月がたった2026年現在も、岸井氏の活動を振り返る意味は失われていません。報道された事実と個人の論評を区別し、異なる立場の主張や当時の社会背景を確かめること。それが、岸井成格氏の経歴を正確に理解し、報道の役割について考えるための基本となります。