2026年のハイセイコー記念は、11月18日(水)に大井競馬場で開催される予定です。第59回を迎える南関東競馬の2歳重賞で、レース名の由来となったのは、1970年代に第一次競馬ブームを巻き起こした名馬ハイセイコーです。
ハイセイコーは大井競馬でデビューし、地方競馬で6戦6勝を記録した後、中央競馬へ移籍。1973年の皐月賞を制し、競馬ファンだけでなく女性や子どもにも愛される存在になりました。1984年にはJRAの顕彰馬に選出されています。ハイセイコー記念には、こうした功績を後世に伝える役割と、南関東の若駒が大舞台へ進むための重要な意味があります。
【2026年最新】ハイセイコー記念の開催日・会場・予想とオッズ

東京シティ競馬(TCK)の公式開催案内によると、2026年のハイセイコー記念は11月18日(水)に大井競馬場で開催される第59回競走です。南関東所属の2歳馬によって争われるSI競走で、地方競馬の次代を担う若駒を見極める重要な一戦となっています。
2026年10月28日時点で、レースはまだ開催前です。確定したレース結果はなく、最終的な出走馬や確定オッズについても、主催者が発表する最新の出走表・発売情報を確認する必要があります。過去の実績だけを基に、2026年の勝ち馬や配当を断定することはできません。
開催概要は次のとおりです。
- 開催日:2026年11月18日(水)
- 競馬場:大井競馬場
- 競走名:第59回ハイセイコー記念(SI)
- 距離・コース:ダート1600m・右回り
- 発走予定時刻:20時10分
- 主な位置づけ:南関東所属の2歳馬による重賞競走
このレースの注目点は、将来性のある2歳馬が集まり、翌年以降の南関東クラシック戦線につながる力を示すことです。優勝馬には、全日本2歳優駿(JpnI)の優先出走権が与えられます。地方競馬の有力馬が全国区へ進出するための登竜門としても注目されています。
予想を組み立てる際は、単純に人気順を見るだけでなく、大井のダート1600mへの適性、コーナーでの位置取り、先行力、直近のレース内容を確認したいところです。大井の内回りコースは最後の直線が短いため、直線だけの末脚に期待するより、コーナーで無理なく位置を確保し、最後まで脚を残せるかという観点が重要になります。
【由来を解説】青雲賞からハイセイコー記念へ変わった理由
ハイセイコー記念の歴史を理解するには、現在の名称になる前の「青雲賞」に注目する必要があります。地方競馬情報サイトの競走紹介によると、青雲賞は1968年に第1回が行われた競走です。そして1972年、第5回の青雲賞を制したのが、後に国民的な人気を集めるハイセイコーでした。
ハイセイコーが青雲賞で記録した勝ちタイムは、ダート1600mで1分39秒2。この記録は、半世紀以上が経過した2026年現在もハイセイコー記念のレースレコードとして残っています。レース名の由来となった馬が、競走そのものの歴史においても特別な記録を持っている点は、この重賞ならではの特徴です。
ハイセイコーは青雲賞を勝った後、中央競馬へ移籍して皐月賞などの重賞を制しました。地方競馬で育った馬が中央の大舞台で活躍し、全国的なスターへと成長したことは、大井競馬の歴史を語るうえでも象徴的な出来事です。
その功績を称え、青雲賞は2001年、第34回から「ハイセイコー記念」へと名称を変更しました。つまり、現在のレース名は単に有名馬の名前を冠したものではありません。大井競馬から羽ばたき、競馬の枠を超えて社会的な人気を集めた馬の功績を、次世代の競走馬が集う舞台に受け継ぐための名称なのです。
なお、ハイセイコーが勝った1972年当時の競走名は、あくまで青雲賞です。「1972年にハイセイコー記念を勝った」と表現するよりも、「前身の青雲賞を制し、その後、同競走がハイセイコー記念に改称された」と整理すると、歴史を正確に理解できます。
【競走成績・生涯】大井6戦6勝から中央競馬のスターへ
ハイセイコーは1970年3月6日生まれの牡馬です。父はチャイナロック、母はハイユウ。JRAの「競馬の殿堂」に掲載された競走成績によると、地方競馬で6戦6勝、中央競馬で16戦7勝を記録し、国内通算では22戦13勝という成績を残しました。
