徳島県出身のロックバンド、チャットモンチーは、2000年に結成され、2018年7月に活動を「完結」させた。橋本絵莉子、福岡晃子、高橋久美子の3人を中心に歩み始めたバンドは、メンバーの脱退や編成の変化を経験しながら、独自の音楽性を築き上げてきた。
解散が発表されたのは2017年11月24日。公式発表では、2017年の全国ツアーを経て、バンドという名前を脱いだ先に新しい音楽の可能性を見いだしたことが説明されている。最後のワンマンライブは2018年7月4日の日本武道館公演、そして同月22日の徳島での主催フェスが活動の最終地点となった。2026年現在も、メンバーそれぞれが音楽や創作の分野で活動を続けている。
【解散はいつ?】2018年7月に迎えたチャットモンチーの完結

チャットモンチーの解散時期は、2018年7月である。厳密に整理するなら、最後のワンマンライブと、バンドとしての活動を締めくくった最終公演を分けて考える必要がある。
2017年11月24日、橋本絵莉子と福岡晃子は連名で「チャットモンチー完結のお知らせ」を発表した。ソニーミュージックの公式発表には、2018年7月をもってバンドを完結させるという意思が記されている。
その後、2018年7月4日に東京・日本武道館で最後のワンマンライブ「CHATMONCHY LAST ONEMAN LIVE ~I Love CHATMONCHY~」を開催。さらに7月21日、22日には、地元・徳島県のアスティとくしまで主催イベント「チャットモンチーの徳島こなそんそんフェス2018 ~みな、おいでなしてよ!~」を実施した。
そして、2018年7月22日、同フェスの最終日をもって活動を完結。2000年の結成から18年にわたるバンドの歴史に区切りをつけた。
つまり、「チャットモンチーの解散ライブはいつ?」という疑問には、最後のワンマンライブを指すなら7月4日、活動の最終日を指すなら7月22日と答えるのが正確だ。
【解散までの経緯】2000年の結成から2018年までを年表で整理
チャットモンチーの歩みを振り返ると、解散は突然発表された出来事である一方、バンドはそれ以前からメンバー構成や演奏スタイルを変化させてきたことがわかる。結成から活動完結までの主な節目を整理する。
| 時期 | 主な出来事 | バンドの歩みを理解するポイント |
|---|---|---|
| 2000年 | 徳島県で結成 | 橋本絵莉子を中心に活動を開始 |
| 2005年11月23日 | ミニアルバム『chatmonchy has come』でメジャーデビュー | Ki/oon Recordsから作品を発表し、本格的な全国展開へ |
| 2006年 | 「シャングリラ」がヒット | バンドの知名度が広がる契機となった |
| 2011年 | 高橋久美子が脱退 | 橋本・福岡の2人体制へ移行 |
| 2014年以降 | サポートメンバーを迎えた編成でも活動 | 2人を中心としながら演奏体制を柔軟に変化させた |
| 2017年11月24日 | 2018年7月での「完結」を発表 | 2017年の全国ツアー中に、今後の音楽活動を考えるなかで決断 |
| 2018年6月 | ラストアルバム『誕生』をリリース | 活動完結に向けた作品を発表 |
| 2018年7月4日 | 日本武道館で最後のワンマンライブ | 単独公演としての最後のステージ |
| 2018年7月21日・22日 | 徳島で「こなそんフェス2018」を開催 | 7月22日をもって活動を完結 |
| 2025年〜2026年 | デビュー20周年関連企画、アナログ盤の発売・再プレス | 過去作品を新たな形で届ける動きが続く |
この年表で注目したいのは、2011年の高橋久美子の脱退と、2017年の解散発表を混同しないことだ。高橋の脱退後も、橋本と福岡は約7年間にわたって活動を継続している。
また、チャットモンチーは3人編成から2人編成になった後も、サポートメンバーを迎えるなど、演奏方法を変えながら作品を発表してきた。編成の変更はバンドの歴史を理解するうえで重要だが、それ自体を2018年の解散理由と断定することはできない。
公式プロフィールや当時の音楽メディアの記録をたどると、結成、メジャーデビュー、メンバー脱退、編成の変化、そして活動完結という段階を踏んできたことがわかる。
【解散理由の真相】公式発表が示した「新しい音楽」への意思
