2018年夏、秋田県立金足農業高校を甲子園準優勝へ導き、日本中に「金農旋風」を巻き起こした吉田輝星投手。2018年ドラフト1位で北海道日本ハムファイターズに入団し、オリックス・バファローズへの移籍、右肘のトミー・ジョン手術を経て、プロ野球選手として新たな局面を迎えている。
2026年10月現在、吉田輝星はオリックスで1軍復帰を果たし、救援投手として26試合に登板。2勝2敗、8ホールド、防御率4.22を記録した。加えて、来季を見据えた先発再転向への挑戦も始まっている。高校時代の圧倒的な投球を知るファンにとって、現在の成績だけでなく、手術からの復活や投手としての役割の変化も見逃せないポイントだ。
【2026年最新】吉田輝星は現在どうなった?オリックスでの成績と立場

2026年の吉田輝星は、右肘手術から1軍に復帰したものの、シーズンを通じて安定した救援投手の地位を確立する段階には至っていない。日本野球機構(NPB)の年度別成績によると、2026年の1軍成績は26試合登板、2勝2敗、8ホールド、防御率4.22。投球回は21回1/3、奪三振は21、与四球は7だった。
奪三振数が21に達している点は、復帰後も打者を抑える力を発揮していることを示す。一方、防御率4.22という数字は、救援投手としてさらなる安定が求められる水準でもある。登板数だけで完全復活と判断するのではなく、失点を抑える能力や連投への対応、複数イニングを投げる力まで確認する必要がある。
2026年4月25日、吉田は北海道日本ハムファイターズ戦で1軍復帰登板を果たした。2点差に迫られた七回2死満塁という厳しい場面で登板し、フランミル・レイエスを初球で一邪飛に打ち取った。1球でピンチを切り抜けてホールドを記録したこの登板は、長いリハビリを経て戻ってきた右腕の復活を印象づけた。
ただし、復帰後の歩みは一直線ではなかった。8月9日の千葉ロッテマリーンズ戦を最後に1軍登板から離れ、以降はファームで調整。9月25日のファーム・リーグ、広島東洋カープ戦では3回2/3を投げて1失点と、複数イニングを担うための準備を進めた。10月28日現在の吉田は、1軍復帰を達成したうえで、次の役割を模索している段階にある。
(出典:NPB公式「個人年度別成績」、パ・リーグ公式メディア「パ・リーグ インサイト」、スポーツ報知、Full-Countの報道)
【金農旋風の原点】金足農業高校時代と甲子園準優勝の実績
吉田輝星の名前が全国に広く知られるようになったのは、2018年夏の第100回全国高等学校野球選手権記念大会だ。秋田県立金足農業高校のエースとしてマウンドに立ち、地方公立校が全国の強豪校を次々と破る快進撃を支えた。
金足農業は1回戦から準決勝まで5試合連続で勝利し、決勝へ進出。鹿児島実業、大垣日大、横浜、近江、日大三といった強豪校との対戦を制し、秋田県勢としての甲子園での快進撃は全国的な話題となった。公立校のエースが強豪校の打線に立ち向かう姿は「金農旋風」と呼ばれた。
吉田の大会成績は、6試合、投球回50回、奪三振62、防御率3.96。投球数は合計881球に達した。とりわけ横浜高校戦では14奪三振を記録し、準々決勝の近江戦、準決勝の日大三戦でもチームを勝利へ導いた。
一方、決勝では大阪桐蔭高校に敗れ、金足農業は準優勝となった。大阪桐蔭はこの大会で史上初の2度目の春夏連覇を達成。決勝の吉田は5回を投げ、被安打12、2本塁打を含む11自責点を記録した。準決勝までの快投と決勝の苦戦、その両方が2018年の吉田を語るうえで欠かせない。
この大会で重要なのは、単に奪三振の多さだけではない。6試合で881球を投げ抜き、連戦のなかで先発投手としてチームを支えた経験が、吉田の原点になっていることだ。高校時代に培った先発投手としての経験は、プロ入り後に救援へ役割を変えた現在、改めて注目される要素でもある。
(出典:一球速報.comの2018年高校選手権大会記録、当時の高校野球報道)
【年度別成績】日本ハムからオリックス移籍までの歩み
吉田輝星は2018年のドラフト会議で北海道日本ハムファイターズから1位指名を受け、2019年にプロ入りした。高校時代に全国的な注目を集めた右腕だったが、プロの打者を相手にした1年目から苦戦し、最初の数年間は1軍で安定した成績を残せなかった。
転機となったのは2022年だ。救援を中心に51試合へ登板し、2勝3敗、5ホールド、防御率4.26を記録。プロ入り後初めて1軍で年間を通じた戦力として存在感を示した。しかし、翌2023年は3試合の登板にとどまり、再び厳しいシーズンとなった。