ハイセイコーの競走生活は、大井競馬場から始まりました。中央競馬の調教師からも誘いがあったとされますが、当初は大井競馬に所属。1972年7月にデビューし、秋にはゴールドジュニアー、白菊特別、青雲賞などを勝利しました。デビュー年の地方競馬で一度も敗れなかったことが、後の飛躍につながります。
中央競馬へ移籍した1973年には、弥生賞、スプリングステークス、皐月賞、NHK杯を制しました。特に皐月賞の勝利は、地方競馬出身馬が中央のクラシック戦線でも主役になれることを示した大きな出来事でした。
一方、東京優駿(日本ダービー)では1番人気に支持されたものの、タケホープに敗れて3着。その後の菊花賞でもタケホープの2着となり、人気馬であることと、あらゆる条件で最も強い馬であることは同じではないと示す結果になりました。それでも、ハイセイコーへの熱狂が衰えることはありませんでした。
1974年には中山記念と宝塚記念、高松宮杯を勝利。中央競馬での重賞実績をさらに積み上げ、同年12月の有馬記念を最後に現役生活を終えました。引退後は種牡馬となり、産駒からも東京優駿の勝ち馬が誕生しています。
ハイセイコーは2000年に死亡しましたが、その功績は競走成績だけで終わるものではありません。JRAは1984年、ハイセイコーを顕彰馬に選出しました。地方から中央へ進出した競走馬としての実績に加え、競馬の社会的な認知やファン層を広げた存在として評価されている点も、歴史に名を残す理由です。
【歴代優勝馬】ハイセイコー記念の主な勝ち馬と歴史の節目
ハイセイコー記念は、名称変更後も南関東の有力2歳馬が集う競走として続いています。地方競馬情報サイトの重賞競走優勝馬一覧やTCKの競走案内で確認できる、歴史上の節目と近年の優勝馬を整理しました。
| 年 | 優勝馬・出来事 | 主なポイント |
|---|---|---|
| 1972年 | ハイセイコー | 前身の青雲賞を優勝。1分39秒2のレースレコードを記録。 |
| 2001年 | ハイセイコー記念へ改称 | 青雲賞から名称を変更し、名馬の功績を競走名に継承。 |
| 2014年 | ストゥディウム | 大井のダート1600mで優勝。 |
| 2015年 | トロヴァオ | 南関東の2歳戦線で勝利。 |
| 2016年 | ミサイルマン | 大井所属馬が優勝。 |
| 2017年 | ハセノパイロ | 南関東の若駒による重賞を制覇。 |
| 2018年 | ラプラス | 大井所属馬が優勝。 |
| 2019年 | ゴールドビルダー | 森泰斗騎手が騎乗して優勝。 |
| 2020年 | アランバローズ | この競走から全日本2歳優駿も制覇。後に東京ダービーも優勝。 |
| 2021年 | ノブレスノア | 浦和所属馬が優勝。 |
| 2022年 | マンダリンヒーロー | 後に米国のサンタアニタダービーで2着に入る活躍を見せた。 |
| 2023年 | ダテノショウグン | 大井所属馬が優勝。 |
| 2024年 | スマイルマンボ | 勝ちタイムは1分42秒6。 |
| 2025年 | ゼーロス | 笹川翼騎手が騎乗。勝ちタイムは1分41秒4。 |
| 2026年 | 第59回ハイセイコー記念 | 11月18日(水)開催予定。結果は開催後に確定。 |
近年の勝ち馬を見ると、アランバローズやマンダリンヒーローのように、その後も全国的な舞台で存在感を示した馬がいます。ハイセイコー記念は、単独の重賞タイトルを争うだけでなく、将来の大舞台へ進む馬の能力を測る機会でもあります。
2022年の優勝馬マンダリンヒーローは、米国のサンタアニタダービーで2着に入り、ケンタッキーダービーにも出走しました。ハイセイコー記念の勝ち馬が、南関東の競馬場だけでなく海外の競走にもつながる可能性を示した例です。
一方で、過去の優勝馬がその後に成功したからといって、すべての勝ち馬が同じ道を歩むわけではありません。2歳時の能力は、その後の成長や距離適性、体調、競走環境によって変化します。歴代優勝馬を調べるときは、勝ち馬の名前だけでなく、次走以降の成績まで追うと、レースの価値をより立体的に理解できます。
【人気の理由】第一次競馬ブームを生んだハイセイコーと増沢末夫
ハイセイコーが特別な存在になった理由は、競走成績の優秀さだけではありません。1970年代、競馬は馬券を買う大人の娯楽というイメージが強い時代でした。そこへ登場したハイセイコーは、競馬に詳しくない人々まで引きつけ、第一次競馬ブームの象徴となりました。