チャットモンチーの解散理由を知るうえで、最も重要な資料は2017年11月24日の公式発表である。橋本絵莉子と福岡晃子は、同年の全国ツアーを終えた後の活動を考えるなかで、チャットモンチーという名前を脱いだほうが新しい場所へ進めるのではないかと考え始めたと説明した。
加えて、これからも長く続くであろう音楽人生を見据え、バンドという枠組みにとどまらなくても、新しくワクワクする音楽が待っているように感じているという趣旨を述べている。
解散理由として読み取れる3つのポイント1. バンドの外にある音楽の可能性を見据えていた
公式発表の中心にあるのは、活動を続けられなくなったという説明ではなく、チャットモンチーという名称や形態を離れ、新しい音楽へ進むという発想だ。バンドを終えることと、音楽を続けることを切り離して考えていた点が重要である。
2. 2017年の全国ツアーが決断を考える契機になった
発表文では、その年の全国ツアー中、ツアー後に何をするか考えているうちに、活動完結という考えが生まれたと説明されている。少なくとも公表された経緯からは、ツアーを終えた後の将来を見つめ直すなかで決断したことが読み取れる。
3. 次の活動を具体的に決めたうえでの解散ではなかった
当時の発表では、次に何をするのかという具体的な構想はまだないとも説明されていた。解散後の計画がすべて決まっていたからバンドを終えたのではなく、今後の音楽人生に可能性を残すための決断だったことがうかがえる。
不仲説やメンバー脱退が直接の原因だったのか解散理由を調べる際には、メンバー間の不仲、音楽性の違い、活動上の問題などが原因だったのではないかという疑問も生まれやすい。しかし、公式発表で説明されているのは、新しい音楽の可能性を求めてバンドの形を終えるという意思であり、不仲や対立が解散の原因だったという説明ではない。
また、高橋久美子の脱退は2011年、活動完結の発表は2017年であり、両者の間には長い活動期間がある。時系列だけを見ても、高橋の脱退をそのまま解散の直接原因とするのは適切ではない。
したがって、チャットモンチーの解散の真相を理解する際は、公式発表で明らかにされた前向きな活動転換の意思と、発表されていない事情についての推測を分けて考える必要がある。
【チャットモンチーのメンバー】3人の役割とバンドの変化
チャットモンチーは、橋本絵莉子、福岡晃子、高橋久美子という3人の存在によって形づくられたバンドだ。結成時の編成と、2011年以降の2人体制を区別すると、それぞれのメンバーが担ってきた役割を理解しやすい。
橋本絵莉子:ギター・ボーカルを担った中心人物橋本絵莉子は、チャットモンチーのギター・ボーカルを担当し、バンドの中心的なソングライターとしても活動してきた。徳島県徳島市出身で、2000年の結成から2018年の活動完結までバンドを支えたメンバーである。
橋本の歌声やギターを軸にした楽曲は、チャットモンチーの音楽性を語るうえで欠かせない。解散後はソロアーティストとして活動し、バンド時代とは異なる形で自身の音楽を発表している。
福岡晃子:ベースを軸にバンドを支えたメンバー福岡晃子は、ベースやコーラスなどを担当し、橋本とともに2011年以降の2人体制を支えた。徳島県徳島市出身で、音楽活動だけでなく、地元とのつながりを生かした取り組みにも携わってきた。
解散後はaccobin名義で音楽活動を展開。ソロ作品の発表や楽曲制作に加え、徳島市のイベントスペース「OLUYO」の運営を続けている。バンドの活動完結を、音楽や地域との関係を終わらせることにはしなかったメンバーの一人だ。
高橋久美子:初期の歌詞世界を支えたドラマー高橋久美子は、ドラムと作詞を担当したメンバーである。2011年に脱退するまで、3人編成時代のチャットモンチーを支えた。
高橋は脱退後、2012年から本格的に文筆活動を開始。詩、エッセイ、小説、絵本などの執筆に加え、作詞や翻訳といった創作活動を続けている。現在の活動はドラマー時代とは異なる分野に広がっているが、バンド時代の経験も含め、言葉を扱う表現者として歩みを重ねてきた。
3人の経歴を並べると、チャットモンチーは一つの固定された編成だけで成立していたバンドではないことがわかる。3人体制から2人体制への変化を経て、最終的にはメンバーそれぞれが異なる表現活動へ進んだ。その多様な歩みは、バンドの歴史を振り返るうえで見逃せない要素である。
【解散後の活動】チャットモンチーのメンバーは現在何をしている?