2023年11月24日、北海道日本ハムファイターズとオリックス・バファローズの間で交換トレードが成立した。吉田がオリックスへ移り、オリックスの黒木優太投手が日本ハムへ移籍することになった。日本ハムでの5年間を経て、吉田は新しい環境で再出発することになった。
移籍1年目の2024年には大きな飛躍を遂げる。50試合に登板し、4勝0敗、14ホールド、防御率3.32を記録。ホールド要点は18に達し、救援陣の一角として実績を残した。日本ハム時代の課題だった1軍での継続的な登板機会を、オリックスでつかんだシーズンだった。
しかし、2024年シーズン終盤には右肘の故障が表面化する。翌2025年3月7日、右肘内側側副靱帯再建術、いわゆるトミー・ジョン手術と、右肘頭骨棘の切除術を受けた。2025年はリハビリに専念することとなり、1軍公式戦の登板はなかった。
| 年度 | 所属球団 | 登板 | 勝敗 | ホールド | 防御率 |
|---|---|---|---|---|---|
| 2019年 | 北海道日本ハム | 4試合 | 1勝3敗 | 0 | 12.27 |
| 2020年 | 北海道日本ハム | 5試合 | 0勝2敗 | 0 | 8.41 |
| 2021年 | 北海道日本ハム | 1試合 | 0勝1敗 | 0 | 9.00 |
| 2022年 | 北海道日本ハム | 51試合 | 2勝3敗 | 5 | 4.26 |
| 2023年 | 北海道日本ハム | 3試合 | 0勝0敗 | 0 | 9.00 |
| 2024年 | オリックス | 50試合 | 4勝0敗 | 14 | 3.32 |
| 2025年 | オリックス | 1軍登板なし | — | — | — |
| 2026年 | オリックス | 26試合 | 2勝2敗 | 8 | 4.22 |
出典:日本野球機構(NPB)公式の年度別成績。2025年は1軍公式戦の登板なし。2026年はシーズン終了時の記録。
この年表から見えてくるのは、吉田のプロ野球人生が単純な右肩上がりではないことだ。日本ハム時代に救援投手として一定の役割を得て、オリックス移籍後に自己最多のホールドを記録。その後、故障によって長期離脱を余儀なくされた。現在は、復帰した実績を土台に、再び投手としての可能性を広げようとしている。
【トミー・ジョン手術から復帰】2025年の離脱と2026年の再出発
吉田が手術を決断した背景には、右肘の状態が思うように回復しなかった事情がある。2024年シーズン終盤に右肘を痛め、2025年の春季キャンプでもリハビリを続けていたが、投球強度を上げる過程で問題が残った。精密検査では右肘内側側副靱帯の機能不全などが確認され、手術に踏み切った。
トミー・ジョン手術は、損傷した肘の内側側副靱帯を再建する手術だ。投手にとっては競技復帰まで長いリハビリを要するため、手術そのものだけでなく、段階的な投球再開や球速の回復、実戦での負荷への適応が重要になる。吉田の場合も、2025年の公式戦登板を見送り、復帰に向けた調整を続けた。
2026年2月には紅白戦で実戦復帰。ファーム・リーグでも登板を重ね、4月25日に1軍へ昇格した。復帰前のファームでは8試合に登板して防御率0.00、10奪三振を記録していた。1軍復帰戦では満塁のピンチを1球で切り抜け、手術後の公式戦復帰を果たした。
もっとも、復帰したことと、手術前と同じ状態を取り戻したことは同じではない。2026年の1軍成績は防御率4.22で、登板数は26試合。シーズン終盤にはファームで調整することになった。復帰後に求められるのは、単発の好投ではなく、登板間隔や投球回数を調整しながら、シーズンを通じて安定したパフォーマンスを発揮することだ。
手術を経験した投手にとって、球速だけが復活の指標ではない。制球、変化球の精度、連投後の回復、複数イニングを投げた後の状態など、実戦で確認すべき要素は多い。吉田の2026年は、1軍のマウンドに戻るという最初の目標を達成し、次の段階へ進むためのシーズンだった。
(出典:スポーツ報知、スポニチアネックス、パ・リーグ公式メディアの2025~2026年の報道)
【先発再転向への挑戦】フェニックス・リーグで見せた新たな可能性