競馬評論家や関係者の回顧では、ハイセイコーの人気によって競馬場に女性や子どもの姿が増えたことが繰り返し指摘されています。ファン層は馬券購入者に限らず、馬そのものを見たい人、応援したい人へと広がりました。ハイセイコー以外の競走馬に関心を持たない人までいたことは、単なる勝ち馬人気とは異なる現象だったことを物語ります。
遠山彰は、女性や子どものファンからファンレターや贈り物が届くようになったことを、従来の「男ばかりのギャンブルの世界」が変わり始めた兆しとして捉えています。競馬評論家の原良馬も、ハイセイコーの活躍期には競馬場に女性ファンが見られるようになったと振り返っています。
その人気を支えたのは、強さと親しみやすさの両立でした。地方競馬で連勝して中央へ移籍し、中央の強豪と戦うという経歴は、物語としても分かりやすいものでした。関係者によると、ハイセイコーは幼い頃から大きな馬体と風格を備えており、成長後も均整の取れた体型が目を引いたといいます。
主戦騎手だった増沢末夫は、ハイセイコーの女性人気について、整った顔立ちや黒く見える馬体のバランスのよさを理由に挙げています。力強い走りだけでなく、見た目の印象や表情も含めて人々に愛されたことが、幅広いファン層につながったと考えられます。
引退後の人気を象徴するのが、増沢末夫が歌った「さらばハイセイコー」です。JRA-VANの名馬紹介でも、同曲がヒットチャートで4位に入ったことが紹介されています。競走馬の引退が音楽作品として広く受け止められたこと自体、ハイセイコーが競馬の枠を超えた存在だったことを示しています。
ハイセイコー人気を、単に「強い馬が勝ったから」と説明するだけでは不十分です。地方出身という経歴、中央競馬での実績、馬自身の存在感、増沢末夫とのコンビ、メディアを通じた話題性が重なったことで、競馬を知らない人にも届くスターが誕生しました。これが、第一次競馬ブームを語る際にハイセイコーが欠かせない理由です。
【タケホープとカツラノハイセイコ】敗戦が生んだライバル物語と血統の功績
ハイセイコーの競走生活を語るうえで外せないのが、タケホープとの対決です。1973年5月27日の東京優駿で、ハイセイコーは1番人気に支持されました。しかし、勝利したのは9番人気のタケホープ。ハイセイコーは3着に終わりました。
JRAの東京優駿公式成績によると、タケホープの勝ちタイムは2分27秒8、ハイセイコーは2分28秒7でした。ハイセイコーは続く菊花賞でもタケホープの2着となり、ライバルとの対決は競馬史に残る名勝負として語り継がれています。
この結果は、ハイセイコーが期待に応えられなかったというだけの話ではありません。圧倒的な人気馬が必ずしも勝つわけではないという競馬の難しさと、人気薄だった馬が実力を証明する面白さを、多くの人に印象づけました。タケホープの東京優駿制覇は、後に騎手となる田原成貴が騎手を志すきっかけの一つにもなったと伝えられています。
もう一つの重要な存在が、ハイセイコーの産駒カツラノハイセイコです。1979年、カツラノハイセイコは東京優駿を制しました。父ハイセイコーが勝てなかった日本ダービーを息子が制したことで、「父の無念を晴らした」という物語が広く報じられました。
この勝利には血統史上の意味もありました。父内国産馬による東京優駿制覇は、1959年のコマツヒカリ以来20年ぶりのことでした。カツラノハイセイコはその後、天皇賞(春)も制し、父の名声を引き継ぐだけでなく、自身の競走実績でも評価される馬となりました。
加えて、ハイセイコーの産駒には、1990年の皐月賞を制したハクタイセイや、エリザベス女王杯を制したサンドピアリスもいます。種牡馬としても実績を残したことにより、ハイセイコーの影響は現役時代の人気にとどまらず、次世代の競走馬へと広がりました。
タケホープとの対決が示したのは、スターであっても敗れることがあるという競馬の現実です。一方、カツラノハイセイコの活躍は、競走馬の価値が一代限りで決まるものではないことを示しています。ハイセイコー記念が後世に伝えているのも、勝利の記録だけではなく、馬が競馬界に残した長期的な影響なのです。
【プロの結論】2026年のハイセイコー記念を深く楽しむための視点