チャットモンチーが解散したからといって、3人の音楽や創作のキャリアが終わったわけではない。橋本絵莉子はソロ音楽活動、福岡晃子は音楽と地域活動、高橋久美子は執筆を中心に、それぞれの道を歩んでいる。
橋本絵莉子:2026年もソロ作品を発表橋本は2019年9月からソロ活動を開始した。2021年にファーストアルバム『日記を燃やして』、2024年にセカンドアルバム『街よ街よ』をリリースしている。
ソニーミュージックアーティスツの公式プロフィールによると、2025年11月の「春のせい」に続き、2026年1月に「ゾーン30」、3月に「ストーリーテラー」を配信リリース。加えて、2026年7月22日にはサードアルバム『OVER LIFE』をリリースした。同年9月から10月には、バンド編成によるワンマンツアー「OVER LIFE tour 2026」も開催されている。
これは、チャットモンチーの解散が音楽活動そのものの終了を意味しなかったことを示す具体的な動きだ。バンド時代の知名度に依存するだけでなく、ソロ名義で作品を発表し、ライブ活動を続けている。
福岡晃子:accobin名義の音楽活動と徳島での取り組み福岡は、ソロアーティストとしてaccobin名義で活動し、楽曲制作やアーティストのプロデュースなどにも携わっている。2023年にはソロアルバム『AMIYAMUMA』を発表した。
また、徳島市でイベントスペース「OLUYO」を運営している。福岡の公式プロフィールでは、2016年に開設した同スペースを、2018年のバンド完結後も継続して運営していることが紹介されている。
音楽ライブだけでなく、地域に関わるイベントや交流の場を作ることも、解散後の福岡の活動を特徴づけている。チャットモンチー時代に築いた徳島とのつながりは、現在の活動にも引き継がれている。
高橋久美子:作家・詩人・作詞家として創作を継続高橋は、詩やエッセイ、小説、絵本などを手がける作家・詩人・作詞家として活動している。出版社の筑摩書房や集英社オンラインのプロフィールでも、執筆活動やアーティストへの歌詞提供など、幅広い創作の仕事が紹介されている。
チャットモンチーの歌詞世界に関心を持つ人にとって、高橋の著作や作詞活動を追うことは、バンドの音楽を別の角度から理解する手がかりになる。バンド時代の担当楽器に限らず、言葉を通じた表現を続けている点が特徴だ。
2026年最新:バンドの作品は今も新たな形で届けられているチャットモンチーの公式サイトでは、メジャーデビュー20周年に関連した作品企画も展開された。2025年11月23日には、初期・中期のアルバム4作品を初めてアナログ化する企画が発表され、2026年4月1日に『chatmonchy has come』『耳鳴り』『生命力』『告白』のアナログ盤が発売された。
加えて、2026年4月8日には4タイトルのセカンドプレスが告知され、6月24日に発売。公式サイトでは、2025年12月にもライブ映像のウォッチパーティー企画が案内されている。
こうした動きは、過去の作品を新しい聴取環境や企画を通じて届ける取り組みといえる。ただし、作品の再発売や映像企画は、バンドが再結成したことを意味するものではない。2026年現在のチャットモンチーは、2018年に活動を完結させたバンドであり、メンバー個人の活動と過去作品の展開は区別して捉える必要がある。
【プロの結論】解散の誤解を避けるために押さえたい3つの視点
チャットモンチーの解散を理解するうえでは、検索結果に並ぶ「解散理由」「解散の真相」「現在」といった情報を、同じ種類の事実として扱わないことが重要だ。公式発表、活動の時系列、解散後の実績を分けて整理すると、誤解を避けやすくなる。