2026年10月、吉田輝星に新たな動きがあった。オリックスは、来季の先発転向を見据え、みやざきフェニックス・リーグで吉田を先発起用した。10月7日の福岡ソフトバンクホークス戦では5回を投げて2失点。報道によると、最速150キロを記録し、救援登板時と変わらず三振を奪えたことにも手応えを示した。
日本ハム時代の2022年6月29日の埼玉西武ライオンズ戦以来、約4年3か月ぶりの先発登板となった。プロ入り後は先発と救援の両方を経験している吉田にとって、先発への再転向は未知の役割への挑戦というよりも、かつて担った役割を新しい投球スタイルで取り戻す試みといえる。
先発投手には、1イニングを全力で抑える救援投手とは異なる能力が求められる。打者との対戦を重ねながら球種や配球を組み立て、球数を管理し、5回、6回と長いイニングを投げる必要がある。救援時の球威を維持しながら、先発としてのスタミナと投球の組み立てを身につけられるかが重要になる。
10月の報道では、吉田は先発として5回を投げ切れたことや、三振を奪えたことに手応えを感じていた。オリックスの岸田護監督も、フェニックス・リーグでの投球について期待を寄せていると伝えられた。次の登板では中6日で投げられるかも試される予定となり、単に先発マウンドに立つだけでなく、先発ローテーションを想定した調整が進められている。
ただし、フェニックス・リーグでの好投だけで、2027年シーズンの先発転向が正式決定したと判断するのは早い。実戦での投球内容に加え、登板間隔を空けながら安定して投げられるか、長いイニングでも球威と制球を保てるか、シーズンを通じて故障なく投げられるかを確認する必要がある。
先発再転向は、吉田にとって投手としての引き出しを増やす機会でもある。高校時代から経験してきた先発の感覚と、プロで身につけた救援投手としての経験を組み合わせられれば、起用法の幅が広がる可能性がある。2026年秋の取り組みは、来季の役割を見極めるための重要な試験期間となっている。
(出典:パ・リーグ公式メディア、日刊スポーツ、Full-Countの2026年10月の報道)
【プロの結論】吉田輝星の今後を左右する3つの評価ポイント
吉田輝星の今後を考えるうえで、2018年の甲子園での実績や、2024年に記録した14ホールドだけを基準にするのは十分ではない。プロ野球では、過去の実績に加え、現在の投球内容、身体の状態、チーム内で担える役割が評価を左右する。特に注目したいのは次の3点だ。
1.先発としての投球回数と安定性
フェニックス・リーグで5回を投げたことは、先発再転向に向けた前進だ。しかし、先発投手として評価されるには、複数の登板で安定してイニングを消化し、試合を組み立てる能力を示す必要がある。1試合の球速や奪三振数だけでなく、球数、四球、被安打、失点の推移も重要な判断材料となる。
2.救援投手としての価値を維持できるか
2024年の吉田は50試合登板、14ホールド、防御率3.32と、救援投手として実績を残した。2026年も26試合で8ホールドを記録している。先発再転向を試みる一方、救援で培った球威や短いイニングで打者を抑える力も大切な資産だ。先発としての適性を確かめることは、救援投手としての価値を否定することではない。
3.手術後のコンディションを継続的に維持できるか
2025年の長期離脱を経た吉田にとって、故障の再発を避けながら年間を通じて投げられるかは大きな課題だ。登板間隔を空けても十分に回復できるか、投球強度を上げた際に状態を維持できるか、複数イニングの登板後に問題が生じないか。こうした点は、次のシーズンの役割を決めるうえで、球速や防御率と同じくらい重要になる。
ファンが吉田の成長を追う際には、成績の見方も整理しておきたい。防御率は失点を抑える力、ホールドは救援としてリードを守る役割、奪三振は打者を打球に頼らずアウトにする力を示す指標だ。先発への再転向を評価するなら、これらに投球回数や四球数を加えて見ると、単なる数字の上下だけではわからない変化をつかみやすい。
高校時代の吉田は、連戦のなかで長いイニングを投げるエースだった。プロでは救援投手として役割を獲得し、故障を乗り越えて再び先発に挑もうとしている。過去のイメージだけで現在を判断するのではなく、異なる役割を経験してきた投手として、その変化を追うことが吉田の今後を理解する鍵になる。
【金足農業吉田輝星】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:吉田輝星は2026年現在、どこの球団に所属していますか?