2026年のハイセイコー記念を予想するなら、歴代優勝馬の名前や人気順だけでなく、レースの性格を理解することが出発点になります。2歳馬は成長の途上にあり、これまでの着順だけでは能力を判断しきれません。過去の勝ち馬がその後に活躍した事実は参考になりますが、未来の結果を保証するものではありません。
実際に予想する際は、次の観点を組み合わせると判断しやすくなります。
- 大井1600mへの適性:同じ競馬場や近い距離での走りを確認し、コーナーでの反応や位置取りを見る。
- 近走の内容:着順だけでなく、道中の位置、最後の伸び、相手関係を確認する。
- レース経験:多頭数の競走や、厳しいペースを経験しているかを判断材料にする。
- オッズと評価の差:人気が高いことと、今回の条件に適していることを分けて考える。
- 次の目標:全日本2歳優駿など、次走につながる舞台でどのような競馬ができそうかを考える。
ただし、出走馬や枠順、当日の馬場状態が確定していない段階で、特定の馬を本命と決めるのは早計です。2026年の予想・オッズは、主催者の出走表や直前の情報がそろってから検討するのが適切です。
歴史を楽しむ読者にとっては、ハイセイコー記念の価値は馬券の的中だけではありません。1972年にハイセイコーが青雲賞を勝ち、その後に中央競馬でスターとなった歩みを知れば、同じ大井1600mを走る若駒たちの姿にも違った意味が見えてきます。
競馬の歴史を知りたい人には、ハイセイコーの地方・中央での競走成績、1984年の顕彰馬選出、タケホープとの対決、カツラノハイセイコの東京優駿制覇を順にたどる見方がおすすめです。一方、2026年のレース予想を目的とする人は、過去の物語と今回の出走馬の能力評価を混同せず、当日の条件に即して判断する必要があります。
【ハイセイコー記念】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:2026年のハイセイコー記念はいつ開催されますか?
A1:2026年11月18日(水)に大井競馬場で開催予定です。第59回競走で、発走予定時刻は20時10分。ダート1600mで行われます。
Q2:ハイセイコー記念という名前の由来は何ですか?
A2:前身の青雲賞を1972年に制した名馬ハイセイコーの功績を称え、2001年に現在の名称へ変更されました。ハイセイコーが記録した1分39秒2は、2026年現在もレースレコードとして残っています。
Q3:ハイセイコーは顕彰馬に選ばれていますか?
A3:はい。1984年にJRAの顕彰馬に選出されています。地方競馬で6戦6勝、中央競馬で16戦7勝を記録し、1973年の皐月賞や1974年の宝塚記念などを制しました。
Q4:ハイセイコーは日本ダービーに勝ちましたか?
A4:ハイセイコー自身は1973年の東京優駿で3着でした。勝ち馬はタケホープです。その後、産駒のカツラノハイセイコが1979年の東京優駿を制し、父子の物語として大きな話題になりました。
Q5:2026年のハイセイコー記念のレース結果やオッズは確認できますか?
A5:2026年10月28日時点では開催前のため、レース結果はまだありません。最終的な出走馬やオッズは、開催日が近づいてから主催者の最新情報で確認してください。
ハイセイコー記念は、1972年に青雲賞を制したハイセイコーの功績を受け継ぐ競走です。2001年の名称変更を経て、現在は南関東の2歳馬が全国の大舞台を目指す重要な重賞となっています。2026年は11月18日(水)、大井競馬場のダート1600mで第59回競走が開催される予定です。
ハイセイコーの魅力は、地方競馬での無敗の活躍、中央競馬での重賞制覇、第一次競馬ブームを生んだ人気、そしてカツラノハイセイコなどの産駒に残した実績にあります。1984年の顕彰馬選出も、その功績が競走成績だけにとどまらないことを示しています。
2026年のレースを楽しむ際は、歴代優勝馬の実績を参考にしつつ、出走馬の適性や近走内容、当日の条件を冷静に見極めることが大切です。そして、目の前の若駒が走る舞台の背景に、半世紀以上にわたって受け継がれてきた名馬の歴史があることも知っておきたいところです。ハイセイコー記念は、過去の偉業を振り返る場であると同時に、次のスターが生まれる可能性を感じさせるレースなのです。