第一に、公式発表が示す理由と、外部からの推測を区別すること。チャットモンチーは、バンドという形にとどまらず、新しい音楽の可能性へ進むという意思を公表している。これが解散理由を説明するうえでの中心的な情報であり、根拠のない不仲説などを同列に扱うべきではない。
第二に、2011年の高橋久美子の脱退と、2018年の活動完結を別の出来事として理解すること。メンバー構成の変更後もバンドは活動を続けており、2人体制での作品やライブも数多く生まれた。脱退と解散を一つの原因・結果として単純化すると、バンドが歩んできた過程を見誤る。
第三に、バンドの完結とメンバー個人の活動終了を混同しないこと。橋本はソロアルバム『OVER LIFE』を2026年に発表し、福岡は音楽活動とOLUYOの運営、高橋は執筆活動を続けている。バンドの名前が活動を終えても、メンバーの表現は別の形で続いている。
音楽メディアの記録や公式プロフィールを確認する際は、発表日、実際の最終公演日、作品の発売日、メンバー個人の活動開始時期を照合すると、検索結果の断片的な情報に振り回されにくい。チャットモンチーの解散は、長年続いたバンドの終わりであると同時に、3人それぞれの新たな活動を考える出発点でもあった。
【チャットモンチー解散】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:チャットモンチーの解散はいつですか?
A1:2018年7月です。7月4日に日本武道館で最後のワンマンライブを開催し、7月21日・22日の徳島での主催フェスを経て、7月22日に活動を完結させました。
Q2:チャットモンチーの解散理由は何ですか?
A2:2017年11月24日の公式発表では、バンドという名前にとどまらず、新しい音楽の可能性へ進みたいという意思が説明されています。不仲やメンバー間の対立が原因だったという説明は、同発表にはありません。
Q3:チャットモンチーは何年に結成され、どこの出身ですか?
A3:2000年に徳島県で結成されたロックバンドです。2005年11月23日にメジャーデビューし、2018年7月に活動を完結させました。
Q4:解散後、メンバーは何をしていますか?
A4:橋本絵莉子はソロアーティストとして活動し、2026年にはアルバム『OVER LIFE』をリリースしました。福岡晃子はaccobin名義の音楽活動や徳島のイベントスペースOLUYOの運営を続け、高橋久美子は作家・詩人・作詞家として創作活動を行っています。
Q5:2026年現在、チャットモンチーは再結成していますか?
A5:2026年の公式情報では、アルバムのアナログ盤再プレスや過去のライブ映像に関する企画が展開されています。ただし、これらは過去作品の展開であり、バンドの再結成を示すものではありません。
チャットモンチーは、2000年に徳島県で結成され、2005年にメジャーデビューを果たしたロックバンドである。2011年に高橋久美子が脱退した後も橋本絵莉子と福岡晃子の2人体制で活動を続け、2017年11月24日に翌年7月の活動完結を発表した。
最後のワンマンライブは2018年7月4日の日本武道館公演、活動の最終日は同月22日の徳島での「こなそんフェス2018」だった。公式発表が示したのは、バンドの枠を離れ、新しい音楽の可能性へ進むという意思である。
2026年現在、橋本はソロ作品を発表し、福岡は音楽活動と地域での取り組みを続け、高橋は執筆や作詞を通じて創作を重ねている。チャットモンチーの過去作品もアナログ盤の発売・再プレスなどを通じて再び届けられている。
解散の理由を正確に理解するには、公式発表と実際の活動記録を軸にしながら、メンバーの脱退、バンドの完結、解散後の個人活動を分けて見ることが欠かせない。チャットモンチーの18年間は、バンドという一つの形が終わった後も、音楽や言葉による表現がそれぞれの場所で続いていくことを示している。