A1:オリックス・バファローズに所属しています。2023年11月24日に北海道日本ハムファイターズとの交換トレードが成立し、2024年からオリックスでプレーしています。
Q2:吉田輝星の2026年最新成績は?
A2:NPB公式の2026年シーズン終了時の記録では、26試合登板、2勝2敗、8ホールド、防御率4.22です。投球回は21回1/3、奪三振は21でした。
Q3:吉田輝星はトミー・ジョン手術から復帰しましたか?
A3:はい。2025年3月7日に右肘のトミー・ジョン手術などを受け、リハビリを経て2026年4月25日に1軍復帰を果たしました。2026年シーズンは救援投手として26試合に登板しています。
Q4:吉田輝星は先発投手に戻るのですか?
A4:2026年10月にみやざきフェニックス・リーグで先発登板し、来季の先発再転向に向けた調整を進めています。10月7日の登板では5回2失点でした。ただし、2027年シーズンの正式な役割は、今後の調整や実戦での結果を踏まえて判断されます。
Q5:金足農業高校時代の吉田輝星は、甲子園でどんな成績を残しましたか?
A5:2018年夏の甲子園で金足農業を準優勝に導き、6試合で50回を投げ、62奪三振、防御率3.96を記録しました。投球数は合計881球で、チームの快進撃は「金農旋風」と呼ばれました。
Q6:吉田輝星の今後の注目点は何ですか?
A6:先発として複数イニングを安定して投げられるか、救援投手としての力を維持できるか、手術後のコンディションを保ちながらシーズンを通じて登板できるかの3点です。フェニックス・リーグでの先発テストが、今後の役割を考えるうえで重要な材料となります。
金足農業のエースとして2018年夏の甲子園準優勝を成し遂げた吉田輝星は、北海道日本ハムファイターズでプロ生活を始め、オリックス移籍後の2024年に50試合登板、14ホールド、防御率3.32という実績を残した。その後、右肘の故障とトミー・ジョン手術による長期離脱を経験したが、2026年4月に1軍復帰を果たしている。
2026年シーズンの1軍成績は26試合、2勝2敗、8ホールド、防御率4.22。数字には改善の余地が残る一方、手術後に公式戦へ戻り、救援投手として結果を積み重ねたことは大きな前進だ。さらに10月のフェニックス・リーグでは先発として5回2失点を記録し、来季の先発再転向に向けて新たな可能性を探っている。
2027年に向けて注目すべきなのは、先発転向が実現するかどうかだけではない。投球回数、制球、球威、登板後の回復、そしてシーズンを通じた安定性を総合的に見ることが、吉田の現在地を正しく評価する判断基準になる。
甲子園で全国を沸かせた高校時代から、プロでの苦闘、移籍による飛躍、手術からの復帰まで。吉田輝星のキャリアは、役割を変えながら成長を続ける過程にある。先発として新たな道を切り開くのか、それとも救援投手として再び存在感を高めるのか。2027年シーズンは、吉田がプロ野球選手として次の段階へ進めるかを占う重要な一年となりそうだ。